第4話 王都獣人調停事務所

 親愛なる弟、アルフレッド・ホープスキン様へ


 お元気ですか? 姉さんはそこそこ元気です。

 都に出て一週間、人の多さと物価の高さに憤死寸前でしたがどうにか慣れつつあり、難航していた仕事探しの方もようやく落ち着きました。

 面接はとてもスムーズに進んだんですよ。何しろ10秒で終わりましたから。




「名前は?」

「トール・ホープスキン」

「面接を希望した決め手は」

「御社のお給金に魅力を感じたからです」

「業務時間内に負傷、または死亡等の不測の事態に陥った場合どうする?」

「保険金がガッツリおりるなら文句は言いません」

「よし、採用。よろしくな新入り」


 こうして私は無事に『王都獣人調停事務所』の職員になりました。

 無事とはどんな意味だったかはさておき。




 * * *



 さてこの世の上にはほんの少しの不思議が、まるで真っ白なお砂糖のようにふりかけられているもので、『獣人』もまたその一つです。


 獣人さんのほとんどは争いを好まぬ穏やかな性格をしており、多くは人の足の届かぬ自然の奥地で暮らしているのだとか。故に今でも、王都以外の地では一般的には伝説上の生き物と等しい認識なのです。


 しかし少数ではあるものの我々の作り出した文化や営みに関心を示し、交流を望み歩み寄ってくれる獣人さんもいらっしゃいます。


 おとぎ話のような昔々、まだ大陸が戦禍と混沌に覆われていた時代。

 敵国に攻め込まれ滅びかけたこの王都を身を挺して守り救ったのは、たった一人の獣人さんだったそうです。『彼女』は王都に危機が迫るたびその力を惜しみなく捧げ、人の友として寄り添い続けました。

 以来、国を治める王政は獣人の恩に報いるため、彼らを歓迎し、積極的に交流を進めています。

 獣人の祝福を得た国には長い平穏と幸福が降り注ぐ。そんな言い伝えもあるらしく、獣人さんを大切にすることは王都の皆さんにとってごくごく自然なことなのだとか。


 ですが人間とは欲深いもの。

 稀有なる能力と幻想的な美しき毛や羽、角を有する彼らを狙わぬものがいないとは、決して言い切れないのが歯がゆい現状です。


 よって政府は彼らを受け入れるにあたり、獣人のみが住まう楽園……『居住区』を制定し、厳重に警備しました。

 内部に人間社会の物資を送る代わりに、災害緊急時には協力を仰ぐなどして、ゆるやかなギブアンドテイクの関係を築いているのだそうです。


 ただ、居住区に住んでいる獣人さんは我々人間の文化にとーっても興味津々なタイプの皆さま。

「できれば街に出て人間の生活を直接楽しみたい!」という希望が出るのは致し方ないもの。

 しかし獣人さんの真の姿・真の力は、人間社会の中では目立ちまくるものだらけなのがネックでした。


 人化したとしても耳やしっぽ、角などの特徴的な部位は長時間隠しきれない方がほとんど。感情の起伏や体への衝撃など、ちょっとした拍子に正体を晒してしまうこともしばしばです。

 また彼らの本能は時に人間との間に軋轢を生むものも少なくありません。

 特区が制定された直後は、ハリネズミの獣人さんが行列に並んでいる最中にクシャミと共に背中の針を表出、あわや串刺し事件なんてこともあったそうで……。


 特に牛の獣人さんの『赤い布』、狼の獣人さんであれば『夜の満月』のように、種族によって固有の特定の刺激を刺激されると、ほぼ強制的に強い本能が剥き出しになってしまうこともあります。

 大抵の獣人さんは本能の鍵に触れないように慎重に予防策を講じてくれていますが、人化に慣れていない方や、特に獣の血が濃い種族……幻獣級や神獣級と呼ばれる、力の強い獣人さん達は、本能を抑える抑制力が不安定なのだとか。

 獣人さんが安心して街をお散歩するには、色々と心配事も多いそうなのです。


「そこで獣人が安全に人の世界を歩くための橋渡し役……『調停師』を雇用・派遣する機関として王都に設立されたのがこの『王都獣人調停事務所』ってわけだ。分かったかホープスキン?」


