第3話 調停師と、適性試験
「牛の獣人さんと会うのは初めてだな、最近この街も種族が増えて賑やかになったねぇ。それで、獣化の『鍵』は赤色の布がはためくのを見たこと……と」
「本当にごめんなさい……。普段は本能を刺激しないように必ずメガネをしてるんですけど、そちらのわんちゃんと接触した拍子にうっかり外れてしまって……」
「いやいや、うちの犬もいきなりタックルなんてするからこんなことに……ほらワッペン、ごめんなさいだぞ」
「キャワンキャワン……」
さて、いきなりの一人闘牛士体験の後。
駆け付けた衛兵さんに連れられて、獣人さん(牛)の女の子、子犬のワッペンちゃん、遅れて追い付いたその飼い主のお兄さん、そしてたまたま居合わせた私……は、一室に集められて簡単な事情聴取を受けていました。なんだか私の場違い感すごいですが!
獣人さんの女の子──ロッテさんと名乗りました──は、飼い主のお兄さんが手渡した色つきレンズの眼鏡を装着すると、申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げました。
証言の通り、ワッペンちゃんが赤いマントを外してしまうと、もう彼女の姿はあの雄々しい牛さんに戻るようなことはありませんでした。
獣人さんは人と獣の2つの姿を持ち、人化・獣化はある程度自分でコントロールできるご様子。
ただ、種族により固有の獣由来の『本能』が刺激されてしまうと、どうしようもなく血が騒いで先ほどのように勝手に獣化したり、その生態に基づく行動を取ってしまう……ということのようでした。
たしか普通の牛は色を識別できなかったはずなので、これは獣人さん特有の性質なのでしょう。
「あの、私、こんなトラブルを起こしてしまって……『居住区』を出て行かなければいけないんでしょうか?」
「いやあ、ここの住民はそういうのも了承済みで生活してるからね。幸い被害はなかったし……我々が獣人さんにもらってる恩恵を考えれば今回は追放案件にはならないと思うよ。まあ、規定に従って人化が安定するまでは『居住区』からの外出は控えてもらうけどね」
にこやかに笑う衛兵さんに、ロッテさんはほっとしたように頭を下げました。
獣人さんの恩恵、というのはよく分かりませんが、共生を推進しているだけあってこの街の人たちは獣人さんにはすっかり慣れっこの様子で、とっても友好的に見えます。
んー、家に帰ったらちゃんとマニュアルを読んでおかないと……
「うう……本当にすみません、人間さんと仲良くなりたくてここに来たのにとんだご迷惑を……。ああでも、次こそは食べてみたいです、王都名物の焼きたてアップルパイ!」
「ああ、あれが目当てで『居住区』から外出する獣人さんも多いよね。良ければこの後店まで案内しようか? タックルしちゃったお詫びがしたいし」
「ワフー」
「え、え、いいんですか! わあうれしいっ、ありがとうございます!」
飼い主のお兄さんの提案にロッテさんは文字通り飛び上がって喜び、その拍子にッターン、と何かが座面を叩きました。細長い牛のしっぽ。
わお、気持ちが昂ぶると隠してる獣の姿が文字通りしっぽを出してしまうご様子です。またまた闘牛ごっこが始まらないか私はちょっぴりハラハラしてしまいますが。
「市民だよりに赤い布を無闇にヒラヒラさせるのは控えましょうって載せといてもらわないとだなあ。役所の広報担当に連絡しておくよ。それから、今後しばらくは念のため外出は調停師に同行してもらう方が良いかもね」
あ、またそれです、調停師。
職名でしょうか? 村の周辺では耳にしたことのないものですけど、何のお仕事なのでしょう。
しゅんとしていた顔にとびきりの笑顔を乗せて、そこでロッテさんはなぜか、くるっと私に向き直ると元気よく言いました。
「お姉さん、そういうことですので今度は正式にお仕事お願いするかもしれません。その時はよろしくお願いしますねっ!」
お仕事?
「あの、私無職なんですけど……」
「え゛っ」
「えっ」
「キャワン……」
私の無職で場が一気に哀れみの沈黙に包まれました。つらい。
あまりにもびっくりされてるので切なく思っていると、衛兵さんも目を丸くして頭を掻いていました。
「ありゃー、なんだお嬢さん、てっきり非番の調停師かと……こりゃ大変だ、さっさと報告しないとこっちがどやされる」
そうして彼はロッテさん達に帰って良い旨を伝えると、どこかへ電話すると言って一度席を立たれました。私に待機を命じてから。
???
なんでしょう……ただの目撃者Aにこれ以上何のご用が?
