第19話 神獣会議③


「いやぁ、遅うなって悪かったな。ではこれより神獣会議を始めよう。前回の議会はまーた気づけば雑談で終わってしまったでの、今日こそは実りある話し合いの場にしようぞ。まずは会に先立ち皆に言いたいことのあるものは挙手を」

「はいはーい」


 彫刻の施された柱が囲む、荘厳なる会議室の中央に、大きな円形のテーブルが一つ。

 それを囲む一脚に腰かけ優雅に足を組んでいた不死鳥さんは、挨拶の後にシュッと勢い良く上がった大きな手を見やると、「では、百獣の王よ。言うだけ言うてみぃ」と軽く笑いました。


 指名を受けて頷いたのは、円卓の席の一つに深々と背を預け、長い脚を不遜にも机上に上げていた男性。

 短い金髪に力のある金の瞳があまりに眩しい、太い眉と勝ち誇ったような表情が印象的な若い美丈夫でした。

 彼はくいっと顎を上げた姿勢のまま胸を張ると、よく通る大きな声で述べました。


「議長よ、この会議はいつから女をホイホイ連れ込んでも良いことになったんだ?」


 ホイホイ、とその意志の強い双眸をこちらに向けて、百獣の王と呼ばれた彼は首を傾げます。

 そしてそれと同時に円卓に座る全員がこちら────彼らとは少し間隔を開けた離れた席に並んで座る、私とシオンさんの方に向けられました。


 神獣の目が、8つ。

 その威圧感は生物としてビビりまくるに十分すぎるもので、私は息も吸えずにカチコチに固まってしまいました。


 助けを求めるように隣を見れば、シオンさんは特に何も感じていない無表情で議事録の紙面をペン先で叩いています。

 そしてさらさらと紙上に『獅子より質問。会議に女をホイホイ連れ込むことの可否について』などと流れるような筆跡で記録していました。いえ、与えられた職務に勤勉なのは良いことなのですが……。


「トールは神子……調停師じゃ。白き霊峰の神の知人ではあるが、今回は妾の友として会議に招いておる。臨時書記補佐官、兼人間側のオブザーバーとしてな。故に部外者ではないので問題ない。ちなみに今後も無関係な自分の女をホイホイ連れ込んでいちゃつくのは禁止じゃからの? 黄金の鬣持つ百獣の王よ」


 釘を刺すように睨む不死鳥さんに、質問者──金色の獣人さんは、チッと舌打ちしてシオンさんを半目で羨ましそうに見やりました。


「なぁんだ、そこのクソ真面目草食野郎にもついに番ができたのかと思って、祝杯の用意でもしてやろうかと思ったんだが……。しかし調停師か、そういう抜け穴もあったわけだ。なぁお前、シオンのお手つきじゃないってんならオレの女にならないか? オレは距離とか気にしない男だからな、何なら毎日調停依頼を入れて会いに行ったって良いぜ」


 フ、とこれ以上なく甘美な笑みを浮かべて述べられたトンデモナイお誘いに、私はようやく止まっていた呼吸を再開して大いに慌てました。


「ハ!? いやそんな……あ、でも、毎日お仕事が入れば給与も跳ね上がって、アルへの仕送りの額も一気にアップ……!?」

「……『獅子、調停師をハーレムに勧誘。調停師、まんざらでも無さそ』……だぁーーーもう記録に堪えないっ!!! いい加減にしてくださいよソーマさん、いくら種族の常識とは言っても女性に対して見境がなさ過ぎます! あなたに泣かされた草食種の女の人みんな俺のとこに抗議に来るんですからね!? いつもなぜか最終的に俺が謝ってるし!もう無理です、我慢できません!!!」


 バーン、と机を叩いて立ち上がったシオンさんを、ソーマさんと呼ばれた金色の彼はワッハッハと一笑ではね除けました。


 ……ええと、ソーマさんは獅子の獣人さん……のようです。

 確かにライオンの世界は『一夫多妻制』がまかり通る、いわゆるハーレムが築かれるのがごく普通のことだと聞きますが……まさか獣人さんにとってもそれは同様だとは。

 しかしさすがは百獣の王と言いますか、溢れ出るカリスマ性と自信が桁外れです。ていうか『肉食の人』ってそういう意味だったんでしょうか? とにかくシオンさんとは見た目も中身も正反対のお方のようでした。


「まあまあ、ソーマ君のそれは女の子に対する礼儀みたいなものだから。居住区長とミニョルにも初対面で求愛してたもんね」


 火花散る展開にのほほん、と割って入ったのは、銀色のサラサラとした髪を長く一つに編んだ、古風な民族風の衣装を着た柔和そうな男性。だけどなぜだかこの中で一番強い圧を放っているように感じるのは気のせいなのでしょうか。

 なんといいますか本能的に、捕食対象……ストレートに言うと餌の気分になります。冷や汗が止まりません。何の獣人さんでしょう??


