隠しごと

 心乃と恋人になってから一週間が過ぎようとしていた。

 あの時の雨のせいで心乃は病院に入院していた。

「ごめんね。ただの風邪だったんだけど、私普通の人よりも白血球が少ないの。だから、ちょっとごじらせちゃって。毎日お見舞いに来てくれてありがとう。春人くんを見てると元気が出るんだ」

「心乃ちゃんがそう言ってくれると嬉しいよ」

 僕はそう言って、心乃のベッドの横にある椅子に深く腰掛けた。

 心乃の病室は一人部屋だった。窓から差し込む陽射しは春人の顔を赤く色づけていた。  

 病院は春人の家より、もう一駅先にあった。でも、春人は心乃の顔を見る為に毎日通った。心乃が早く退院出来るように……

「春人くん、学校どうだった? 嫌なことなかった?」

 心乃はいつも僕に同じ質問を投げかける。別に話題が無い訳ではないが、心乃は僕のことを心配していた。

 僕はいつもクラスの端の席で一人で勉強をしていた。授業中だけでなく休み時間も常に一人でいることが多かった。友達がいない訳ではないが、いつも僕の近くにあったのは窓から差し込む陽射しだけだった。

「楽しかった……かな。でも、嫌なことはなかったよ。それよりもリンゴ買ってきたんだ、食べる?」

「うん、食べる。春人くんが剥いてくれるの?」

 僕は右手に下げていた袋からリンゴを一つ心乃前に差し出して

「僕以外の誰が剥くの? 心乃ちゃんは病人なんだから安静にしとかないと。それにリンゴの皮くらい剥けるよ、ほら」

 心乃の前で皮を剥いてみせた。綺麗に剥かれた皮は、途切れることなく地面に吸い込まれていった。

「ありがとう、春人くん。ありがとう……」

 心乃は涙を流していた。頬を伝う雫が夕日に照らされ赤く光っていた。

「心乃ちゃん……どうしたの?」

「春人くん、ごめんね。お母さんにね、私たちは付き合ったらいけないって言われたの。春人くんは気づいてない振りをしてるの? それともホントに覚えてないの?」

「何のこと? それに心乃ちゃんのお母さんは何を知ってるの?」

「そっか。じゃあ、春人くんは幼い頃に私と約束したこと覚えてないんだね。でも、やっぱり私もね、春人くんと付き合うなら春人くんが全てを知って、それでも一緒に乗り越えていこうって言ってくれるなら付き合いたいな。ホントは春人くんのこと好きだからね、もうこのままの関係でもいいと思う。でも、やっぱり春人くんには私たちの関係を知った上で考えて欲しいの」

「確かに僕は何も知らないのかもしれないよ。でも、僕たちなら上手くやっていけるんじゃないかな」

「……ありがとう。でも、春人くんに言ったら、そう言ってくれるんじゃないかなって思ってたんだ。そう思う度に春人くんの優しさに胸が痛くなるんだ。だからね、そんな春人くんだからもっといい彼女ができると思う。それでも私のことを好きでいてくれるなら、全てを知って欲しいな」

 心乃の瞳は真剣だった。僕は心乃が言った、心乃との関係を全て知ることを決心した。たとえ、それが僕と心乃の恋人という関係を壊すものだとしても、僕は心乃と一緒にどんなことでも乗り越えていくことを胸に誓った。

「分かった。心乃ちゃんがそういうのなら、僕は全てを知ってくるよ。だから、心乃ちゃん……他の人を好きにならないで。それに、僕は心乃ちゃんのことしか見えてないから、僕たちの関係を知っても好きでいたいんだ」

「……春人くん。私も待ってる、春人くんをずっと。だからね、また逢いにきて……」

「うん。じゃあ、またね」

「うん」

 心乃は最後まで隠しごとをしているようにみえた。僕はそれにすぐに気づいた。でも、敢えて心乃が言うとおり、自分で心乃との関係を知りたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る