というかそういえば私就職活動の途中なのでした、うーん、弟のことを思えばあんまりのんびりもできない身なのですけど……。
しかし戻ってきた衛兵さんに重ねてこの場での待機を指示されたので、さすがに私も困り果てて眉をひそめてしまいます。
「あの、どうして私はまだここに……?」
「うちの管轄じゃないんだけどね、見つけたら逃がさないように個人的に頼まれてるんだ。調停師の素質がある人は本当に少ないからね」
調停師の素質?
それがどうやら私のことを指しているらしいと理解した直後、バターーンと遠慮なくドアが開け放たれ、ぎょっとして見開いた視界に一人の人影が飛び込んできます。
突然の来訪者は、無造作に跳ねた寝起きのような髪が印象的な、30代前半ぐらいの男性でした。
着崩したスーツにやけに尖った目つきがなんとも威圧感バリバリなのですが、その上頬に鋭い爪で引っかかれたような傷痕があるもので、余計に警戒心を煽りまくります。
だけど不思議なことに、それらを全て中和するような愛らしい毛玉を腕に抱えていました。いわゆる世に言う小型わんちゃんです。なんというか世界観の違う取り合わせでした。
今日はよく可愛い犬に出会う日ですね、あれは都会でよく飼われているというポメラニアンというやつでしょうか?
先ほどのワッペンちゃんよりさらにふわふわもここで、もはや漆黒のわたあめというべき存在でした。かわいー。
ぽかんとしている私をちらりと睨み、スーツの男性は衛兵さんに短く問います。
「これが?」
「おそらく。それじゃ、あまり長居しないでくださいよ」
これって。
更にぽかんとしている内に衛兵さんはさっさと部屋を出て行ってしまって、室内には私と謎の目つき悪い人の二人きりになりました。こわい。
じーっと見つめられていたたまれず、犬に視線を逃がします。はーかわいい。
「じゃなくて。ええと、あの……」
「悪いが少し確認させてもらう。やってくれ、グレイ」
「ガウー」
グレイ、と呼ばれた黒いわんちゃんはひょいっと男性の腕から飛び降りると、短い足でてちてちと私の方に歩み寄ります。かっわ……。
思わずきゅんとしてしまいまして、距離のこり1メートルという辺りで両腕を広げてそわそわしていると。
直後、一瞬の光の後に犬の姿は消え、代わりに見知らぬ背の高い男性が目の前に立っていました。
!? !? !?
「ギャー!?」
「あ、大当たりですよ所長。彼女間違いなく適正有りです」
「そうか。悪いないつも」
「誰ー!?ワンチャンドコ!?」
「やだなあ、ここですよここ。貴女がこうしたんでしょう? 狼男を見るのは初めてですか?」
「おおかみ……え? 狼? ポメラニアンでは?」
突然のわんちゃん消滅より衝撃の事実に戦慄しました。
うそ、狼ってもっとシュッとしてワイルドな感じだと……野生が死にすぎでは……?
しかし確かに目の前に現れた男性の温和な雰囲気には、先ほどのわんちゃんと同じ気配を感じます。
何よりもこういった現象を私はつい先刻、牛バージョンでも体験しているのです。
目つきの悪い方──所長さんと呼ばれていました──と同年代見えるその人──グレイさんと呼ばれていたでしょうか──は、黒い犬と同じ漆黒の髪を揺らし、にこりと人良く微笑まれました。きちんとスーツを着こなす姿勢良い佇まいは所長さんとは対照的です。
そして先ほどのロッテさんもそうでしたが、やけに整って人目を引く、とても綺麗な顔立ちをされているのでした。
「オーラはどんな具合だ?」
「んー、発動範囲が極端に狭いぶん威力は規格外、ってやつですね。ロキ君とは正反対のタイプです」
「ああ、あいつ仲良くできなさそうだな……まあいいや、人手不足だからな。さっそく本題に入ろう」
所長さんと呼ばれた人は目つきをほんの少しだけ和らげ、代わりに口の端を悪そうににやりと上げると、私の目の前に一枚の紙をずいっと差し出しました。
見覚えのあるそれに、思わず目を見開きます。
今朝の朝刊の一画、『本日の求人情報一覧』──その、最後の1つ。
初心者歓迎、アットホームな雰囲気、手厚い保険制度。
適正さえあれば即採用。給与は──
はしたないことに、ごくりと喉が鳴りました。
な、な、なんですかこの月収、私とアルフレッドの生活費(家賃込み)に学費の積み立てをしても全然余裕な魅惑のお給金……! 他の仕事の倍近くはある好待遇!
目を輝かせる私に所長さんはフッと目を細め、端的に述べました、今の私を陥落させるには攻撃力の高すぎる一言を。
「仕事が欲しいか?」
「喉から手が出るほど!」
思えば明らかにあやしい悪魔の誘い風の問いかけだったのですが、まあ、食い気味で即答しました。
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