第43話 吸血鬼事件5
「気づいたのはいつ? 上手く擬態してたつもりだったんだけどな」
残念そうな笑顔はいつも通り優しくて、私はきゅっと手に爪を立てて声を張ります。
「吸血鬼がこの街でその気配を消すには、調停師のオーラを利用し、獣性を打ち消すのが一番確実性が高いと思いました。それであれば本能は抑制されるので、血を吸われる事件が今まで起きなかったことも納得できる。その仮説を前提に考えると、吸血鬼狩りが来た夜、調停師は全員事務所に集められていたので、事務所の外には吸血鬼はいなかった、ということになります」
エミリア先輩はわずかに目を細めると、「続けていいよ」と言うように頷きました。
「となれば、事務所の中に吸血鬼がいたことになりますが……ここで問題が生じます。オーラは人間だけが放つものですから、調停師は吸血鬼候補としてもちろん除外される。グレイさんの狼の姿は本物でしょうから彼も候補からは外れる。となれば所長が吸血鬼……ということになるのですが」
そこでエミリア先輩は吹き出し、
「それじゃあダメだね。血を吸う所長とか面白すぎる」
「です。蚊の方がまだマシなんです」
ちょっと私たちにしか共有できない消去法に同意を得ると、私は続けました。
「なので、ここで仮説を戻して……調停師の中に吸血鬼がいたと考えました」
エミリア先輩は感心したように目を瞬き、「トールちゃんが考えたの?」と尋ねました。
う、やはりバレてますね、私にそこまでの鋭い観察眼などないということが……
「いえ。この先の推理はシオンさんが」
「あそっか、トールちゃんが助手役なんだ。ふーんシオン君、いろいろ相談に乗ってあげたのにな。裏切り探偵め」
くすくすと笑うエミリア先輩に、私はシオンさんの悲しげな顔を思い出し目を伏せます。
この推理を伝えてくれた時、シオンさんは「追求するかどうかはトールさんに委ねます」とだけ言いました。……シオンさんだって、きっと、エミリア先輩のことは好きで、疑いたくなんてなかったはずです。
「これもまた仮説ですが、調停師の血液を摂取することで、獣人さんも一時的にオーラを放つことができる。そうなんですよね?」
「へえ。根拠は?」
「シオンさんが私の血を舐めた時……」
「え゛っ?」
「あ、すみませんそこを詳しく説明してると話がそれそうなので頑張ってスルーしていただいて……えっと、シオンさんが私の血を舐めた後、私のオーラの範囲から離れても、一瞬だけ人化を保てた……つまり、オーラの範囲内にいるのと同じ状態を保てたんです。すぐに戻ってしまいましたが。仮に血を摂取することでオーラを得られ、その持続時間が摂取した血液量に比例するのであれば……血を吸うことに適した身体を持つ吸血鬼さんなら、まとまった量の血を飲み、長時間オーラを持続させることも可能ではないかと考えられます」
つまり、調停師の血を吸えば、吸血鬼はそのオーラをコピーして、調停師に擬態することができる。
ふむ、とエミリア先輩は首を傾げ、不思議そうに尋ねます。
「でも、それならトールちゃんを除いて候補は5人。どうして私が吸血鬼だって特定できたの?」
「シオンさんは私が熱を出した時、エミリア先輩とユージンさんに日替わりで調停を受けました。その時に気づいたそうです、二人のオーラが、全く同じ波長を持っていると」
思えばシオンさんは、あのお祭りの打ち合わせで事務所を訪れ、初めてユージンさんを見た時から、不思議そうにはされていました。
彼は手紙騒動の時にエミリア先輩からの調停を受けてましたので、初対面の方から既知のオーラが発せられていることに違和感を覚えたんでしょうね。
オーラの波長とは個人によって微妙に異なるもので、それこそ遺伝子を全く同じにする人とか、あっても長く一緒に暮らして身体を重ねることに慣れた間柄とか、あとはそれこそ……同一人物でもないと、あそこまでは似ないと、シオンさんは言っていました。
