第18話 神獣会議②

 目的の議事堂への道は、早朝ということを差し引いてもとっても静かでした。


 首を捻っていると、すかさず「この辺りは夜行性の獣人が集まるエリアなんですよ」とシオンさんが教えてくれました。なるほど、いろいろな獣人さんが仲良く一緒に暮らすためには、互いの生態を尊重しあう細やかな配慮が必要なのでしょうね。

 その辺りを整備したのも区長たる彼女ならば、やはり不死鳥さんは尊敬に値する神獣さんなのでしょう。言動には今のところそのしっぽも見えませんが……。


 たまーにのんびりお散歩中らしき、可愛らしいネコ耳・犬耳を生やした獣人さんや、小さな鳥の羽を背に生やして飛ぶ獣人さんとすれ違いましたが、皆一様に不死鳥さんとシオンさんを見るとぴっと背筋を伸ばして、にこやかに朝の挨拶をされていました。そして私を見るとなんじゃこの雑魚は……?と言いたげに眉をひそめていました。すみません、元村人が場違いな隊列を組んでおりまして……。

 神獣さんが居住区の代表者、VIP的な存在と言うのは本当のことのようです。ますますこれから参加するらしい神獣会議とやらへの不安が大きくなるのですが。


 唯一頼りにできるシオンさんは、「あの人が変な気起こしたら獣化してでも止めなきゃいけないので……」と決意のにじむ表情で宣言され、不死鳥さんを睨みつつ、私のオーラに触れないよう2メートルほど先をずんずんと進んでいます。

 ……いつもは手の届く距離で一緒に過ごしているから、ちょっとだけ寂しいと思ってしまうのは、身勝手な話でしょう。


 さてそんな風にとぼとぼと、しばらくお二人の後について歩いた先。

 居住区の中枢に位置する広大な広場に辿り着いた時、不死鳥さんは赤い翼の羽ばたきを止め、空中で軽く伸びをしながら言いました。


「さ、着いたぞ」

「……いやー…」


 石畳の敷き詰められた広場には、建物は何もありませんでした。

 代わりに、巨大な岩肌がありました。


 …………正確には、崖を削り取ったかのような、山のような円柱型の岩、が天までそびえ立っていました。


 高さはどれほどでしょう、見上げるとただ太陽がまぶしく、確かに天辺にうっすらと建物らしきものが乗っかっている……ように見えなくもありません。あれが噂の議事堂でしょうか、標高の設定を大幅にミスっているように思えてなりません。


「これは着いたとは言わないのでは?」

「ほぼほぼ現地ではないか。ちぃと高さが違うが飛べば一瞬であろう」

「人間には翼とかないんですよぉ!!」


 梯子とか階段とか一応探してみましたけど見当たらなし!なんですかこの立地!人間お断りにも程があるのでは!?


「あー、そうなんじゃったっけ? まあそこな山育ちに運んでもらえば問題なかろう。ではな、白き霊峰の神よ、くれぐれも落っことすでないぞ」

「む……言われなくても分かってますよ!当たり前でしょう」

「えーと……?」


 言うが早いか、バサバサと炎の羽を揺らして、あっという間に崖の上へ見えなくなってしまった不死鳥さんをぽかんと見送った後。

 ちら、と隣を見やると、しかしシオンさんは焦った風もなく、実に涼しい顔をしていました。どういうことでしょう??


「シオンさん、神山羊さんて空を飛べるんですか??」

「あはは、まさか。でもこの程度のぐらい、翼がなくても余裕です。よっと」

「 は 」


 一瞬で高くなった視界に、ぱちくりと目を瞬いて。

 なぜか宙に浮いている自分のつま先を見て、膝裏と背中に優しく回された大きな手を見て、それから、触れそうなぐらい近くにあるシオンさんの顔を見上げて。

 自分が横抱きにされていることを知覚すると、私は目を回しました。


「は……!? え、あの、えっと!?」

「俺も絶対離しませんけど……あんまり暴れないでしっかり掴まっててくださいね。それじゃ行きましょうか」

「え、行くってどうやって、……わあっ!?」


 シオンさんは軽くつま先でトントン、と地面を蹴ると、ぐっと膝を折り、そして飛びました。

 いえ、ました。3メートルほど。


 そして岩の出っ張りに片足を乗せると、その勢いのまま実に器用にひょいっと傾斜の急な岩肌を軽々と登っていくのです。


 …………た、確かに、山羊って険しい崖登りも木登りも大の得意な、高いところ大大大好きの『登りの名人』だとは言いますが……!