「妾は年下は対象外ゆえお断りしたがの」

「ミニョルも~……、泳げない人はちょっと~……」


 淡々と頷く不死鳥さんの隣、机に柔らかな頬を押しつけて眠たそうに答えるのは、ミニョルさんと名乗りました──薄水色の長い髪に薄桃色の瞳という、圧倒的な透明感と涼やかさを放つ女の子。こちらはむしろ圧がマイナス、なんだか癒やされるような雰囲気がします。


 そんな神獣さんたちが待ち構えていた会議室に居座り、私は借りてきたネコ状態、いえヘビに睨まれたカエル? むしろトラの威を借るキツネ? とにかく、場違い感が限界を超えているのでした。胃が痛い。


 挨拶などという親切なパートもすっ飛ばして会議を始められてしまったので困惑していると、シオンさんは一枚のメモの切れ端をこっそり私に回してくれました。というかシオンさん、今日初めて紙に文字を書いたはずなのに速筆だし筆跡も綺麗だし、さすがは神様ですね……。あれ、そもそも、文字は誰に習ったのでしょうか。


 首を捻りつつメモに視線を落とし、私はちらりと円卓の面々を盗み見ます。




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(神獣会議メンバー)


 ①不死鳥フェニックス:フレイヤさん。居住区長かつ議長。


 ②古代竜ドラゴン:カレイドさん。副議長。


 ③黄金獅子ライオン:ソーマさん。肉食種統括。


 ④白鯨フィンバック:ミニョルさん。水生種統括。


 ⑤神山羊ゴート:シオン。草食種統括。


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 簡潔にまとめられたメモに目を輝かせて隣を見ると、シオンさんは切なげな顔をして「早く本が読みたいです」と肩を落とされました。

 ああ……なんとなく察しましたが、この5人の中で協調性があるの、シオンさんだけっぽい気がします。がんばれー……。


「ほいではトールを引き留めてる手前もあるしさっさと議題に入るかのー。黒板の方にそこな書記に昨日課した調べ物の成果も書かせておるでの、それを踏まえてちゃっちゃか進めていこうではないか」


 バシィッ、と遠慮なく炎の翼で叩かれた黒板(少し焦げました)には、シオンさんの丁寧な文字で議題が記されていました。曰く、


「……『獣人の、獣人による、人間と獣人のためのお祭りの開催について』……?」


 その下には、昨日シオンさんが読みあさっていた書物に綴られていただろう、『人間の祭り文化について』の解説が実によくまとめられていました。なるほど、このために昨日私に調停を依頼したわけですね。


「人間が我らを受け入れ、居住区を制定してくれてから長い時が過ぎた……ここらで一度、盛大にその感謝を伝え、友好を深める何かが出来ればいいなあと思うのは我々獣人の総意じゃ。で、パーッと華々しいお祭りでも開いて一緒に楽しめればいいんじゃなかろう? ってとこまでは決まっとったんじゃが、その具体的な内容についてはさっぱり進んでおらんかったからの。ではじゃんじゃん意見を出していこうぞ」

「ハイハイ!」

「ハイハイハイハイ!」

「ハイは一回でいいからの~」


 お、おお、獣人さんたちのお祭り……! それはとっても楽しそうです! 一応の人間代表としてもうれしいお話です。

 住む場所を隔てている分、両者の間にはどうしても一つ見えない線のようなものがありますからね。これを機に互いの距離が縮まるならばすばらしいことです。


 元気よく手を上げたのは獅子のソーマさんと古代竜のカレイドさん。神獣さんのご意見です、きっと獣人と人間の親好を深めるにふさわしい素敵なアイデアのはず……!


「やっぱり出店とやらは多い方が良いだろうな。オレは肉が食べたい肉が」

「我は花火花火! ドカーンと景気よく爆発させて燃える空の中を飛行するとか最高に血が騒ぐな!」


 ワッハッハッハ、と男子的な意見を述べて楽しげに笑うお二人でした。

 いやそれ単に自分の好きなことでは!!??


