第13話 温泉
夏美が酔いつぶれた数週間後。
この頃になると、ごくごく普通の少し忙しい日々を過ごし、不思議な出来事も起こらなくなり、頭に響いてきた声のことでさえも忘れかけていた。
やっとの思いで有休が取れ、社長からもらった温泉に行くため、駅に向かっていた。
ペアチケットだから、誰を誘おうか悩んだんだけど、結局、一番お世話になった夏美を誘うことに。
けど、夏美は有休を取れず、仕事後に直接向かうことになっていたため、一人で新幹線に乗りこんでいた。
新幹線に乗り込み、指定席に座った後、ボーっと外を眺めていると、いきなりシートを叩かれ、通路のほうに目を向けた。
すると、少し長めの髪にスパイラルパーマをかけ、ヘッドフォンをした男性が、指定席のチケットを見せるように差し出し、シートを指さしていた。
ふとシートを見ると、履いていたスカートが、ほんの少しだけ隣の席にかかっている。
「すいません…」
小声で言いながらスカートを直し、シートに座りなおすと、男性はシートにどっかりと座り始めた。
…何か言えばいいのに…
そう思いながら窓の外を眺め、車窓の向こうでゆっくりと変わっていく景色を眺めていた。
一言も発しないまま目的地に着き、送迎バスを待っていると、さっきの男性は同じバス停でバスを待っている。
…同じ宿ってことだよね? 一人で行くのかな?…
不思議に思いながらバスを待っていると、シャトルバスがゆっくりとロータリーの中に。
バスに乗り込み、男性とは距離を置いて座っていた。
純和風の旅館の前につき、カウンターでチケットを見せた後、部屋に案内されたんだけど、純和風の部屋には露天風呂がついている。
…社長、いつもこんな部屋に泊まってるの? 贅沢だなぁ…
荷物を置いた後、露天風呂のあるテラスに出て、自然豊かな景色を眺めていた。
しばらく景色を眺めていたんだけど、特にやることもなく、露天風呂に入ることに。
露天風呂に入りながら景色を眺め、何も考えずにボーっとした後、浴衣を着こみ、周辺観光案内を眺めていた。
少しすると、インターホンが鳴り響き、ドアを開けると夏美が笑顔で部屋の中へ。
「早くない?」
「社長が『早く行ってやれ』って、午後半休くれたのよ。 紗耶香ちゃんは不貞腐れてたけどねって、この部屋すごくない? 露天風呂付ってさぁ…」
「凄いよね。 露天風呂、気持ちよかったよ」
目を輝かせながら部屋に入っていく夏美を眺め、話し相手ができたことに、胸を弾ませていた。
夏美が露天風呂に入った後、夕食を取りに行ったんだけど、間仕切りの向こうには豪華すぎるくらい豪華な懐石料理が所狭しと並び、思わず呟いてしまった。
「…さすが社長って感じ」
「…だね。 あれって松坂牛? アワビもあるし、旅行のたびにこんな豪華な料理食べてるのかな?」
「…さぁ? これ、後で請求されないよね?」
「請求されたら任せた! たっぷり貰ったんでしょ? ごちゃごちゃ考えないで、おいしく頂こう!」
夏美は浮足立つ感じで席に着き、グラスにビールを注ぎ始める。
…ま、いっか。 請求されたら慰謝料から出せばいいし、夏美の言う通り、ここにいる間、ごちゃごちゃ考えるのはやめよう…
夏美の向かいに座り、食べ始めたんだけど、料理が美味しすぎるせいか、気持ちが吹っ切れたせいか、普段以上にお酒がススム。
二人で感激の声をあげながら飲み食いし続け、笑顔で食事をとり続けていた。
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