第19話 誘い

週明け、先週末に残業を代わったのにもかかわらず、紗耶香ちゃんはお礼の言葉もなく、ごくごく普通に出勤。


『残業? 不機嫌? なにそれ?』と言わんばかりの様子で周囲に愛想を振りまき、夏美と松崎君はうんざりしているようだった。



不機嫌になった後に残業を代わり、週明けになると普通に戻るのは、私にとってはいつもの事。


『月例行事』とまではいかないくらいの頻度だし、下手に刺激し、また不機嫌になられるほうがめんどくさい為、何も気にせず、ごくごく普通に過ごしていた。



その日の午後、滝川君が帰社するなり、仕事の話を切り出され、話をしていたんだけど、話の途中でお局様の野口さんが営業部に。


野口さんは滝川君を呼び出し、営業部を後にしていた。


「なんかやらかしたね」


「だね」


夏美の言葉に同意しかできず、滝川君が戻るのを待っていたんだけど、滝川君が真っ青な顔をして戻ってきたのは2時間後。


滝川君は、パソコンを見てはため息をつき、ひどく落ち込んでいるようだった。


少し残業をした後、相変わらずため息ばかりの滝川君に切り出した。


「野口さんに何言われたの?」


「…この前出した経費精算書に記入ミスがあったんすよ。 で、その場で直したんすけど、「池内さんからちゃんと教わってないんでしょ?」って言われて… 『ちゃんと教わったし、ケアレスミスだ』って言ったら、「今度、池内さんよりも詳しく、詳細に教えてあげるから食事に行こう」って…」


大きくため息をつく滝川君に、同情することしかできなかったんだけど、次に出てきた言葉に耳を疑った。


「会議室に連れていかれて二人っきりで、あまりにもしつこくてうんざりしてたんすよ。 逃げるために「お願いします」って言ったら、その場でスマホを使って店の予約入れちゃって…」


「え!? じゃあ行くの??」


「はい… 『キャンセルできないからちゃんと来てね』って… 『もし来れなかったら、キャンセル料払ってもらうから』って… 有名なフランス料理の店で、スーツじゃなきゃダメらしいんすけど、俺、マジで行きたくないんすよ…」


がっかりと肩を落とす滝川君の肩を、松崎君は『ドンマイ』と言わんばかりの感じでポンっと叩き、向かいに座る夏美は同情の目を向けるばかり。


「なんてお店?」


滝川君に切り出し、店の名前を聞いてすぐに調べたんだけど、その店は『超』が付くほど高級なお店。


金額も調べたんだけど、一番安いコースで1人5万円だし、ワイン1本でも数万する。


「え… これって野口さんが奢ってくれるの?」


「はい… 行けばですけど…」



…さすが無駄に勤続年数が長いだけあるわ。 独身だし、こんなところに連れて行くってすごいなぁ。 っていうか脅迫じゃない?…


夏美と二人で無駄に感心しながらスマホを眺め、滝川君に同情ばかりをしていると、夏美が切り出してた。



「あ、そういやさ、匠君が飲みに行こうって言ってたよ。 修哉君、話せるようになったんだって」


「いつ?」


「詳しいことは決めてないけど、今度連絡するって」


「ん。 わかった」


そう言った後、滝川君は今までにないくらいの大きなため息をつき、デスクに突っ伏してしまった。



「滝川君、飲みに行こっか。 奢るよ」


「はい… ありがとうございます…」


滝川君はため息をつきながら返事をし、肩の力を落としたまま、帰り支度を始める。



…今週、大丈夫かな…


不安になりながらも帰り支度をはじめ、夏美と松崎君の4人で会社を後にしていた。

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