運命コントロールセンター
六本木爽
第1話
こんにちは、僕、妖精のリーダ君。
ここは、人間たちの運命をコントロールする「運命コントロールセンター」です。
僕たち妖精は今日もこのオフィスで、せっせせっせと仕事しています。
実は、人間の運命って、実は神様と妖精たちでちゃんと管理されているの。妖精たちにはそれぞれ担当の人間が割り当てられていて、一分一秒、ちゃんと決められた運命が遂行されているか、見張っているんだよ。神様に最終的な決定権は一任されているけど、僕たち妖精がそれぞれのエリアの人間を見守って、何かあったら神様に報告するっていうシステム。
僕、リーダ君は、なん百人かの妖精たちのまとめ役。ちょっと偉いバイトリーダーみたいなものだね。もう結構キャリアが長いから、いろんな妖精たちの仕事の相談にのってあげたり、新人の妖精の育成を担当したり、トラブル処理を手伝ったり、神様への定期的な報告をしているんだよ。
そうそう、仕組みとしては人間社会の「会社」にとっても近いんだよね。まあ、そもそも人間だって神様が作ったものだから、仕組みが一緒なのは当たり前といえば当たり前なんだけど。
さーて。見渡すと、今日も妖精たちはみんな元気に働いているなあ・・。
あれ、新入りのブカブ君が、なんだか落ち込んでる様子。ブカブ君は最近になって人間の人生を終えて、妖精になったばかりのまだなりたての妖精初心者。こないだまで運命コントロールの研修をして、随分その時は元気そうだったけど、今はなんだか深刻そうだな。
どうしたんだろう。よし、話しかけてみよう。
「ブカブ君。どうしたの?ものすごく顔色が悪いけど」
ブカブ君はただならぬ表情をしている。何か思い詰めているようだ。
「リーダさん。大変です・・。」
ブカブ君は死にそうな声で訴えてくる。一体どうしたというんだろう。
「僕の担当の女の子、まゆみちゃんが、あと数時間で大変理不尽な出来事に襲われます。不運にもほどがあるんです。何とか助けられませんか?」
ブカブ君は担当の人間の様子を映し出すアイパッド型の天界鏡で、僕に‘まゆみちゃん’の姿を見せた。
ふむふむ、これがブカブ君の担当のまゆみちゃんか。
とっても可愛い女の子だ。17歳くらいかな。若さが弾けるように眩しい。
ブカブ君が、なんだかまゆみちゃんにとても思いを持って仕事をしているというのは一瞬で理解したけど、色々と運命コントロール係の妖精としてはおかしな点があったから僕は指摘したんだ。
「ブカブ君。まゆみちゃんに理不尽な出来事がこのあとあるから救ってくれ、と言ってるけど、それは運命通りのことなんでしょ?運命はいつでも決まってて、全て予定通りに進行している。僕たちはそれを見守る係だよ。ブカブ君はまだ新人だけど、研修の時に仕組みは教えたじゃない。運命は理不尽も不運もないんだよ。ただそこに運命があるだけなんだ」
ブカブ君はぶたれたみたいな顔をして、うつむいた。絞り出すような声で反論する。
「もちろん、僕それはわかっています。研修の時にその仕組みもよく理解できました。でもこのまゆみちゃんだけは、この運命だけは避けさせてあげたい。そんな目にどうしても合わせたくないんです」
ブカブ君は涙ぐんでそう言う。まだ人間の記憶が全部消えていないから、人間の価値基準で物事を見てしまうんだろうな。ブカブ君は。
「ブカブ君、何かそこまで言うには理由があるの?説明してみて」
「はい。僕はこれまでまゆみちゃんの人生をこの天界から見てきました。まゆみちゃんはずっと小さい頃から歌手になりたくて、必死で努力してきた子です。小さい頃お母さんが死んじゃって、弟たちの面倒を見ながら苦労して、それでも歌いたい、という夢をあきらめずにオーディションを受けて、ようやくこないだチャンスをつかみました」
「ふむふむ」