 狼男さんの嗅覚しかり、オーラの影響を受けない、獣人さん特有の生まれ持った高い身体能力については、知識として理解してはいましたが。

 こうして目の当たり……いやむしろ体感すると、さすがに感服せざるを得ません。

 ていうか怖い怖い怖い!既に数十メートルほどの高みに達してる気がします!


 ぎゅっと目を閉じると、彼は小さな強張こわばりにもすぐに気づいて、私の体に回す腕にきゅっと力を込めてくれました。

 そうしている間にも足は岩肌を蹴り、そうしてついに、軽い音を立てて平地へと辿り着いたのでした。


「トールさん、トールさん。着きましたよ」


 眠りから起こすように穏やかな声に、私はようやく目を開けて、彼が背にした青空の清々しさに苦笑します。ぜ、絶対に下は見れませんね……。


「あ、はい、わあ……。はは、すごすぎてびっくりしちゃいました……シオンさん、さすが山羊さんですね。お見それしました」

「いえ、これくらい何でも……あの、トールさん」

「はい? 何でしょう」

「……いや、何でしょうじゃなくて……その、」


 少し困ったように、言いにくそうにするシオンさんに首を傾げていると。


「……俺は、別に。このままでもいいですけど……もう着いたので、離れて大丈夫ですよ?」


 そう、恥ずかしそうに視線をそらしながら言われて、あれそういえばなぜ私はシオンさんの肩に顎を乗せてなんているのでしょう、と訝しがった直後。私は気づきました。人間にも本能はあると。


 落下の危険がある高所に身を置いた時、人間はしがみつくのです、近くにある頼れるものに。

 つまり私は両腕をシオンさんの首の後ろにきゅっと回し、隙間がないほどぴったりと体をくっつけて、抱きついていたのでした。生存本能のバカーーーーー!!!


「わ、わあああ!? す、すみませんすみません、死にたくなくてついー!!」

「わ、ちょっと、いきなり手離したらダメですよっ、トールさん海老になってます!!」


 海老反りのことでしたがもう本当に海老でも蟹でもなんでもいいから海に潜って身を隠したいですね!!!

 混乱極まって暴れる私の背を手で支えながら、シオンさんもわたわたと慌て、ようやく私が不時着した頃には二人ともぜえはあと息切れしていました。無駄な体力を使ってしまった……。


「うう……本当にすみません、運んでいただいた上に、はしたない真似を……」

「あ、いえ、俺としてはむしろラッキ……じゃなくて、女性の運び方に対して工夫が足りなかったですね。頭の上に持ち上げれば良かったんですね?」

「荷物感がぐっと上がりますね??」

「でも人間さんて、急に崖に登りたくなった時すごく困りますよね……そういう時はどうしてるんですか?」

「そんな時は一生に一度あるか無いかなので大丈夫かと……」


 戦慄しつつ、ふうとようやく息を吐いて私は目の前……巨大な大理石と思しき柱に取り囲まれた、まるで神殿の如き巨大な建造物。おそらく議事堂というやつを見つめて目を細めました。


「ま、また豪奢な佇まいで……不死鳥さんは既にこの中でしょうか。ところでお二人の他の神獣さんはどのような方々なんですか? 同種は存在しないとは聞いていましたが」


 残る三人の神獣さんは、会議室でお菓子食べておしゃべりしてる、とシオンさんが言っていたので、まあ不死鳥さんに負けず劣らず自由な方々と見受けられますが……

 シオンさんはそこでふっと明らかに表情を曇らせ、おそらくその神獣さんたちのことを思い浮かべながら、ものすごーく嫌そうにぽつぽつと呟きました。


「……一人は鳥じゃないけど翼のある人。一人は泳ぐ人。一人は肉食の人です」


 シンプルに回答すると、「でも、全員変な人です」と力強く総評しました。

 ええー……。


 礼儀正しいシオンさんがここまではっきり言い切るとなると、俄然不安はうなぎ登りですが、まあ私は横に座ってるだけでいいとのことでしたし。今回はあくまで書記の補佐、シオンさんのサポート係に全力を尽くしましょう。


 そう思い、シオンさんがんばって、と小さく拳を握って激励すると。彼は少し頬を染め、弱々しく微笑んで頷きました。

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