第7話 鍵

そのまま夏美の家に泊めてもらい、翌日の昼休みには管理会社に電話をしていた。


鍵の交換をお願いすると、数日前、マンションについている鍵のシリンダーに欠陥が見つかり、鍵が開かなくなってしまう事例がある事と、オートロックのセキュリティが古くなっていたこともあり、週末にはマンション全体についているカギを変える予定とのこと。


鍵の交換費用は実費を覚悟していたんだけど、メーカーから払われることになり、少しだけホッと胸を撫でおろしていた。


…シリンダーに欠陥があって中に入れないって、シリンダーが原因で中に入れたって訳じゃないのか。 なんでわざわざクリーニングにだしたんだろ? やっぱり気持ち悪いよな… 


気持ち悪さを拭い切れないまま、仕事に戻っていた。



数日後。


この日は定時後に接待があったため、滝川君と二人で料亭へ。


接待の途中、スマホが震えていたんだけど、相手社長が流暢に話していたため、会話を途切れさせることができず、出ないままでいた。



接待を終えた後、駅に向かいながらスマホを見ると、悟から着信が来ていた。


すぐに折り返したんだけど、悟は電話に出ない。


「彼氏さんですか?」


「うん。 飲み会って言ってたんだよね。 山賀さんあたりが掛けるように言ったんじゃないかな?」


「あのごつい人か… 今日も夏美さんの家に帰るんですか?」


「うん。 明日、鍵を変えるのに立ち会わなきゃいけないから、今日は泊まらせてもらうんだよね」


「ホント、夏美さんと仲良いっすよね」


「同じ中学だったんだよね。 高校が違って、疎遠になってたんだけど、たまたま同じ会社に入社してたんだ。 夏美は高卒ですぐに就職したから、私より4年も先輩」


「それ、この前の飲み会で聞きましたよ?」


「あれ? そうだっけ?」


「もう酔ってるんすか? しっかりしてくださいよぉ?」


笑いながら歩き、駅についた後、滝川君と別れたんだけど、それ以降、悟から電話が鳴ることはなく、夏美の家で翌日を迎えていた。



朝からマンションに行き、鍵の交換に立ち会ったんだけど、カードキーがないとエントランスの鍵が開かないと言うことで、2種類の鍵を受け取っていた。


夏美にお礼を兼ねてメールをし、週末、お世話になったお礼に奢ることを約束。


洗濯をしようとリビングから廊下に出ると、玄関にはあの時の紙袋が置かれたままだった。



…あれ着るの嫌だなぁ。 ワンピースと着まわしてるけど、ワイシャツ1枚じゃ辛いし、でも着たくないんだよなぁ。 新しいの買うか…



仕方なく、ワイシャツを買いに行く準備をしていると、インターホンが鳴り響き、小さなモニターには隣に住む藤田さんが立っていた。


チェーンをかけたまま対応すると、藤田さんは「いきなりで申し訳ないんですけど、これ、もらっていただけませんか?」と切り出し、ブランド物の紙袋を見せてくる。


チェーンを外し、ドアを大きく開けると、藤田さんは困った様子で切り出してきた。


「父親がこの会社に勤めているんですけど、誤って違うタグを着けちゃったみたいで、いっぱい送ってきたんです。 もし良かったら、もらっていただけませんか?」


差し出された袋を受け取り、中を見ると10枚以上ものワイシャツが入っている。


「そんな! 悪いですよ!」


「お願いします! うちにまだ5箱もあるんです! 転売もできないし、友達にも配り切れなくて、本当に困ってるんです!」


「でもさぁ…」


「以前、紙袋にワイシャツが入っていたのを見たんですけど、それと同じサイズを持ってきたので、多分サイズ違いは無いと思います」


「それいつ見たの!?」


「先週だったかな? コンビニに行った帰り、床に置いてあるのを見ました。 インターホンを鳴らしたんですけど、不在だったみたいで、盗まれるといけないから、ドアノブにかけておいたんです。 お願いします! もらってください!!」



…藤田さんが通りかかったときには置いてあった? じゃあ誰? 松崎君の言う通り、悟の浮気相手?…



半ば躊躇しながらも、押し付けられた紙袋を受け取り、しっかりと鍵を閉めていた。

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