Ⅱ.獣人さんはお祭りがしたい
第10話 弟からの手紙①
彼の前に高く積まれた本の山は、いつもなら雑多なジャンルの集合体なのですが、その日はなぜだか妙に統一感のあるタイトルが並べられていました。
『祭りの歴史1』、『世界・謎祭り全集』、『屋台最前線』……
まじめ度に差があるように思えますがお祭り一色なそれに、私は目を瞬きます。
と言ってもここは図書館、今は調停師としての仕事中。
決して声をかけて読書の妨げになるようなことがあってはいけません……ああでも気になる、帰りの馬車まで待てるでしょうか……?
なんて眉根を寄せていたら気付かれていたのか、シオンさんは読書に集中していた視線を上げて私を見ると、にこりと微笑んで優しく首を傾げました。
その大人びた柔らかい表情に私は少し胸を高鳴らせて、大いに落ち込みます。
……この前、見た目は年上だけど中身は年下、ということが分かったので、少しは大人っぽく見せようとあれこれがんばっていたところなのですが……。うーん……。
「? どうしたんですかトールさん」
「……ああいえ……えっと、どうして今日はお祭り縛りなんですか?」
「今日は仕事のための読書なんです。人間のお祭り文化について調べるのが宿題で」
「仕事?」
『居住区』内での獣人さんの生活は、基本的に無償で保証されています。
しかし居住区を出て食事や娯楽、買い物などを楽しんだり、それこそ調停を依頼したりする場合にかかる費用は、個人で負担してもらうことになっています。
大抵の方は力仕事や高所での作業に力を貸してくれたり、王立学院で行われている獣人研究に協力してあげたりしてお金を稼いでいるそうですが。
確か、所長さんに伺った話では、神獣級に値する4名……シオンさんも加わっての5名に関しては、居住区外でかかったお金についても支払いが免除されているはずです。
神獣さんは神様に等しい存在で、かつてこの王都を危機から救った経緯もあり、いるだけで繁栄をもたらしてくれるありがたい存在だからだそうです。
シオンさんを見ているとそんな偉そうな感じは正直あまりしないですけど……。
「仕事というか、役職というか……。『居住区』の中では同種の獣人同士でコミュニティを作って協力しあってることが多いんですけど、神獣級はそもそも数が少ないので、神獣同士で組織を作ってるみたいで。それが実質居住区の代表というか、いろいろ決めたり運営したりする役割があるらしくて……。俺も一応神獣級ではあるのでその会議に強制参加させられてるんですけど、なんか変な人ばっかりだし、そのせいで最近なかなか図書館にもいけないし、その……」
言いにくそうに視線をそらし、シオンさんは唇をきゅっと引き結びます。
困った顔も綺麗だなあとまじまじ見つめながら、なんとなくその言い淀む感情の名前を察し、私は首を傾げて言いました。
「めんどくさい?」
「はい。めんどくさいです」
生まれて初めて言ったんじゃないかという拙さで肯定すると、シオンさんは不機嫌そうにまたうつむきました。
……まじめな人がふまじめな面をこっそり見せてくれるのって、なんかいいな……。
不謹慎なことを思いつつ私はにやにやしそうになるのを必死に抑えていました。ひ、人が苦労してるのにうれしいとか思っちゃ駄目です……!
口元を押さえてにやけを御そうとする私を怪訝に見下ろしつつ、シオンさんはため息を吐きました。
「……俺のせいで『議事録に紙が使えなくなった』ってどやされてて、少しは役に立てーって言われてしまって……」
「ああ、シオンさん食べちゃいますもんね……調達が大変そうですけど羊皮紙とかじゃダメなんですか?」
「あれは親戚の皮みたいなものなんで!!」
「し、失礼しました!?」
かつてない形相で怒鳴られました。げ、逆鱗に触れてしまった!?
羊と山羊の関係についてメーメーと脳内で考え込む羽目になりました。
まだまだ私も獣人さんに対する見識が浅いですね、もっと勉強しないと……。
「それにしても人間のお祭りって多種多様でおもしろいですね。俺は祀まつられたことはあるけど祭りに参加したことはないので興味深いです」
「祀られたことの方が興味深いんですけど……」
「おもしろかったですよ、山の上から見てたんですけど、獣化姿の巨大なぬいぐるみを作られて夜通しわっしょいわっしょいと運ばれた後景気よく燃やされてました」
「笑いながら言うことです??」
本の隅に載せられた神輿かつぎの図を指差しながらあっけらかんと述べ、シオンさんは「ところで」と目を輝かせます。
「トールさんの故郷にはどんな祭りが? 俺知りたいです。教えてくれませんか」
「ああいえ、私の村は本当にこじんまりとしていたのでそんな賑やかなものは何も。ただ、年によって降雨量に差がある地域でしたので、雨乞いのためのお祭りみたいなものはありましたね」
そこで打ち切ろうと思いましたが、
「雨は空からの恵みですからね。霊峰でもそうでした」
なんて、いつの間にか本を閉じてうんうんと真剣に聞いてくれていたので、私は照れくささにはにかみながら続けます。
「村には小さな子はあまりいないので、その年に村にいる子供を神様に見立てるんです。簡単な衣装を着せられて、ジョウロに入れた水を雨になぞらえて、村中を走って水をかけて回ります。そうすると不思議とその日の夜にざあっと一雨降ったりして……まあ、私の時は3人しかいなかったので、村を一回りするだけでくたくたでしたが」
3人というのはつまり、私、アルフレッド、それと、2つ年上のブラッドのことでしたが。
確かあの時はアルフレッドはまだ3つになったばかりであっという間に音を上げて、「おねーちゃんだっこ……」と泣きじゃくるので私も困ってしまって……。
そうしたらブラッドがアルフレッドをおぶってくれて、そのままどうにか祭事をやりきったんでしたっけ。
「あっ!ちがう!!おねーちゃんがいい!!ひとちがい!!」とか蹴られまくってたのでブラッドはだいぶ可哀想でしたけど……ああ、そんな頃もありましたね……月日は流れ、人も変わるというお話ですが。
私を非難の目で見つめるブラッド、ワインボトルが割れる音と葡萄の匂い、アルフレッドの怒声。
まだそれほど日が経っていない最悪の夜をまざまざと思い出して、私は軽く死にたくなりました。いやー見事な修羅場だったなー……。
虚ろな目でふとシオンさんを見ると、お通夜モードな私に反して彼は大きな瞳をキラキラと輝かせて私を見つめていました。
思わず目がチカチカして瞬きしてしまいます。
「な、なんですか? まぶしい……」
「いや、トールさんにも神様だった頃があったんだなって思うとうれしくて……親近感が沸きますっ」
「祀られて燃やされた人と一緒にされると何とも言えないんですけど……」
おののきつつ、たったそれだけのことでほんのちょっと心が軽くなったのが分かって、私は何だか可笑しくて笑いました。
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