 ぽかんとしていると、隣の席ではシオンさんが死にそうになりながら律儀に忠実に記録を取っていました。屋台最前線みたいな本を真面目に読み込むから……。


「うむ、よきよき。祭りは景気よくパーッと祝うものじゃからの、出し惜しみせずじゃんじゃん飲んで食べて騒げるようにするのがよかろう」

「でっかいお神輿も~……つくろ~……? 基本純金で~、宝石いっぱいくっつけたやつ……」


 女性陣もなんかファンタジーなことを言い始めました。

 ていうこれ、アレですね!? 全員が祭りに参加したことないのに、ふわっとしたお祭り像で物を言うから会議として全然成立してないという……!


 それにこの話の流れで内容を決定しても、いずれ大きな問題に激突します。

 だけど口を挟む勇気は塵ほども無く、どうしようかと一人おろおろ会議が盛り上がるのを見守っていると。


「……その流れで内容を決定しても、いずれ大きな問題にぶつかります。一度目立つところではなく根幹的な部分を整理するべきかと」


 記録の手を止めて、空気を断ち切るようにキッパリと言い放ったのは、シオンさんでした。


 私はすかさず議事録とペンを奪い、書記代行を勝手に引き受けます。それを見てシオンさんはちょっとだけ驚いたように微笑んで、またすぐに真剣な顔をして正面──神獣さんたちを見据えました。


「どういう意味かの? 白き霊峰の神よ」

「予算の問題があります、議長。王都全域を対象とした獣人と人間に振る舞う飲食物を、全て我々で用意するのは困難です。あと花火は論外なので説明は省きます……」


 ……そう、そうなのです。盛大なお祭りを開くには世知辛いお話ですが、お金の問題は避けて通れません。


 小規模であれば振る舞いも不可能ではないでしょうが、街全体を対象とするとなると、かかる費用もそれ相応です。花火も華やかなものは、一発上げるだけで私のお給金が吹き飛ぶ場合もありますからね……。


「金? 資金なら、趣旨に同意してもらえればいつも通り、神獣特権で当代の王が肩代わりしてくれるだろ。その分オレ達は国に加護と祝福を存分に与えてるわけだし、別に問題ないんじゃねぇの?」

「いえ、それでは趣旨に反します。共生を願い互いの友好を祈るための祭りならば、費用の負担を人間側だけにお願いしては意味がありません。ただ我々が彼らのお金でお祭り騒ぎをしたいだけにしか見えないでしょう」

「むー……じゃあ何か、働くか? オレ細かい作業は苦手だぞ、ぷちぷち潰しちまうからな」

「しーちゃんの意見でもー……労働はパスー……。のんびりを所望ー……」

「魚ならそのへんの海で白鯨ミニョルがちょーっと大口開けてたら大量に手に入るんじゃないのー? 狩りなら獅子ソーマはお手の物だし」


 のほほんと提案したのはカレイドさんでした。さ、さすが神獣さん、材料調達の発想がぶっ飛んでますね……。


「海にも漁獲可能量が決められてるんですよ。無計画に乱獲なんかして人間側と余計な軋轢を生みたくありません。狩りも同様です。俺たちが本気を出したら生態系なんて簡単に崩壊するんですから。タダで調達しようなんて甘い考えは捨てるべきですよ」


 きっぱり述べたシオンさんに、竜さんも獅子さんも鯨さんもしゅーんと肩を落としてしまいました。

 でも私にはそれ以上にシオンさんの方が、皆さんをがっかりさせたことに落ち込んでいるように見えました。優しい人って大変ですね……。


「ほぉ、言うではないか霊峰の神よ。ではそなたの意見はどうなのじゃ? 大きな口を叩く前にそれ相応のカードを提示してほしいものよのう」


 ゆらりと瞳の炎を揺らして言った不死鳥さんの言葉には挑発だけでなく、どこかシオンさんに対する期待も含まれているように思えました。

 だけどシオンさんは困ったように眉を下げ、「……いえ、別に」と言葉を飲み込んでしまいます。


 私には、分かる気がしました。シオンさんの頭の中にある考えも、それを言いづらい気持ちも。

 だったらこれは、私が言うべきでしょう。人間側のオブザーバーらしい私が。


「協力するんじゃダメなんですか? 人間と」


 置き物だった私が突然声を発したので、みなさん出所を探してきょろきょろされました。あ、すみません影が薄くて……。

 場違い感にドキドキしつつ、私はきゅっと手を握って息を吸い込み、声が震えないように言います。


「私、東区に住んでいるんですけど、王都の人たちはみんな獣人さんが大好きなんです。だから一緒に何かをできるって知ったら、きっと嬉しいと思います。それに人間の視点から見るとお祭りって言うのは祭事である以上に利益的にも大きな意味があって、祭りに乗じて人が集まればお店は需要が増えて助かりますし、それこそ出店なんか募集したらかなりの収益と宣伝になりますので、喜んで手を上げてくれる人も多いのではないかと」


