第3話 Tシャツ
週末は悟と買い物に行き、早めの夕食を食べた後、駅まで見送り自宅へ戻る。
自宅に戻った後、洗濯物を取り込むためにベランダに出ると、昨晩、トマトソースの跳ねたTシャツが、ハンガーごと無くなっていた。
…あれ? 風で飛んだ?…
ベランダから下を見ても、Tシャツらしきものは落ちていないし、風だって強くない。
それに、マンションの5階に住んでいるから、盗まれる可能性は低い。
…隣な訳ないか。 502の藤田さんは女子大生っぽいし、505は空室だしなぁ… ベランダを伝ってきたとしたら、危なすぎるし、目立つもんね。 寝てる間に風で飛んで、行方不明になったんだろ…
洗濯物を取り込みながら、自分の中で『風で飛んだ』ということにしていた。
週明け。
会社に行こうとドアを開けると、ドアノブに紙袋が下げられていた。
不思議に思いながら中を見ると、そこには風で飛ばされ、無くなったはずのTシャツが入っている。
…あれ? やっぱり風で飛んだ? でも何でここに?…
不思議に思いながら通路や付近を見回しても、人影どころか気配すらない。
もし、近所の人が届けたんだとしたら、エントランスのインターホンを押して、こちらがオートロックを開けないと中に入れない。
たまたま開いていたエントランスのオートロックを通過したとしても、どこの部屋から飛んだなんてわからないし、うちを特定できたとしても、わざわざ届けるなんてことはしないはず。
それに、もし、風で飛ばされてたとしたら、ベランダから飛んだところを見て、わざわざ届けたってことになるし…
恐る恐るTシャツを取り出してみると、トマトソースのシミは綺麗に消えていた。
…染み抜きしてくれた? なんか気持ち悪いなぁ…
紙袋をそのままに、しっかりと鍵を閉めて会社に向かっていた。
お昼休みになると同時に、滝川君が会社に戻り、仕事の話を切り出してくる。
「このチームTシャツなんですけど…」
『Tシャツ』の言葉を聞いた途端、ふと今朝のことを思い出し、気持ち悪さが蘇ってくる。
…いったい誰が? 普通なら、管理人に渡すよね? それもしないで玄関のドアノブに掛けるってどういうこと?…
「…あかりさん? 聞いてます?」
「あ、ごめん。 もう一回言ってくれる?」
「珍しいっすね。 なんかあったんすか?」
「ううん。 何でもない。 で、なんだっけ?」
「このTシャツ、ロゴを入れてほしいって話なんすよ。 これなんですけど…」
滝川君はそう言いながら、力強い毛筆フォントで『中田ジム』と紙に書かれた、Tシャツのデザイン原稿を見せてくる。
「ここって確か、ボクシングジムよね?」
「そうっす! 元世界チャンピオンがオーナーなんすけど、義理の息子が…」
「ボクシング好きなのはわかったから! 色指定は?」
言葉を遮りながら切り出し、パソコンに向かって作業をしていたんだけど、どうしても今朝起きたことが頭から離れない。
…やばい。 注意力が散漫になってる。 集中しないと怒られそう…
何とか集中しようとしても、Tシャツのことが頭から離れずにいた。
定時後、スーパーで買い物をした後、恐る恐る自宅の前に。
ドアノブに掛けられたままだった紙袋は、その姿を消していた。
…無くなってる…
あったらあったで怖いけど、無きゃ無いで怖い。
…届けた人がまた来たってこと? それとも盗まれた? なんか怖いなぁ…
急ぎ気味で鍵を開け、玄関の中に飛び込んでいた。
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