第9話 声
シーンと静まり返った部屋の中、一人涙を零していると、夏美が切り出した。
「…悟、あんた最低だね」
「は?」
「さっきからあかりの目を見て話そうとしないじゃん。 それってやましいことがあった証拠なんじゃないの?」
悟は言葉に詰まったように黙り込み、部屋の中に沈黙が訪れる。
「もうさ、あんたの視線でバレてんだし、全部ぶっちゃけちゃえば?」
夏美が呆れたように切り出すと、悟は大きくため息をついていた。
「…会社の人?」
恐る恐る切り出すと、悟は小声で答え始めた。
「浮気なんかしてない」
『騙されるな』
突然、頭の中に聞き覚えのない男性の、エコーがかかった声が響き、思わず夏美の顔を見たんだけど、夏美は呆れたような表情をするだけ。
…今の声、何? 空耳?…
不思議に思いながらも、悟に再度切り出した。
「…何回くらい関係持ったの?」
「してないって言ってるだろ?」
『騙されるな』
…まただ。 空耳じゃない。 けど誰の声? 騙されるなって、悟が嘘をついてるってこと?…
不思議な声のせいで涙はピタッと止まり、言葉が出ないままでいた。
『騙されるな』
再度、男の人の声が頭に響き「嘘ついてるでしょ?」と小声で聞く。
悟は何も答えないまま、逃げ出すように浴室に行ってしまい、夏美は大きくため息をついた。
「ねぇ、今、男の人の声が聞こえなかった?」
夏美に切り出すと、夏美は「いつ?」と不思議そうに聞いてくる。
「悟がそこに座ってるとき。 『騙されるな』って聞こえたんだよね」
「防衛本能?」
「そう言うんじゃないと思うんだけど… 頭に響くっていうか、エコーがかかった聞き覚えのない男の人の声だった」
「疲れてんじゃないのかな? いろいろあったし、少し休んだほうがいいけど… あれが居たら休めないか」
「つーか、いきなりどうしたの?」
「会社の鍵忘れて行ったでしょ? 週明け、あかりが鍵当番だから渡さなきゃって思ってさ」
夏美はそう言いながら鍵を渡してきたんだけど、悟は浴室から出るなり、スマホを見て、何も言わないまま慌ただしく家を後にしていた。
悟が出て行ったことにホッと息をついた後、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、夏美に手渡したんだけど、夏美は当たり前のようにそれを受け取り、飲み始めていた。
「なんか疲れちゃったなぁ…」
ため息をつきながら小声で言うと、夏美はクスッと笑った後「温泉でも行きたいねぇ」と切り出す。
「それいいね。 おいしいご飯食べて、温泉入って、飲んだくれてさ」
「ダメ人間」
「たまにはよくない? タダで行けたら最高なんだけどなぁ」
「部長に社員旅行、提案してみる?」
「社員旅行だと月例始まるじゃん。 それは嫌だなぁ…」
その後もくだらない事を話し合い、気が付くとソファで朝を迎えていた。
完全に二日酔いの状態で目を覚まし、ガンガンする頭を抱えながらキッチンに立つ。
コーヒーを入れながらこめかみの辺りを強く押すと、夏美が寝室から出てくるなり「頭痛い」と切り出してきた。
「完全にやっちゃったよね…」
そういいながら2つのカップをテーブルに置き、スマホを見ると悟からメッセージが来ていた。
〈ちゃんと話し合おう〉
…これ以上何の話があるっていうの?…
苛立ったままスマホの電源を落とし、コーヒーを飲んでいた。
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