第16話 苦笑い
4人で2つのリクライニングチェアに座り、飲みながら話していると、再度私のスマホが鳴り響き、修哉さんは当たり前のように電話に出る。
声は一切発しないまま、スマホを耳に当てていたんだけど、修哉さんは肘で匠さんを小突き、何かを合図していた。
匠さんは部屋からメモ用紙とペンを持ち、テラスに出てくる。
…あの、私宛の電話なんですけど…
そんな風に思っていると、修哉さんはメモ用紙に文字を書き始めた。
≪金返せって≫
「はぁ!? あれって慰謝料じゃん!!」
突然声を上げた夏美に驚き、夏美の顔を見ると、夏美は怒りに満ちた表情で切り出してきた。
「何を言われてもぜーったい返しちゃだめだよ!」
「え? つ―か待って! 誰からの電話かわかるの?」
「吉崎でしょ? 違うの?」
「え? 吉崎さん?」
不思議に思いながら修哉さんを見ると、修哉さんはメモに文字を書き始めた。
≪女≫
「ほら当たった!」
夏美は満足げにしていたけど、疑問ばかりが頭に浮かんだ。
さっき電話があったのは悟から。
吉崎さんが電話をしてくるとしたら、悟から聞いた事くらいはわかる。
けどなんで、悟から電話があったことすら知らない夏美が、いきなり電話に出た修哉さんを見ただけで、吉崎さんからの電話ってわかったの?
電話との距離が近ければ、漏れ聞こえる声で女性か男性かの判断はできるだろうけど、修哉さんと夏美の距離は遠く、漏れ聞こえることはない。
夏美のすぐ隣に座る私ですら聞こえなかったのに、夏美が一発で言い当てたことが信じられなかった。
「…なんで悟じゃなくて、吉崎さんだって思ったの?」
「え? なんでって… なんでだろ? 一番最初に疑うのは悟なのに、なんかあの子の顔が頭に浮かんだんだよね」
夏美は酔いが醒めたかのように、真剣な表情で考え込み、修哉さんは通話を切り、スマホをテーブルに置いていたんだけど、匠さんは不思議そうな表情をしながら切り出した。
「なぁ修哉、お前なんで、当たり前のようにあかりちゃんの電話に出てんの?」
修哉さんは『さぁな』と言わんばかりの表情で首を傾げ、グラスを口元に運ぶだけ。
「喋れないことを良いことに、ま~たすかしやがって… こいつほんと酷いんだよ? 仕事中も喋れないからって、打ち合わせは俺ばっかり行かせるし、面倒なことは全部俺任せ。 総務にムカつくお局がいるんだけど、シレっと俺に書類を渡して届けてこいって合図すんの!」
その後も匠さんの愚痴は止まらなかったんだけど、修哉さんは小さく笑いながら黙って話を聞くだけ。
話すことができないせいで、言い訳の言葉を言うことも、誤解を解くようなことも言えず、否定することも、肯定することもなく、ただただ苦笑いを浮かべながら黙って飲み続けていた。
次第に夏美がその話に乗り、からかうように話題に入ったんだけど、何も言えない修哉さんは苦笑いを浮かべながら飲み続けるだけだった。
「修哉君マジ鬼じゃん!」
「夏美、その辺にしなよ」
「ん? なんで?」
「ほら、修哉さん話せないから、否定も肯定も、言い訳もできないじゃん? 一方的に言われっぱなしっていうのはかわいそうだし… 夏美も反論してくれたほうがいじりがいがあるじゃん」
「あ~確かにそうだね。 ごめんごめん。 んじゃ、続きは話せるようになったら聞くことにするわ。 覚悟しといて」
夏美は普段のような明るい笑顔を見せて言い切り、匠さんもそれに同意。
しばらく話した後、匠さんと修哉さんは二人は部屋を後にしていたんだけど、ドアが閉まる直前、修哉さんは部屋に入り、私の耳元で囁いてきた。
「ありがと」
すごく小さく、擦れた声で囁かれ、かなり驚いていたんだけど、修哉さんはいたずらっ子のように笑いかけ、そのまま部屋を後にしていた。
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