第14話 ナンパ
食事をとった後、少し酔いを醒ますため、二人で広い中庭にあるベンチに座り、水を飲みながら話していた。
しばらく話していると、夏美が手に持っていたキャップが転がり、通路のほうへ転がっていく。
夏美がキャップを取りに行こうとすると、浴衣の上に茶羽織を羽織り、少し顔を赤らめた二人組の男性の一人が、キャップを拾い、夏美に差し出していた。
夏美はお礼を言い、男性からキャップを受け取っていたんだけど、これをきっかけに酔った夏美が話しかける。
「あれ? お二人で旅行ですか?」
「はい。 そちらも二人で旅行ですか?」
「そうなんです! 奇遇ですね!」
「っつっても、俺はこいつと来るはずじゃなかったんすけどね」
男性はそう言いながら、隣に立つ男性を指さす。
…あ、あの人、新幹線で隣になった人だ…
隣に立っている男性は、新幹線の中で隣のシートに座っていた無口な男性だった。
その後も夏美は男性と話し続け、盛り上がってしまったんだけど、隣に立つ男性は一言も話さない。
「あっかり~! 4人で一緒に飲もう!!」
夏美は笑顔で切り出し、その言葉に耳を疑ってしまう。
「え!? なんで?」
「いいじゃん! 男二人で寂しかったんだって!」
夏美はそう言った後、ぐっと私に顔を近づけ、小声で囁くように告げてきた。
「男で負った傷は、男に癒してもらいなよ」
「ちょ! 何言って…」
「ま、そういうことだから! 彼ら、シャンパン持ってきてくれるって! しかもドンペリ! 部屋行こ!!」
…この酔っ払い、ドンペリに釣られたな。 ったく…
断るにしても、酔った夏美はこの調子だから、『一人で彼らの部屋に行く』と言い兼ねないし、自分の部屋に来られたら、どこにいればいいのかわからなくなってしまう。
…仕方ないか。 後で言い聞かせないとな…
そう思いながらゆっくりと立ち上がり、部屋の前で彼らと別れた。
部屋に入ってすぐ、夏美に切り出す。
「夏美? 初対面の人を部屋に呼ぶってありえなくない?」
「ん~? 彼ら初対面じゃないよ。 Nファクトリーの子会社勤務。 前に松坂君の付き添いで営業行ったとき会ったことあるもん」
「Nファクトリーって、あのチーズケーキの?」
「そそ。 この旅館のHP制作依頼されて、撮影兼旅行中なんだってさ。 システムエンジニアしてるんだけど、人手不足で駆り出されたんだって。 なんかあったら、ダンディな親会社に文句言えば良くない?」
夏美が言い切ると同時に、インターホンが鳴り、ドアを開けたんだけど、二人の男性の手にはドンペリと赤ワインのボトル。
中に案内した後、二人は私に名刺を渡し、3人でグラスを準備しはじめる。
…夏美と楽しそうに話していたのが【奥村匠】さんか。 『かわいい王子様系』の顔してるし、夏美のタイプなんだろうな…
…新幹線で隣になったのが【遠野修哉】さん。 遠野さん、全然話さないけどどうしたんだろ? 人見知りなのかな? 見た目がワイルド系だし、一言も話さないから、ちょっと怖いな…
夏美の隣に座り、ドンペリを飲み始めていたんだけど、話すのは奥村さんと夏美ばかり。
遠野さんは黙って飲むばかりで、全く話そうとはしなかった。
しばらく話しながら飲んでいると、夏美が切り出した。
「修哉君、めっちゃ無口じゃない?」
「ああ、こいつ声帯ポリープの手術して、声が出せないんだよ。 先週退院したばっか。 酒はやっと解禁されたらしいけど、来週にならないと喋れないんだって」
「それで温泉なんか来ていいの?」
「俺ら仕事で来てるからね? お二人みたく遊びじゃないんだよ?」
「ほ~。 御社は職場に酒を持ち込んでいいのかい?」
「今は勤務外だから平気っしょ! ダメって言うなら、部屋に持って帰るよ?」
「帰ってもいいけど、酒は置いて行って!!」
…声帯ポリープの術後だから話せないんだ。 なるほどねぇ…
盛り上がる二人の横で、妙に納得をしながら飲み続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます