第23話 打ち合わせ
さて、不死鳥さんからのラブレターとも言えるあの委任状は無事に王様の目の触れるところとなり、獣人と人間によるお祭りは国の全面的なバックアップを受けて開催できる運びとなりました。
祭りの運営面は主にお役所の方々が中心に計画を進めてくれていて、ミーナちゃんによれば獣人さんとの初めての共同作業にみなさんウキウキわくわく!デスマーチ中だそうです。今日も帰ったら肩もみでねぎらってさしあげなければ。
そして祭りの核たる催しは獣人さんの領分、こちらは神獣会議の面々が舵を取っていろいろと楽しい企画を準備中だとか。んー、あのメンバーが考える楽しいってちょっと不安という意味でのドキドキが止まりませんが、「度肝を抜くからの~」とのお話でしたので私としても楽しみです。
そして両者の交流が問題なく行われるために重要になるのが、獣の本能の抑制……つまり、我々調停師の働きです。
今日はそのあたりの動きを確認するために、獣人さん側の大使を事務所にお招きして打ち合わせをする予定でして、私はその大使さんを正門から事務所まで無事に送り届けるための護衛役をしているわけなのです。仕事中です。私情は金庫にしまって厳重にロックし、成層圏の彼方にぶん投げて真面目に職務を全うしなければいけないのです。…………。
「……ルさん、トールさん、」
「…………」
「トールさん! トールさんってば!」
「…………。え? ああ、すみません。少し考え事を。どうかしましたか?」
「してます、すごくしてます。あの、そんなに離れられると俺すぐに出ちゃうので……なんだか今日遠くないですか?」
「…………」
ぴた、と早足を止めて振り返ると、大使の方────もとい、神獣会議代表、神山羊のシオンさんは、私の斜め後方で困ったように眉を下げて頭を押さえていました。
押さえているというか、頭上からぴょこんと生えた可愛らしい白い耳と、黄金色の二本の角を一生懸命に隠しているのでした。
それで私は、自分が彼から1メートル以上離れて歩いていたことに気づき、目を瞬きます。
居住区の外で耳や尻尾を出しても罪には問われませんが、角や爪など鋭利なものは事故に繋がりますので、隠して頂けるようお達しが出ているのでした。
これは失礼をしました、すぐにオーラの範囲内に戻らなくては。
恥ずかしそうに角を隠しながら、シオンさんが一歩私に歩み寄ったので。
私は一歩離れました。
…………。
いや、何が「ので」?
「あ!やっぱりわざとだ、なんで避けるんですか!? 俺が何かしたなら言って下さい、せっかく久しぶりに会えたのに寂し……じゃなくて、俺がそのへんの紙むしゃむしゃ食べたら打ち合わせどころじゃないですし!困ります!」
「あ、いえ、あの、何かしたと言えば大いにしたような気もしますが……。いやていうか近いです、駄目、隣はまだだめ…………分かりました、1メートル範囲内は分かったのでフォーメーションは前後固定でお願いします!」
「前後固定!?」
と、いうわけでものすごーく腑に落ちない顔をしつつ、シオンさんは素直に私の後ろをとぼとぼとついてきてくれました。
「飼い犬のお散歩感……」という悲しげな呟きが聞こえましたが、振り返るわけにもいきません。こうしてお顔を見ないでいても我が心臓は早鐘のようなのです。隣を歩いたりしたら爆発するかも……
私は足を速めつつ、最近は肌身離さず持ち歩いている赤い革の手帳、その中に並んでいるはずの私とシオンさんの文字を思い、きゅっと口を引き結びます。
…………弟からの手紙に落ち込んでいた私に、シオンさんがしてくれたこと。そこに昨夜読んだ本に書かれていたような意味があるかは、謎です。
というかただ純粋に慰めようとしてくれただけだと思うのですが、いや私は何をドキドキしているのでしょう!このダメ調停師が!!いいから仕事仕事!
