第44話 ある調停師の独白


 思えば所長という男に捕まった瞬間から俺の人生はろくでもないものに確定してしまった。

 あのおっさんと横にくっついてる狼男のことを俺は生涯忘れないし、許さないし、感謝し続けるだろう。

 つまりは調停師になった時点で、俺がどうしようもない恋に落っこちて抜け出せなくなることは決まっていたわけだ。


「ユージン、お前明日から出張な。営業職。調停師探してきて」

「は」

「見つけるまで帰ってこないで。マジでこの業界人材不足なんだわ、次々辞めるし。お前が帰るまではスロウがお前の分も働くからそのことをいつも心に忘れないでな」

「いや今の時点で一人で十人分働いてるのに!? この悪魔、殺す気かよ!」

「ハハッ、つまり一人で二十人分ということですね? すごいなあスロウ君、目指せ2ダース」

「ほんっっっといい加減にしろよお前ら!!」


 そんなわけでスロウという元同僚の人柱を建てられ、俺は古来より神子の民話が多く残ると言われる北部の農村地帯へと追いやられた。

 もちろん俺が戻った時にスロウは退職して家業を継ぐとかで王都から去っており、同期のフロムが着ぐるみの毛をむしるぐらいストレス過多になっていたんだけど。本当いい加減にしろ。


 ……さて調停師探しなんて言ってもオーラ持ちなんて本当に限られてるもので、俺は適当に見切りを付けて王都に戻るつもりでいた。

 エミリアと出会ったのは、そんな自暴自棄になりかけていた冬の日の朝だった。


 当時滞在していた北部のひっそりとした街で、病院から期限の切れた輸血用の血液が消える怪事件が起きていると聞いた俺は、宿代欲しさと興味本位で警備役を買って出た。

 退屈していたというのもあるし、街の人々が恐れる噂──吸血鬼の末裔の仕業だという話も、調停師である自分なら返り討ちに出来ると高をくくっていたのだ。

 だから驚いた、取り押さえた吸血鬼が十六歳になったばかりの女の子で、今まで見た何よりも綺麗な顔をして、そして今にも死にそうなくらい弱り切って怯えていたことに。


「……どうしてあなたは、美味しそうじゃないの?」


 ぽろぽろ涙をこぼしながら俺を見上げて彼女がそう言った時に、多分もう手遅れだったんだと思う。

 俺はエミリアを保護し、街に小さな家を借りて出張資金が尽きるまで匿うことにした。


 吸血鬼の本能は身体が血液を受け入れられるまで成熟した頃、概ね十六歳頃に目覚める。

 エミリアは孤児として十五歳までひっそりと生き、そして突然に襲われた吸血衝動に戸惑いながら、血に刻まれた吸血鬼狩りへの恐怖に怯えここまで逃げてきたらしい。

 最初は警戒心でいっぱいだった彼女が、だんだんと俺の冗談に笑ったり、おそらく生来の性格であろう少し生意気で強気な表情を見せてくれるようになるたび、うれしかった。


 だから俺のオーラのそばでなら血を吸いたいと思わずにいられる、と微笑んでいた彼女が、種に固有の生きるために必要な血液摂取量の限界を迎えた時に、俺は嫌がるエミリアに無理やり自分の血を飲ませてどうにか延命させた。

 今思えばナイフで切って血をだらだら滴らせた指を泣いてる女の子の口に突っ込む、という酷い絵面だったけど、あれでエミリアは死なずに済んだし、調停師の血の摂取という彼女が生きるための活路も見出せたのだから、散々噛まれて泣かれて罵倒された意味はあったと思う。あれで相当嫌われたみたいだけど。


 それからは何食わぬ顔でエミリアを調停師候補として王都に連れ帰り、事務所に入れ、ただの同僚として接し続けた。

 入居手続きでは調停師不足の現状を利用していろいろちょろまかす必要があったけど、どうにかなった。

 多少実年齢より上に見える獣人の特性が役立ち、当時は十七になったばかりだったけど二十歳ということで押し通せたのも良かった。

 いろいろと幸運が続いたわけだ、それだけ危ない綱渡りだったとも言えるけれど。


 定期的にこっそりと血を吸わせる必要はあったけど、エミリアは渋々従ってくれた。毎回ものすごく嫌そうな顔をされたけども。


 エミリアは幸せだっただろうか。普通の女の子として生活して、美味しい物を食べて、たまに酒を味わって、仕事をして、本当は年下だったけど可愛い後輩や友人にも恵まれて。

 幸せだったならいいな。自分のことはどうでもいいけど、エミリアには幸せになってほしかった。


 いつか離れる日が来ることは分かっていたけど、それでも王都で過ごしたこの日々が、彼女にとって生きる糧になってくれれば良い。今思うのは、ただそれだけだ。

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