「でも、まゆみちゃんは今から数時間後に、通り魔に刺されてしまいます。命は助かるんですが、後遺症もあって、大事な仕事がキャンセルになります。それをきっかけに、歌手の夢は絶たれてしまいます。」
ブカブ君は手持ちのアイパッド型「天界鏡」で、このあとのまゆみちゃんの「運命年表」を僕に見せた。
確かにそこには数時間後に通り魔に刺されて重大な後遺症を負う、と書いてある。
運命とは人間界の感覚からしたらそういう理不尽なことは多々起こるものだ。妖精たちはそこに私情は挟めない。ただ淡々と見守り、運命の遂行をサポートするのが仕事なのだから。
「それは、確かにかわいそうだね。でも、運命は変えられないんだよ。決まっているんだもの。」
ブカブ君は悲壮な声で訴える
「例外はないんですか!??」
「うーん。ないねえ」
「でも、どうしてようやく努力が報われたときに、こんな理不尽なことが起こるんでしょうか。不平等ではないですか?」
「んー。」
僕はしばらく瞑目した。ブカブくんにどういえば納得してもらえるかな。
「人間にはみんなにそれぞれ運命が用意されていて、それは僕たちがなにしても変わらないんだよ。もう、そもそも決まっているの」
ブカブ君は僕の話が全く理解できない、といった風に首をふる
「あのね。そして‘不平等’っていうけど、‘不平等’なんてない。」
「え?どういうことですか?彼女の夢は歌手になって人前で歌うことなんです。ただそれだけのために、色んなものを犠牲にして頑張ってきました。なのにこの事件で夢を失うのです。これは不平等そのものではないですか?
僕はこの通り魔事件の犯人を今から殺したいです」
ブカブ君は物騒なことを言って涙すら浮かべている。やれやれ、ブカブくんはまだ半分、人間なんだな。そりゃそうだよね、僕もこうしたことに昔は納得いかなかった。
「そんなことしたらまた別の人間の運命にもひずみが出てしまって、大変なことになるよ。神様の作った運命は僕たちが想像つかないくらい精緻に作られているんだから。簡単にいじったりしたらもうそりゃひどいことになる。」
僕はブカブ君の肩をたたきながら続けた。
「もしかしたらさ、歌手になって、人前に出るじゃない。今は人間界はネット社会で誹謗中傷が当たり前だから、そういうストレスにダメージを受けるかもしれないし、人気になりすぎて忙しくて弟たちとの絆も守り切れないかもしれない。もしかしたら歌手以外にも彼女にはふさわしいほかの職業があるかもしれないし。歌手になっても悪いことは起こるかもしれないよ」
ブカブ君は頭にきたようで叫ぶように言う。
「そんなの・・・詭弁です!」
「・・うん。まあ、そうなんだよ」
「は?」
「そうなんだよ。結局ね、いいとか悪いとか、全部『詭弁』なの。僕が今言ったことと同じように、君が通り魔に刺されて不幸になる、というこれも同じように詭弁。
人間界ではほとんどのことに「いい」「悪い」の意味づけがされて、まるで幸福を競うゲームみたいなものが流行っているけど、運命はただひたすらに、淡々とそこにあるだけ。いい、も悪い、もないの。人間たちが勝手にただ起きていることに対して「おはなし」を作ってるだけなんだよ。「幸せになる」というゲームの中で、いわば勝敗を競っているの。本当は勝ちも負けもいいも悪いもないの。
ブカブくんがまゆみちゃんに対して作った「通り魔に刺されて夢を失った悲し女の子の話」もこれは、ブカブくんが作った物語。ブカブくんはまだ人間の頃の記憶や感覚が残ってるから仕方ないけどね。ブカブ君も妖精を長くやっていれば、いずれこのことも、よくわかると思うよ」
「よく・・・わかりません」
ブカブ君は受け入れられない、といった風にうつむいている。ブカブ君は優しいんだな。