私は事務所への道を急ぎ、「トールさん速い速い!もはや走ってます!」という後方からの叫びもそこそこに風を切り頬を冷やすのでした。
* * *
「……ということですので、今回の祭りは居住区を開放し、人間の皆さんも自由に街を歩いて我々の暮らしに親しみを持って頂ければと思っています。ですが交流する上で懸念される獣人側の本能もいくつか予想されますので、調停師の皆さんにはその抑制役をお願いしたい。提供いただいた各員のオーラ特性、効果範囲の情報を元に持ち場と役割を分担してみましたので、今日はこの場で確認と大まかな調整まで進められれば良いかと思います。よろしくお願いします」
淀みなく述べて、シオンさんはにこりと微笑みました。
事務所には所長と、私、ユージンさん、エミリア先輩、ロキ君。そして大使たる獣人のシオンさん。調停中のフロム先輩とシャッフルさんを除いたメンバーで、お祭りに向けた打ち合わせが粛々と行われていました。
あ、そういえばグレイさんもいませんね。満月が近いわけでもないのに……面白いこと大好きなグレイさんが今日のこの場を逃すというのもちょっと不思議な気もしますが、きっと用事があるのでしょうね。
シオンさんは壁に貼られた居住区の地図を指し示し、簡潔に説明を続けました。
地図をむしゃむしゃ食べ出す、ということはありません。私が横に立ってますので。あいかわらずまともに顔は見れずに怪訝そうにされてますが……。
地図には青く記された6つの点。
それぞれ私、エミリア先輩、ユージンさん、ロキ君、フロム先輩、シャッフルさんの名前が横に書かれていて、さらにその点を中心として赤く円が描かれていました。
あれはオーラの範囲を示しているのでしょう、ロキ君が飛び抜けて大きく私は極端に小さいです。うーん……。
「各員の細かい動きについてはお渡しした資料にまとめています。無理な移動や負担になるものがあればぜひ教えていただきたいのですが、どうでしょうか」
それぞれ手元の資料(シオンさんは紙を持参できませんので郵送されてきました。難儀なものです)に目を通し、内容の隙のなさと分かりやすさに誰ともなくふむふむと頷きます。
し、シオンさん、神獣会議の時も思いましたけどまだ18歳なのに大分仕事の出来るタイプの人ですよね……ポンコツ調停師(年上)としては心苦しいものが……。
所長は何やら「紙触れないのにコレ誰に代筆頼んだの?なーんかこの字見たことある……」とぶつくさ言ってましたが、いつも通りみんな無視してました。鳥のさえずりに似ていますね。
そしてロキ君はちらり、とシオンさんを見て、それから私を見てむっと目を細めました。
んー、この前和解したとはいえ、神獣さんとのお仕事を目標としているロキ君にとって私がライバル的なポジションなのは変わらないようです。
私としては彼の効果範囲の広さが今とても羨ましいのですが……。近い、隣は近いです、説明する声がすぐ耳に届いてなんだか落ち着きません。
「いや、問題ないんじゃないかな。よく練られた計画だ、当日多少の問題があったとしてもこちらで十分対応できると思いますよ」
「そうですか。ありがとうございます。…………」
資料から顔を上げてにこりと微笑んだユージンさんに、シオンさんは微笑み返しつつ少しだけ不思議そうに目を見張りました。
そして何か聞きたげに私の方を見ましたが、反射的に私が顔をそらしたので悲しそうに視線を落としました。あ、違うんですこの首が勝手に!そんなしょんぼりされると胸が痛みます!
「んじゃ、後は事務所内で準備を進めてくってことで。ご足労だったな神獣さん、区長によろしく」
「いえ、お時間頂いてありがとうございました所長さん。区長は着拒にされたこと死ぬ程ブチ切れてましたので、ご自宅の不審火に警戒した方がいいかと……」
「そんな犯人丸わかりの不審火ある??」
真っ青になりつつ自宅の安否を確認しに立ち上がる所長に、シオンさんはアハハと可愛らしく笑い……いや笑ってる場合なんでしょうか?
でもそんな平和な表情に、つられて私も吹き出しかけた瞬間。
笑ってる場合じゃないのは自分だったのだと思い知らされる、冷たいノックの音が事務所に響き、扉の向こうから聞こえた声に私は息を止めました。
「──失礼します。こちらにお勤めのトール・ホープスキンさんに少しお話が」
私の顔から血の気が引いたのに、一番最初に気づいてくれたのはシオンさんでした。
さんざん避けていた癖に、そっと肩に手を置かれるとびっくりするほどほっとして、自分の足が小さく震えていることを遅れて自覚します。
ドアが開かれ、そこに立っていた愛らしい彼女の瞳は、隠せない怒りを浮かべて、ただ私をまっすぐに見つめていました。
そのふわふわした杏色アプリコットの長い髪に、思い出すのはあの最悪の夜のことです。
今でも思い起こせる、床に染みこんだ葡萄酒の香りと、甘えるように泣く彼女の声。
「エリーゼさん……」
「お久しぶりですね、トールさん。……変わりないようで何よりだわ」
全く何よりなんて顔じゃなく睨まれて、どうにか言おうとした、来月式を挙げる花嫁への祝福の言葉も伝えられず。
私はシンと静まった事務所の中、ただ目を見張り立ち尽くすのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます