第五章 アンブレラナイン
第58話 新しい依頼
カイン、エレンと別れた俺たちはアベルとパドを連れてブルムの街へと戻った。しかし、アベルとパドの10歳前後の子たちを連れているとなんか学校の先生にでもなった気分だ。アベルはともかく。パドはまともな教育を受けたことがあるのだろうか。出生が出生だけにその辺はセンシティブな問題がある可能性がある。あまり追及してやるのは酷なことか。
拠点となる冒険者ギルドの1階のカフェスペースにて俺たちは今後のことを話し合うことにした。
「さて、パド。一応訊いておくけど、腕輪を付けているってことはお前も冒険者なんだよな?」
「ん? そだよー。ボクはこれでも結構腕が立つんだよ」
パドはイチゴミルクティーにストローをさしてそれをちびちびと飲んでいる。
「とりあえず、パドの
「ふーん。そっか。ロールだけ見るとあんまり攻撃力がなさそうなパーティだね。じゃあ、ボクが入って良かったかもね。ボクは……ロールを尋ねられたらアタッカーって答えろって教えられているよ」
なんだその含みのある言い方は。パドのロールはアタッカーではないのか?
「アタッカーか……なるほど。言っておくけど、俺はヒーラーだけどその役割だけに甘んじるつもりはない。必要とあらば前線に立って戦うこともあるだろう」
「へー。そうなんだ。まあ、ボクはそれでも良いよ。その方が楽できるし」
パドはあっさりと答えた。大体こんなことを言うと「ヒーラーが前線に出るな」だとか「俺たちの役割を奪うな」とか言われるけど……パドはランクを気にしてないのか?
「ボクにとってはランクなんて意味のないものだからさ」
パドは不敵に笑う。なんだこのパドから漂う底知れぬ感じは。この子供は何を知っていると言うんだ。
「リオンさん。パド君。特にやりたい依頼がなかったら、僕がやりたい依頼を引き受けても良いですか?」
「俺は構わない」
「ボクもー」
「ありがとうございます。僕はモンスターの生態調査に興味があって、その依頼を受けてみたいんです」
生態調査か……モンスターがどんな戦闘能力を持っているのかは戦闘を重ねればわかる。しかし、そのモンスターの生息域や活動時間帯。何を食して生きているのか。そうしたものを記録するのには少しコツがいる。
「生態調査を受けるには確かDランク以上のレンジャーとそれなりの戦闘ランクを有する護衛が必要だ……レンジャーはアベルが要件を満たしているから問題はない。ただ、残念ながら俺は現在Eランクだ。頭数にも入りやしない」
「それなら……ボク1人で許可下りると思うよ」
「なんだって……? パド、お前のランクは……」
「訊かれたらBランクと答えろ。エレンおばさんにはそう言われているんだー」
また含みを持たせた言い方をしている。パド……こいつは一体何者なんだ? ロールもランクも正確なことを答えていない。なぜか曖昧な言い方をしている。
「まあ、とにかくアベル君。ちゃちゃっとギルドの窓口に行って生態依頼を見ようよ。ボクの腕輪を見せれば一発で許可下りるからさ」
「え? ああ、うん。わかった」
カフェで一息ついた俺たちは2階の受付部分へと上がる。受付にて整理券を渡されて順番が来るまで待つ。いつもの流れだが……
「あー退屈。ボクこの待ち時間本当に嫌い」
「仕方ないよパド君。ギルドの職員たちも激務なんだから」
やはり10歳前後だと思われる子供にはこの待ち時間は退屈か。一説では、大人にとっての30分は子供にとっての1時間だと言われている。俺には大したことがない時間でも、パドにとってはひどく退屈な時間なんだろう。
「45番でお待ちの冒険者様。こちらへどうぞ」
「俺たちだ。行くぞ」
「はい!」
俺たちは呼ばれた受付のところへと向かった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「生態調査の依頼を受けたいので、現在出されている依頼の一覧を見せて下さい」
アベルが代表者として用件を言う。ギルド職員は眉1つ動かさずに淡々と書類を準備してこちらに渡して来た。
「かしこまりました。1度、依頼を受けるパーティ全員の腕輪のデータを照合致します。その間にこちらの書面に必要事項を書いて下さい」
名前、生年月日、冒険者登録番号。それらを記入して腕輪のデータと合っているか照会する。まあ、本人確認ってやつか。俺もモンスターの調査依頼を始めて受けてみるが、こんなことを書かされるんだな。他の書類では本人確認はないのに。まあ、それだけこの依頼に関しては身元が保証されている必要があるってことか。ランクが高いレンジャーじゃないとまともに情報収集できないしな。
「照合が完了しました……当ギルドはアベル様とそのお連れ様のランクを鑑みて生態調査の資格があると判断致しました。腕輪のデータと先程の書面も一致してますね。それでは、依頼書をお渡しします。ご希望の依頼がございましたら、また受付へお申し出ください」
受付から冊子を貰った俺たちはそれらを確認し始めた。
「ガイノフォビア……モノフォビア……アラクノフォビア……これらの生態調査依頼も出てるのか」
「そいつらは生態を調査する前に倒しちゃいましたからね」
「ああ。新種のモンスターはデータが集まってないから当然のこと、既存の強いモンスターも生態調査のデータが集まらないことが多い。強いモンスターの調査にはそれなりにリスクが伴うからな」
「へー……モノフォビアとアラクノフォビアを倒したんだ。ちぇ……ボクが倒したかったのにな」
パドが口を尖らせる。こいつらはBランクとかなりの高ランクだ。それを獲物として狙っているパドはやはり只者ではないか。その実力、お目にかかりたい。
「まあ、別個体が出現しない限りはこいつらの調査はできませんね。出現情報もどこにもないみたいですし、他のページを見てみましょう」
「そうだな」
アベルが情報を確認しながら、パラパラとページをめくる。生態調査は受けられる人材が限られている分、報酬は高い……が、割にあうとは限らない。報酬が高くても難易度がそれに見合っていないケースもあるのだ。
「……これなんか良さそうじゃないですか? カイゼルディノの個体数調査。Cランクモンスターですし、リオンさんならば万一の時でも制圧できますよね?」
「ああ。カイゼルディノ程度ならば余裕だ。傷つけずに撃退することも可能だ」
個体数調査は現存するモンスターのおおよその数を把握する時に依頼が出される。別に少数なら倒してしまっても構わないのだけれど、あまり狩りすぎると人為的に個体数を調整してしまうので、自然の結果が得られない。だから、倒してしまったら最悪の場合依頼失敗。報酬の減額もありえる。下手に触らない方がいいのだ。
「カイゼルディノ! いいねえ。ボクの相手だとちょっと不足あるけど、肩慣らし程度にはなるよ」
パドがウキウキと体を揺らした。
「おいおい、カイゼルディノを倒す任務じゃないぞ。頼むぞ?」
「へへ。わかってるって。でも万一の時には身を守るためにやっちゃってもいいんでしょ?」
「まあな。人命が最優先されるからな」
「パド君。僕の生態調査が終わるまであまり勝手な行動はしないでね」
「うぃー!」
変な返事をするパド。本当にわかってるのかこいつは。
「それじゃあ、リオンさん。受付の窓口に依頼を受ける旨を伝えましょう」
「ああ……また順番待ちになるけどな」
「えー……また待つの? 暇だから散歩してきて良い?」
「ダメ。俺はエレンさんからお前を頼まれた立場だ。目の届く範囲にいなさい」
「ぶー。エレンおばさんは好きにさせてくれたのに。リオンおじさんは厳しいなー」
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