第10話 目撃
悟と喧嘩して以降、悟からの電話やメールが来るたびに、どんどん気持ちが冷めていた。
最初は無視することに小さな罪悪感があったんだけど、日を追うごとに、無視することに対しての罪悪感はなくなり、悟に対する感情は、見る影もないくらいに消え失せていた。
数日後。
午後の作業をしている最中、部長が突然「社長が店を予約してくれたから、みんなで行こう」と切り出し、定時後にみんなで飲みに行くことに。
定時を迎えると同時に、マイクロバスが会社の前に停まり、部長が早く乗るよう促してくる。
「これで行くんですか?」
「親戚と食事会をするはずだったんだけど、急遽行けなくなったらしい。 当日キャンセルするくらいだったら、営業部で行って来いってさ。 社長に感謝しろよ」
確かに、ここのところ売り上げは好調だし、社長は頑張っている従業員に対して、評価をしてくれる。
…現金のほうがいいなぁ…
そんなことは言えないまま、マイクロバスに乗り込み、店に向かっていた。
1時間近く車に揺られ、4階建てのお店に入り、最上階にある和室で飲んでいたんだけど、どれもこれも高そうな料理ばかり。
「接待じゃないよね?」と聞きたくなるほどの料理に舌鼓を打ち、おいしいお酒を飲んで、みんなと楽しいひと時を過ごしていた。
しばらく飲み食いした後、トイレに行こうと立ち上がると、松崎君が「トイレ?」と聞いてきた。
「うん。 ちょい酔い覚まし」
「あ、俺も行く」
話しながら二人で部屋を後にすると、頭の中にまたしても男性の声が響いてくる。
『3階…』
…まただ。 3階って、3階に何があるの?…
不思議に思いながら階段を降りようとすると、松崎君が切り出してきた。
「どこ行くんだよ?」
「3階。 呼ばれた気がする」
「はあ? 酔ってんじゃねぇの?」
「酔ってるよ」
それだけ言い、階段を降りようとすると、松崎君が不安そうに後をついてきた。
周囲を見回しながら3階にあるトイレに向かっても、誰もいないし何もない。
…気のせいかな?…
そう思いながらトイレの前で足を止めると、トイレの先にある物陰から、人の気配がしていた。
息をひそめながら気配のするほうへ近づくと、そこには悟と悟の後輩である吉崎さんが抱き合い、激しく唇を重ねている。
驚きのあまり固まったまま、二人を眺めていたんだけど、悟は当たり前のように胸に触れ、スカートの中へ手を伸ばそうとしている。
すると、突然、腕を引っ張られ、松崎君の胸に強く抱かれていた。
「見るな」
小声で切り出してくる松崎君の声で体の自由を取り戻し、「ごめん」と言った後、急いで階段を駆け上り、4階のトイレに閉じこもった。
…知らない人じゃないじゃん。 思いっきり会社の後輩じゃん…
涙があふれることも、怒り狂うこともなく、ただただ鏡に映る自分を呆然と眺めていた。
…あ、完全に冷め切ってたんだ。 だからびっくりしただけで、なんとも思わないんだ…
大きく深呼吸をした後、みんなの待つ部屋に向かっていた。
部屋に戻って少しすると、松崎君が戻ってきたんだけど、さっき見たことについては何も触れないまま。
部長が切り出し、飲み会が終了していたんだけど、店を出ると、悟と会社の人たちが店の前に集まり、何かを話していた。
「あれ? あかりちゃんじゃん!!」
山賀さんの声が聞こえ、軽く会釈をしただけでその場を後にしようとしたんだけど、悟が慌てて駆け寄り、私の腕を掴んできた。
「わざわざここまで飲み会?」
何食わぬ顔で言ってくる悟の顔が、汚らしく、気持ち悪く感じてしまい、力いっぱい手を振り払った。
悟はキョトーンとした様子で私を見てきたんだけど、山賀さんたちは「婚約者と喧嘩かぁ?」と言いながらゲラゲラ笑い、吉崎さんも一緒になってゲラゲラ笑い始めていた。
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