第8話 喧嘩

その日の夜。


一人で夕食を食べた後、藤田さんにもらった紙袋を眺めていると、インターホンが鳴り響き、小さなモニターに悟の姿が映し出されていた。


「早く開けろよ」


インターホン越しにいきなり吐き捨てるように言われ、エントランスの鍵を開けて少しすると、悟が家に入ってきたんだけど、悟はもらった紙袋を見るなり、苛立ったように切り出してくる。


「なんでライバル社の商品買ってんの?」


「違うよ。 隣の子から貰ったの。 タグ付けをミスったやつをお父さんが送ってきたんだって」


「んなもん付け替えればいいだろ?」


「そんな事知らないよ」


「つーかさ、この前Yシャツがどうのって言ってたの、あれ何? 結婚したいからって、そういう嘘つくのやめてくんない?」


「は? そんなこと言ってないじゃん」


「言ってんじゃん。 大体、俺は紙切れ一枚で人生左右されたくねぇんだよ」


いきなり怒鳴るように言われ、言い返す言葉もなく、大きくため息をつく。



…紙切れ一枚か。 悟の中に、私との未来はないんだ。 なんで5年も付き合ってたんだろ?…



言い返す言葉もなく、ただただ黙っていると、悟は右手を差し出し切り出してきた。


「合鍵」


「は? 何言ってんの?」


「構ってほしいから、あんな嘘ついたんだろ? 構ってやるから合鍵渡せって言ってんの」


悪びれもなく、ハッキリと言い切る悟が信じられず、涙が溢れてくる。


「紙切れ一枚に左右されたくないのに、合鍵渡せっておかしくない?」


「かまってやるっつってんだろ? さっさと渡せよ」


「…出てって」


「は? 出てっていいの?」


「いいから早く出てけ!!」


涙を流しながら怒鳴りつけると、エントランスのインターホンが鳴り、小さなモニターには夏美の姿が映し出されていた。


「早く出てって」と言った後に対応したんだけど、悟はソファに座ったまま、不機嫌そうにしているだけ。



少しするとインターホンが鳴り、ドアを開けると、夏美は驚いた表情で家の中に入ってきた。


「あ、なっちゃん! 久しぶりだね!」


悟はソファに座ったまま、普段と変わりない態度を取っていたんだけど、夏美は怪しむような表情をするばかり。


夏美に「喧嘩?」と聞かれ、ついさっき起きたことを正直に告げようとすると、悟は笑顔で切り出してきた。


「うちで飼ってた犬が死んじゃってさ。 そのこと言ったら泣き始めたんだよね」


「なんで嘘つくの?」


「ついてねぇだろ?」


「犬なんか飼ってないじゃん! なんで平然と嘘ついてるの?」


「ついてねぇって言ってんだろ!?」


悟の怒鳴り声の後、部屋の中は静まり返り、涙を拭うことしかできなかった。



「悟、あんた浮気してんでしょ? だからイラついてるんでしょ?」


夏美の言葉に固まってしまうと、悟はスッと視線をそらした。



…浮気してたんだ。 バレないか不安になって、いきなりうちに来て、顔を見たら苛立って八つ当たりして。 それでいきなり結婚って言葉を出してきたんだ。 そっか。 あのTシャツとYシャツは、浮気相手の嫌がらせだったんだ…



自分の中の考えに納得しか出来ず、小さな声で切り出した。


「…相手は誰? 会社の人?」


悟はため息をついた後、呆れかえったように切り出してくる。


「してねぇって言ってんじゃん」


「じゃあなんで、いきなり結婚とか言ってきたの?」


「5年も付き合ってたらそういう話にもなるだろ?」


「そんな話してなかったじゃん」


「つーかさ、そんなに俺が信用できないわけ?」


完全に上から目線で言い放つ悟に、疑問ばかりが浮かび上がる。



…この人誰? 本当に悟なの?…



そう思いながら悟の目を見つめると、悟はスッと視線をそらし、苛立ったように外を眺めていた。

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