第4話 チーズケーキ

Tシャツがドアノブに掛けられた日から、しばらく外干しすることをやめていたんだけど、タオルの半乾き臭に耐え切れず、タオルだけは外干しするように。



洗濯物を干すときに、外の様子を気にするようになったんだけど、そこにはOLやサラリーマン、大学生っぽい人が帰路を急ぐだけで、おかしな風貌の人はいない。


その時に、まじまじと周囲を見回したんだけど、ベランダから見えるマンションは遠く離れ、とてもじゃないけど目視できそうにない。


一軒家も立ち並んでいるんだけど、大きな木々が邪魔してるから、パッと見で家からTシャツが飛んだことを確認できそうにもない。



…なんなんだろうな…



そう思いながら部屋干ししている服に、衣類用消臭剤を吹きかけていた。



数日後のお昼休み。


夏美と後輩の紗耶香ちゃんの3人で、ランチを食べながら話していると、紗耶香ちゃんが雑誌を広げながら切り出してきた。


「そういえば、この前、これをお取り寄せしようと思ってメールしたんですけど、1日500個しか作れなくて、1年待ちって言われちゃったんです」


夏美の前に広げられた雑誌を覗き込むと、そこには一口サイズのチーズケーキの写真が写っている。


「これ、かなり前からすごい人気だよね。 これを食べたら、他のチーズケーキが食べられなくなるって言われてるんでしょ?」


写真を見ながら切り出すと、紗耶香ちゃんが黄色い声を上げていた。


「そうです! 死ぬ前に1回食べてみたくないですか?」


「ご馳走してくれるなら食べるけど、自分では買わないかなぁ」


「言えてる。 8個で3000円はちょっと高いよねぇ…」


「えー、そんなに高くないですよぉ~」


夏美と私の意見とは反対に、紗耶香ちゃんは不貞腐れたように言い切る。


一人暮らしと実家暮らしの差を見せつけられた気持ちのまま、1日の作業を終えていたんだけど、この頃から、悟が妙に怒りやすくなっていた。


ラインや電話で何気ない話をしているだけで、すぐに怒る。


「次に来るのって来週末だっけ?」


「お前さ、俺のこと暇人って思ってんの?」


「そんなこと言ってないじゃん」


「つーかさ、いちいち聞いてくんのやめてくんない? 俺だって忙しいの! マジ多忙なの! 暇人扱いしてんじゃねぇよ」


悟は怒鳴るようにそう言い切った後、電話を切ってしまい、急に怒り始めた原因が、わからないままでいた。



数日後。



外回りを終えた滝川君と、私と同期で営業の松崎君が、二人そろって部署の中へ。


松崎君は夏美の顔を見るなり「請求書、頼んだ」と言いながら、資料を渡していた。


すると、滝川君が紙袋を私のデスクに置き、切り出してくる。


「さっき行ったNファクトリーの社長からです」


「社長ってあのダンディなおじいさん?」


「そうっす。 『日ごろの感謝を込めて、召し上がってください』って。 こんな事、初めてっすよね?」


「日頃の感謝? 本当に?」


そう言いながら袋を見ると、そこには先日、夏美と紗耶香ちゃんの3人で話していたチーズケーキが2箱も入っている。


紙袋から品物を出すと、紗耶香ちゃんは歓喜の声を上げたんだけど、夏美は「え? 本当に?」と、疑う声を上げ、滝川君に切り出した。


「本当は、滝川君があかりにプレゼントしたかっただけなんじゃないのぉ?」


「違いますよ! 本当に頂いたんですって! 『ミスって大量発注しちゃって、全員に配ったんだけど、自分の会社だけじゃ処理しきれないから、持って行ってくれ』って」


「大量発注って… あそこの従業員、500人近くいなかった?」


「そうなんですよ。 確かバイト含めて498人て言ってたかな? 一人1個ずつ配ったんだけど、それでも配り切れなかったらしくって、俺にまわってきたんです」


「配り切れないって… え? じゃあ、これだけで150万使ったって事!?」


「たまにあるらしいですよ? よくわかんないですけど…」


夏美と二人で「恐ろしい…」と言っていたんだけど、紗耶香ちゃんはいそいそと、全員分のコーヒーや紅茶を入れ始めていた。


「これって、1日500個しか生産してないんだよね?」


袋を指さしながら夏美に切り出すと、夏美は苦笑いを浮かべながら頷いている。


「あかりさん! 夏美さん! 細かいことは気にしないでいただいちゃいましょうよ!」


紗耶香ちゃんの言葉に疑問を抱いたまま頷き、違和感ばかりを感じていた。

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