第15話 会話

しばらく飲みながら話していると、カバンから私のスマホが鳴る音が聞こえてくる。


急いでスマホを取り出して見ると、そこには見知らぬ番号が表示されていた。


夏美に話そうかと思ったけど、夏美は奥村さんとの話に夢中だし、仕方なく、露天風呂のあるテラスに出て電話に出ることに。


露天風呂の脇にあったリクライニングチェアに座り、電話に出ると、嫌な記憶が蘇る声が聞こえてくる。


「あかり? お前今どこにいんの?」


思わずため息をこぼし、完全にあきれ返りながら切り出した。


「悟には関係ないでしょ」


「なんかチョロチョロ聞こえっけど、どこに居んの? 便所?」


「違う。 何の用?」


「どこに居るか言えよ」


悟は苛立ったようにそう言い切った途端、耳に当てていたスマホが手を離れ、振り返ると遠野さんが私のスマホを持ち、耳に当てていた。


「あ、あの… 電話中なんですけど…」


声をかけても、遠野さんはスマホを耳に当て、無表情で悟の声を聞き続ける。


スマホを奪い取ろうとすると、遠野さんは手のひらで私を制止させ、隣に置いてあるリクライニングチェアに座り、悟の声を聞きながら、部屋のほうを指さした後、グラスを口元で傾けるジェスチャーをし始めた。


…飲み物を持って来いってこと?…


不安に思いながら、二つのグラスを持ってテラスに出ると、遠野さんは小さく合図をした後、グラスに入ったシャンパンを飲み始めていた。


「何とか言えよ!!」


スマホの奥から、悟の怒鳴り声が響くと、遠野さんはクスっと小さく鼻で笑う。


悟が何を話しているのかもわからないでいると、遠野さんは通話を切り、スマホを弄った後、メールの本文画面に入力した文を私に見せてきた。


≪元カレ?≫


黙ったままうなずくと、遠野さんは再度スマホを操作し、私に見せてくる。


≪家の前に居るからすぐに開けろって言ってたよ≫


「え? 接近禁止令出てるのに?」


≪結婚してた?≫


「いえ… あの… 婚約解消なんですけど…」


≪ストーカ化?≫


「いえ、あれ以降、連絡来たのは初めてです」


≪引っ越しは?≫


「してないです」


≪早急に引っ越しして、番号も変えて、一切相手にしないほうがいいよ。 帰る家がないって言ってたから、居座られたら大変だし、あの調子だと、職場でいじめられてるかもね≫


「はい… いろいろありがとうございます。 あの、フリック入力早いですね」


≪慣れだよ。 入院中、こうやって話してたから≫


「なるほど… 話せないって不便ですよね…」


≪スマホさえあればこうやって話せるし、そこまで気にならないかな≫


その後も声と文字入力で会話をしていたんだけど、遠野さんはスマホをテーブルに置き、両手を振り始める。


「疲れちゃいましたか?」


そう声をかけると、遠野さんは苦笑いを浮かべ、小さくうなずいていた。


初対面の時は怖い印象を受けていたけど、苦笑いを浮かべる遠野さんはかわいらしくも思えていた。


…全然怖くないし、実は優しい人なんだ…


そんな風に思っていると、遠野さんはすっと立ち上がり、部屋の中からシャンパンのボトルを持ってテラスに出てくる。


二つのグラスにシャンパンを注いだ後、遠野さんは黙ったままグラスのお酒を飲み始めていた。


「術後なのに、そんなに飲んで大丈夫なんですか?」


遠野さんは私の言葉を聞き、私のスマホを弄ろうとしたんだけど、苦笑いをしながらスマホを差し出してくる。


私のスマホはロックがかかってしまい、入力ができない状態になっていた。


「やっぱり不便ですね」


そう言いながらスマホを受け取ると、遠野さんは苦笑いを浮かべながら小さくうなずいていた。


声と文字で会話をしていると、中から夏美と奥村さんが出てくるなり、奥村さんが切り出してくる。


「何々? いい感じ?」


「いえ、遠野さんに助けてもらっちゃいました」


「遠野さんなんて堅苦しい言い方やめようよ。 修哉でいいじゃん。 ちなみに俺は匠でいいからね」


…相当酔ってるなぁ…


そんな風に思いながら、4人で2つのリクライニングチェアに座り、飲みながら話し続けていた。

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