第20話 ×

週末。


滝川君は午前中で帰社してきたんだけど、時間が過ぎれば過ぎるほど、どんどん顔色が青くなり、定時少し前になると、吹っ切れたように妙に明るくなっていた。


あまりにも無理して明るく振舞おうとしているその姿に、不安すら覚えてしまう。


「…滝川君、大丈夫?」


「大丈夫っす! ちゃちゃっと食って、ちゃちゃっと逃げます! なんだったら、一番高いワイン飲んじゃいますよ!!」


「そ、そう…」


空元気とも言えるその姿に、かなりの不安を感じつつも、定時を迎えていた。



定時を迎えると同時に滝川君は会社を後にしたんだけど、またしても紗耶香ちゃんに残業をお願いされ、夏美と二人で作業をすることに。


少しすると、坂崎さんと松坂君が帰社してきたんだけど、坂崎さんは私と夏美が作業しているファイルを見て、眉間にしわを寄せながら切り出してきた。


「これ、何で二人がやってるの?」


「あ~… 紗耶香ちゃん、大事な用事があるみたいで、残業できないって言ってたんです」


「そう… 滝川君の案件って、そんなにないよね?」


「坂崎さんの半分くらいです」


「わかった。 部長に話して、担当変えてもらうわ。 さぼり癖があるから、さぼれないように俺の担当にしてあるんだけど、二人がやってるんだったら意味ないよ」


坂崎さんの言葉に何も返すことができず、夏美と顔を見合わせていた。



作業を終え、帰り支度をしていると、スマホが震え、滝川君からのメッセージを受信していた。


≪お話したいことがあるので、いつもの居酒屋に来ていただけますか?≫


…居酒屋って、野口さんと食事に行ったんじゃないの?…


不思議に思いながら返事をし、夏美と松崎君、坂崎さんの4人で居酒屋に向かっていた。




居酒屋に入ると同時に、テーブル席に着く滝川君が視界に飛び込んだんだけど、滝川君は今まで見たことがないくらいに顔を青くしている。


「だ、大丈夫?」


慌てて滝川君の隣に座ると、滝川君は小刻みに震え始め、ゆっくりと話し始めた。


「…さっき野口さんと食事に行ったんですよ。 野口さん、一番高いフルコースと、一番高いワインを予約してて… メインディッシュのステーキが出た途端、ナイフで肉を切ったまではいいんですけど、いきなりフォークとナイフを持ち替えたんです。 野口さん、ナイフで肉を刺して口に入れて… ナイフに血がついてたんすけど、ソースと勘違いしたみたいで、ナイフを舐めて、大量の血を吐き始めて…」


「ま、マジで!?」


「はい。 何度も『逆だ!』って言ったし、周囲も止めてたんですけど、全然聞き入れてくれなくて、いきなりぶっ倒れて、救急車で運ばれて… 緊急手術をしたから、命に別状はないんですけど、舌をかなり深く切ってたんです。 バツ印に…」


「…バツ印?」


「俺、マジで怖くて、どうしていいかわかんなかったんすよ! 血を吐きながら笑いかけてくるし、舌が切れてるせいで、何言ってるかわかんなかったし… 何かしゃべろうとするたびに、舌がぶら下がってるのが見えたし…」


涙を浮かべながら小刻みに震える滝川君を見ていると、どれだけ怖い思いをしたのかが手にとってわかる。


「痛いとか騒いでなかったの?」


「はい… 終始笑顔でした…」


滝川君が夏美の言葉に答えると、坂崎さんが大きくため息をつきながら切り出した。


「飲んでて痛みを感じなかったのかもな… あの人、そこまで強くないし、アルコールで訳わかんなくなったのかもよ? あんまり自分を責めるな」


「だって! 俺が誘いに乗らなかったら、あんなことにならなかったじゃないですか!! それに、もっと強く止めれば良かったのに…」


「周りが止めても無駄だったんだろ? 滝川のせいじゃない」


坂崎さんがはっきり言うと、滝川君は涙を零し、静かに肩を震わせていた。

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