 エミリア先輩にあちこち連れて行ってもらってますが、王都には美味しい飲食店がたくさんあります。協力を仰ぐに困ることはないはずです。

 もちろんそれだけではただの人間主催の普通のお祭りですから、展開するとすれば……


「お祭り経営のノウハウは、長い歴史の中で人間側に十分にありますからそこはお任せ頂いて、例えば獣人さんには、獣人さんならではの催しをお願いするというのはどうでしょう? もちろん美しい獣姿を間近で見せて頂くだけでも素敵ですが、鳥の獣人さんにお手伝いいただいて空を飛ぶ体験をするだとか、歌の得意な獣人さんに合唱を披露していただくとか……特技を存分に生かしていただける場を用意すれば、互いの交流という意味でも良いのではないかと思うのです」


 まあ後半のはただ、私がやってみたいなあということを述べただけですが……。

 でもきっと、お互いに楽しくて、お互いをもっと好きになるには、やっぱりお互いの得意なことをがんばるのが一番かなと思うのです。

 それに一方的に楽しませてもらうよりも、一緒に力を合わせて何かを成し遂げた時にこそ、得がたい達成感と仲間意識が生まれるのではないでしょうか。


 言い切ってふう、と息を吐いてから、私はハッとしました。

 し、しまった、出過ぎた真似を……! お祭りの基本方針なんて大事なことを、神獣でもない私が口出しして提案するなんておこがましかったでしょうか!

 シンとしてしまった会議室の中で青くなっていると、


「クク……カーッカッカッカッカ!」


 鳥っぽい高笑いが室内に響き、驚いて見やれば不死鳥さんが大笑いしていました。

 彼女はクククと笑いを噛み殺すと、青い瞳で私を真っ直ぐに見つめ言いました。


「妾は己が神獣たる所以をこれほど実感したことはない……何という神がかった幸運よ、面白そうと思うて招いた娘が、よもやここまで面白いことを言うとはのう! いや儲けものじゃった、礼を言うぞ白き霊峰の神」


 笑う不死鳥さんに続き、他の神獣のお三方もワーと楽しげにパチパチ拍手していました。ソーマさんに至っては「おもしれー女」と褒めてるのかどうかよく分からないことを仰ってました。

 困惑していると、「過半数の承認を得たので決定ですよ、一応」と、シオンさんも拍手をしながら嬉しそうに笑ってくれました。


「では調停師トールよ、そなたを大使に任命しよう。此度の祭りにおける、獣人と人間の仲介役になってみせよ。これは大役ぞ、心して励むが良い」

「はい……ハイ!?」


 なんかとんでもないことをさらりと言い放たれ、絶句しているうちに更に不死鳥さんは続けます。


「それから……白き霊峰の神。今後人間との協議が必要な場合は、そなたが獣人側の代表として顔を出すように。普段まともに役に立っていない分の又とない穴埋めの機会よ、良き功績を期待しておる」

「はい。ではしばらく忙しくなりそうですので、書記のお役目は免除ということで」


 びし、と指差され、シオンさんは気負うこともなく頷いて見せました。

 いやいや、なぜそんな大きな話に……!?


 呆然としてる隙に「ではこの委任状を託すでの、向こうによろしく言うといておくれ」と封筒を押しつけられて神獣×4名に親指立てて退路を塞がれました。メンバー的に陸も海も空も制圧されてますので逃げるすべはなさそうですね……。


 はは……と笑顔を引きつらせながら隣の方を見上げると、シオンさんは私とは正反対に、とっても良い笑顔でうきうきされていました。


「一緒に頑張りましょうねトールさん、きっと上手くいきますよ! 大丈夫!」


 さっき毅然と意見を述べていた人と同じにはとても思えない、その柔らかな声に。

 私もついつい釣られて表情をゆるめ、「はい、がんばります……」などと、自ら言質を取られに行くのでした。

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