第2話出発
あなたは切符を手に駅の改札口を通り抜けた。発着時間が掲示板に浮かび上がる。しかし、あなたはそれに見向きもしない。
ホームには既に一本の列車が停まっていた。慌てないで。あなたが乗り込むまで列車は発車しない。ゆっくりと、落ち着いて乗り込もう。
その列車には誰も乗っていない。
あなたが乗り込み、座席へと腰を落ち着ければやがて扉は閉まり、ゆっくりと列車は動き出す。
がたん、がたん、
ホームの風景が横へ流れ出す。
がたん、がたん、
ホームの空気を置いて、列車が走り始める。
他には誰も乗っていない車内に、若い男性の声が響く。
「御乗車、誠にありがとうございます。この列車は、各駅停車、ホラー経由ファンタジー行き、言の葉号でございます。
どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ。
途中下車の際には、切符を扉へお翳しくださいますよう、お願い申し上げます」
ゆっくりと、列車が走り出す。
一冊の本というレールを、一本の列車が走り出した。
あなたは切符を手に座席へ腰かける。切符は一枚きりではなく、様々な色や模様をしている。その内の一枚をまずは選んで欲しい。
かたん、かたん、
列車は静かに走り出している。
かたん、かたん、
「早くしないと、通りすぎちゃうよぉ?」
?!!?
あなたは顔を勢いよく上げるが、そこには誰もいない。今、聞こえたはずの子どもの声はなんだったのだろうか。
……気のせいだったのではないか。
まだ、そう思ってもよいだろう。
それはともかく、列車が走る上を雲が薄く流れていく。前方には太陽が地平線へと差し掛かり、徐々に光を沈めていく時間であった。人は、昔からこの時間を「黄昏時」と名付けて様々なおもいを馳せたのであろう。揺らぐあかいろに合わせて、きっと感情の色をとかしたに違いない。
列車は、今、黄昏へ向かって進んでいる。
後方には、既に夜の時間が針を進めようとしていた。昼には姿を隠していた星たちが、我先にと夜空のダンスホールへと踊り出るのである。しかし、音楽が鳴り始めるにはまだ時間がありそうだ。
あなたにはまだ黄昏時を楽しむ余裕が残されている。
さあ、切符を選んで扉へ翳そうではないか。
黄昏時のおすすめは、その桜の舞う血染めの切符だ。
歪にわらう子どもたちが、窓からこっちを覗いている。
キャハハハハハハ!
あなたは切符を片手に座席に座っている。
がたん、ごとん
不規則に揺れ出す列車。
がたがた、ごとん
窓の外にはひとつの町が見え始める。風に乗って、薄桃色の花びらが流されていく。
人を魅了する桜の木。人を時に狂負へと導く桜の木。
がたん、ごとん
列車は揺れる。
列車は揺らされる。
やがて、社内には雑音混じりに車掌のアナウンスが響き出す。
「まもなく、桜ヶ原ー。
まもなく、桜ヶ原ー。
お出口はございません。御乗車されたモノにお気をつけください」
外からは子どもたちの声が聞こえてくる。
少しだけ、肌寒くなった気がしないだろうか。
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