「はあ。それで、なぜ私がその調停師とやらに?」

「お前本当に給与の欄しか見ずに頷いてたのか……田舎から出稼ぎに来たとはいえ、前途ある若者がそんなんで大丈夫か?」

「はい、母は幼い頃に他界、男手一つで育ててくれた父も先月病に倒れ婚約者的な人は私の留守中に堂々と浮気、故郷に残した優秀な弟の生活費と学費を稼ぐために家財一式売りさばいて身一つで出てきたので、全然大丈夫です」

「全然大丈夫じゃないよ! なんかごめんね気軽に勧誘して!」


 狭い事務所の最奥、年季の入ったデスクで頭を抱えるちょっと悪そうな男性は、所長さん。

 彼自身は調停師ではないそうですが、いわゆる私の雇用主、ボスです。


 そしてその隣でニコニコ微笑む獣人さんは、所長秘書のようなことをしているらしい『狼男』のグレイさん。

 獣の姿はだいぶポメってらっしゃいましたが、眼差しは優しげでもよく見ればその金色の目は切れ長で鋭く、笑うと覗く犬歯はなるほど狼のそれらしいものでした。人の姿の方が狼っぽいというのもどうかと思いますが。


 面接を終えて即採用、私はそんなお二人の元で新人研修と称し、分厚い『獣人マニュアル』を音読させられ「そもそも獣人やら調停師やらとはなんぞや」、というお勉強をさせられていたのでした。(順番がおかしい気もしますが)


「調停師になるには素養が必要だ。その職務は獣人が人の世を平和に楽しめるよう手助けすること……彼らの本能を抑制し、獣の血を抑えつける。そういう力を持つ、いわゆる『オーラ』を生まれながらに持ってる人間がたまーーにいる。ホープスキン、お前もそうだ」


 いきなりのファンタジーな解説に思わず眉をひそめましたが、そのオーラなるものの存在については、二度も体感してしまっているのでさすがに納得せざるを得ません。

 牛のロッテさんは私と衝突する寸前に人の姿に戻り、狼男のグレイさんも私と接触する直前で人化されました。それはつまり、


「オーラの作用範囲に入れば獣人は強制的に獣化を解かれ人の姿に戻る。お前に近づいたから獣の力は抑制された。それで即スカウトしたってわけだ。『オーラ持ち』は滅多にお目にかかれない稀有な存在だからな」


 にやっと悪そうに笑う所長さんに目を瞬き、私はぼんやりと手のひらを見つめます。

 自分にそんな素質があったとは……これが野生動物に作用する能力であれば、地元の野山で狩り無双ができたのにと悔やまれますね。


「人化に不安のある獣人達が居住区からの外出を希望した際、付き添いで出歩くことでその力を抑制し、良からぬことを考えてる連中からその身を守り、かつ獣人と人間の間のトラブルを防ぐ。それが調停師の仕事だ。

 まあ仮に失敗して獣人の力が解放された場合、一番そばにいる調停師の身の安全はなんとも言い難いものではあるんだが……彼らは基本友好的で温厚だから滅多なことでは危険な目には遇わないし、万が一の可能性も考慮してその分給与は破格。弟の生活費と学費ぐらい楽に稼げるし、何なら王都の暮らしを存分に満喫してもお釣りが来るだろうさ」


 所長さんは分厚い書類の束を私に差し出し、「ようこそ」と言うように人の良い笑顔を浮かべて言いました。


「そういうわけだから、喜べ。今日からお前は名誉ある獣人のお散歩係だ」


 ラクニカセゲルという魔法の言葉に微笑み返しながら私は頷き、何気なくその書類群に目を通しました。

 全て勤務中の不慮の事故に関する誓約書でした。

 頻出する『トウシャハセキニンヲオイマセン』がゲシュタルト崩壊!


「あ、ちなみに求人票の給与欄は平均。うちの給料、歩合制だから」


 にっこり笑われた上に、狼男の人にばっちり背後を取られながら一枚一枚にサインを要求されました。腱鞘炎になるかと思った。



 アルフレッド、都会は怖いところでしたが、姉さんは一生懸命がんばります。就活する時はちゃんと求人票読んでね。

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