そりゃ、言葉で説明するだけではわからないよな。ブカブ君の上司として、僕ができることって何だろう。
ちょっと考えて、僕はブカブ君にあることを提案した。多少、ルールから逸脱するけれど、神様も見逃してくれそうな範疇な気がする。
「まゆみちゃんの未来を見に行こう」
ブカブ君は驚く。
「え?そんなことできるのですか?」
「僕はまとめ役だから、君たちヒラの妖精よりも多少は力を使えるんだ。僕と一緒に手をつないで、しばらく目を閉じて。僕がいいと言ったら目を開けて。そしたらまゆみちゃんの未来に行ける。彼女が通り魔に刺された後そのあとの未来、どうなったか。それを見てこよう。」
ブカブ君は神妙な顔で聞いている。
本当はブカブ君への特別扱いも過ぎるけど、今回はいいだろう。
僕はブカブ君の手を取っていった。
「さあ、今から行くのは10年後の世界。悲劇の事件が起こった10年後だ。まゆみちゃんはどうなったのか。ちょっと衝撃が走るけど、しっかりついてきてね。せーの!!!!」
僕とブカブ君は時空を超えた空間に飛び出した。
一面は美しい宇宙空間のような世界。黄金の光線に緑が入り混じっている。いつもながらこの光景は美しい。
ブカブ君は怯えているのか、繋いだ手が震えている。
人間界では10年後にあたる世界に僕たちは到着した。
そこは・・・。
そこは、東京ドームだった。
全席が埋め尽くされていて、観客は1万人をゆうに超えている。熱気と歓声が物凄い。
ステージにはスポットライトを浴びている小柄な女の子がいる。
ライブが終わった直後のようだ。ステージは喝采であふれいている。コールが鳴りやまない。
その歓声は
「・・・まゆみ!」
「まゆみ!」「まーゆーみ!」
「まゆみ!!」「まゆみちゃーん!」
「まゆみ!まゆみ!まゆみ!」
歓声が鳴りやまない。アンコールの拍手と彼女を呼ぶ観客の声が、ドーム中に響き渡ってる。
「まゆみ!まゆみ!まゆみ!」
ステージに立つ女の子は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、頭を下げた。
これまできっと彼女を通過していったいろんな出来事、助けてくれた人の顔、それでもあきらめられなかった日々が彼女の周囲に見える。すべてに「運命」を感じて、まゆみちゃんは深く、来てくれた観客に、支えてくれた人に、それでも立ち上がった自分に、誰にかはわからない。深く、深くお辞儀をしていた。
そう・・彼女は・・
「・・・・まゆみちゃんだ・・!!」
ブカブ君は目に涙をいっぱいにためている。
そう、まゆみちゃんは10年たって、夢をかなえたんだ。
そこに至るまでいろんなことがあった。通り魔に刺された後遺症で夢は一度諦めた。でも歌手になる未来をあきらめなかった。
僕はこのことは知らなかったけど、天界鏡で彼女の姿を見た時に、なんとなくこのことは予想もしていたんだ。なんでって?うーん。根性がありそうな目をしていたからかな。
「ほらね。彼女は夢をかなえたんだ。すごいね。やっぱり、夢を諦められなかったんだ」
ブカブ君はよほどまゆみちゃんの未来が分かって安心したんだろう、やっとほっとした表情をしている。
帰り道。
ブカブ君が聞いてきた。
「でもリーダさん。彼女は立ち上がったけど、そうじゃない人だっていますよね。理不尽な運命に対して、これはレアケースであって、きっと生きる気力をなくしてしまうことだってありますよね。」
全くブカブ君は優しい妖精だ。
「うん、そうだね。でも、大丈夫なんだよ」
「どうしてですか?」
「生きていれば、たいてい大丈夫なんだ」
「えー雑じゃないすか?」
運命コントロールセンター 六本木爽 @roppongisayaka
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