所長も稼ぎ頭ツートップと言ってましたが、それは単純にトップであるユージンさんのコピーがエミリア先輩だったから、という意味でしかないのでした。
「なるほど。そこでバレちゃったわけだ……ほわほわしてるように見えてさ、シオン君て結構鋭いよね」
残念そうに肩をすくめて、エミリア先輩は苦笑します。
「で、候補は私かユージンかに絞られたんだね。……ミーナちゃんにさ、お礼言っといてね。役所で立場が悪くならないといいんだけど」
……仮にお二人のどちらかが吸血鬼だった場合、住民課で行われた調査から逃れることは困難でした。
だけどユージンさんではなくエミリア先輩なら、……私がミーナちゃんでも、見なかったフリをしてしまったと思うのです。
同居人の先輩で、自分も仲良くしている人の経歴に少しのほころびを見つけても、自ら告発する勇気があったかと言われれば。それが正しいか間違っているかの問題では無く、心情としてきっとそうはできなかった。
だって告発したら、吸血鬼は処分されてしまうんですから。
「うん、その通り。私はユージンの血を吸うことで調停師に擬態していた吸血鬼の生き残りで、定期的にユージンから血を提供してもらうことで今日まで人間の真似をして生きながらえてきた。王都に入る時に後見人のユージンがいることと調停師の才能があるってことで多少細かいとこちょろまかしてもらったからね、吸血鬼狩りなんて来なくてもどのみちそこを突かれたら終わりだった。概ね大正解だね。探偵役のシオン君にも言っといて、見事な推理だったよって」
パチパチ、と手を叩いて笑うエミリア先輩に、私はいたたまれず目を瞑ります。
シャッフルさんがエミリア先輩に探知の話を振られて分からないと誤魔化したのは、先輩の正体に気づいていて庇ったからでしょうか。
嗅覚に優れたグレイさんも分かっていたはずです。今なら分かります、彼が懇親会の席で、ユージンさんを「一番まともじゃない」と言っていたのは、禁種を匿い血を与えていたことが理由でしょう。
「……居住区の保護を受けて下さい。吸血鬼狩りに見つかる前に」
「ダメだよトールちゃん、禁種はどうせ居住区には住めないの。吸血鬼狩りのしつこさ知ってる? 神獣が抗議しようがあいつら聞く耳持たないよ、必ず私の首を持ち帰るまで諦めない」
先輩はユージンさんと出会うまで、どんな生活をしていたのでしょうか。
明るい瞳に一瞬陰った暗い色に、私は本能的にぞっとして口をつぐみます。
「…………禁種なのは、吸血で本能を抑えられるって知られてなかったからで……ユージンさんの同意があるなら、血の提供を受けて安全を証明した上で居住できるように制度を改めることは今からでも」
「私さ、もう嫌なんだよね。ユージンの血吸うの」
シオンさんに言われた解決策を必死で捲し立てる私に、エミリア先輩は泣きそうな顔で笑って、静かに首を横に振りました。
「前も言ったけど、あんなお小言ばっかの頭でっかちなやつタイプじゃないし……それにさ、あいつ、いいやつでしょ。そろそろいい年だし、一緒に生きたいと思える素敵な女の人に出会えた時にさ、こんな……厚かましく血を吸ってくる変な女が付きまとってたら、気味が悪くていつまでも幸せになれないでしょ? ずっと待ってたんだよね、手を離すきっかけ」
ぽろ、とエミリア先輩の目からこぼれた涙に、私は息を飲んで立ち尽くしました。
そして思い知ります、もう先輩を引き留めることはできないのだと、ここでお別れなのだと、どうしようもなくはっきりと。
「……私さ、自分は別にどうでもいいけど、あいつには幸せになってほしい……トールちゃんならこういう気持ち、分かってくれるかなあ」
へへ、と笑った顔があまりにも可愛くて、私は月の光の中、ただそれを見つめ続けるしかできませんでした。
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