第30話 フィナーレに花束を


 広場には埋め尽くすようにたくさんの人が集まっていて、フィナーレの始まりを今か今かと心待ちにしていました。


 誰が人間で誰が獣人なのか、私には分かりません。だけどみんなが同じように目を輝かせて、同じように空を見上げている。

 それはなんだかとても素敵で尊いことに思えて、私は広場の一番端から、ずっとこの景色を眺めていたいような思いでいました。


 見回せば暗がりの中には、王都で出会ったたくさんの人の姿を見つけることが出来ました。

 牛のロッテちゃんにワッペンちゃんと飼い主さん、野球チームの子犬さんたち。

 酔いが回ったご様子で上機嫌のミーナちゃんと区役所のみなさん。

 私と同じように遠巻きに集まっている調停事務所のみなさんも見つけました。エミリア先輩がいち早く私に気づいて、大きく手を振ってくれるのが見えます。


 そこに駆け寄ろうとした直後、ふっと息を吹きかけたようにランタンの青い炎が消えて、広場は闇に包まれました。


 ざわめきの中、遥か彼方にそびえる崖の上の議事堂──

 暗闇の中で皓々と光る、炎のような瞳を持つ真っ赤な少女が、高らかに宣言しました。


「皆々、よくぞ今日は集ってくれた!この良き日を迎えられたことを妾は心より嬉しく思う! 感謝の意を伝える代わりに、これより我ら神獣種五名、一時の舞台ショーを全身全霊で演じて見せよう! 刮目せよ、そして大いに笑っておくれ!」


 直後、少女──居住区長の体は真っ赤な炎に包まれて、その後から、燃え盛る翼を広げて大きな火の鳥が姿を現しました。

 それと同時にランタンの火が再び灯り、明るくなった視界の先、空には三人の神獣さんが飛び交っているのが見えます。


 不死鳥、古代竜、そして大きな白鯨。


 ミニョルさんの完全獣化形態は初めて見ましたが、白鯨さんて飛べるんですね……。よくよく見ると薄ーい水の膜のような物を全身に纏っていて、人の姿の時と同じようにちょっと眠たげに目を瞬いているのがなんとも可愛いです。


 そして居住区中を照らすように翼を揺らす不死鳥さんが、思いきり一度地上に向けて羽ばたくと、宝石のように光る火の粉が広場に降り注いで来ました。

 その美しさに目を奪われつつ、ぶつかる、とヒヤヒヤしていると。


 上空でふおーんと大きく鳴いた白鯨さんが、その頭上から噴水のように潮を噴き出して、くるりと回りました。

 落ちる火の粉を打ち消すように降り注いだ冷たいシャワーに、広場にいたみんなはきゃあきゃあと笑い、わき上がる水蒸気で辺りが霧に包まれ視界が一周白く染まります。


「上だ!」


 誰かが叫んだ声に慌てて上空を見ると、視線の先にはいたのは古代竜のカレイドさん。

 ……ですがおそらく今度の主役は、その背に乗っている燃え盛るような鬣の持ち主、金獅子ライオンのソーマさんでした。


 人の姿の時と同じく自信たっぷりに顎を上げて胸を張り、不安定な竜の背の上でも威風堂々と佇んでらっしゃいます。

 キャー、と黄色い声が上がったのは彼のハーレムのメンバーさんでしょうか、優に10人分くらい聞こえた気がしますが………。


 戦慄している内に竜はその口を大きく開け、長い首を持ち上げると、前方に向かい火を噴きました。

 それも器用に、輪の形に一つ、二つ、三つ。

 獅子はその直後夜空に向かって勇ましく吠えると──四肢で竜の体躯を蹴り上げて駆け、その助走の勢いのまま高く跳び、なんと燃え盛る火の輪をくぐり抜けました!


 そしてそしてくぐり抜けた先に、素早く空を飛び回り込んでいた古代竜が絶妙なタイミングで待ち構え、難なく着地して喝采を浴びるのでした。す、すごい!獣形態なのにドヤ顔なのが分かるっ!女性が何人か卒倒したのも見えました!怖い!


 素晴らしいパフォーマンスの連続に広場の熱狂は最高潮に達し……私の胸の鼓動も、これ以上ないほどばくばく高鳴っていました。


 何しろまだ出番が終わっていないのです。

 おそらく大トリを務めるのは、まだ姿を見せていない最後の神獣さん──


 周囲のざわめきが色を変えて、息を飲むような張り詰めたものになったのを感じて、私は遥かな崖の上を見上げました。


 そこに静かに佇んでいたのは、黄金色の角に月の光をきらめかせ、白く柔らかな毛を夜の風に揺らしている大きな大きな獣。

 神山羊のシオンさんは、その思慮深い瞳を広場に向けると──一瞬だけ私の方を見て、少し不安げに目を細めました。


 ……大丈夫ですよ、きっと。


 そう言いたくて笑うと、シオンさんは視線を広場に戻し、長い前脚を持ち上げ──硬質な鈍色の蹄で、強く地面を打ち鳴らしました。


「…………あ、」


 春が。

 と、なぜだかその時思いました。村にいたときは当たり前のように感じていた、何かが芽吹く優しい匂い。

 シオンさんが蹴った地面から、湧き上がるように荒れ果てた崖は若草に覆われていき、蔦が岩肌を絡めて広がっていきます。


 魔法のようなその光景に目を奪われていると、やがて崖は緑に染まり。

 もう一度シオンさんが足を鳴らすと、一瞬で空に咲き誇った色とりどりの花が、風に乗って広場中に舞い散りました。


 花は人の元にも獣人さんの元にも等しく抱えきれないほどに届き、次々に笑顔を繋いでいきます。

 私の髪にも花が乗りまくって花畑みたいになっていましたが、除けるのも忘れて私はただ目を瞬いて、本当に神様みたいになってしまったシオンさんを見つめていました。


『──花火を用意したかったがちぃと難しかったのでの、代わりに火と花で祝わせて貰った! 楽しんでもらえたなら妾たちはうれしい! ……妾たちをこの街に受け入れてくれてありがとう。どうか不死鳥の命よりも永く! 人と獣人が、いつまでも仲良くいられることを願っておる!』


 区長さんの締めの挨拶を受けて、その日一番の大歓声と共に夢のような夜は終わりを迎え。

 私は色々とあったかもしれないつらいこともすっかり忘れて、ただ胸をいっぱいにして笑えたのでした。

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