第59話 恐竜が棲む荒野

 正式にカイゼルディノの生態調査の依頼を受けた俺たちは奴らの生息地を目指してブルムの街を後にした。


 道中、アベルは大人しいものの、パドの落ち着きがなく少し目を離しただけで、俺の目の届かないところに行ってしまうことが多々あった。なんという気まぐれな子供だ。エレンはこれと毎日過ごしていたのか……なんというか。俺はていの良い厄介払いをされたような気がする。


「ねーねー、リオンおじさん」


「なんだ。俺はまだ20代だ。おじさんはやめろ」


「おじさんじゃん。ボクよりも2倍以上年齢に差があるし」


 このガキ……!


「パド。お前だってその内歳取れば20代になるんだぞ。いつかその発言がブーメランとしてだな……」


「いや、わからないよ。だって……ボクの兄弟や友達は……みんな大人になる前に死んじゃったから」


 パドの目が潤む。俺は自分の発言を悔いた。自由奔放なパドだけど、その出自は管理されたインブリードの下生まれた存在である。当然、パド以外にもインブリードで生まれた子がいるわけで……その子たちが全員無事な保証はどこにもなかったのだ。いや、少し考えればわかることだけど、考えることを拒否していたと言うのが正しいか。


 子供が生きていくのは相応のコストがかかる。教会が求めているのがパドのように普通では発現しないような才能の持ち主ならば……それに目覚めなかった子や生存に不利な遺伝子が発現した子の末路は……考えるだけで胸糞が悪い。


 それにしても、教会は一体なんのためにパドのような優秀な子供を求めたのだろうか。それが俺にはわからない。


「ごめん。変な話をしちゃったね。忘れて」


 そう言うとパドは明るい笑顔を暗い表情の上に張り付けた。


「こっちこそすまなかった。辛い過去を思い出させてしまって」


 パーティ全体の空気が重くなる。


「リオンさん……僕、聖クレイア教会を許せません!」


「アベル。滅多なことを言うもんじゃない。いつ、どこで、誰がその発言を聞いているかわからない。教会の悪口を吹聴してた奴が行方不明になった……そういう話は珍しい話じゃない。それだけ、強大な組織だ。幸せに生きたいなら反抗しない方が身のためだ」


 国内外にも強大な力を持つ宗教団体の聖クレイア教会。俺もヒーラーということで、その組織にある程度は関与していた。当時は、この組織がこんな闇を抱えているとは思わなかった。結局、ヒーラーとして無能の烙印を押された俺は破門されたわけだけど……今では破門されて良かったとすら思える。


「リオンさん。そろそろカイゼルディノの生息域に入ります。いつどこで遭遇してもおかしくないです。彼らは好戦的な性格なので見つかったら戦闘になる可能性もあります。できるだけ個体数に影響を及ぼさないように依頼を遂行したいので……見つからないように慎重に動きましょう」


「ああ。そうだな。レンジャーの探知魔法で大体の位置は特定できないのか?」


「そうですね。モンソナーなら、ある程度の特定はできると思いますが……向こうも探知されたことに気づいてしまいます。余計な警戒心を与える危険があるので、あまりやりたくはないです」


「そうだったな……」


 アベルがモノフォビアとの戦闘で使ったモンソナー。隠れた奴の居場所を特定するのに使ったが、細かい線状の魔力に触れたモンスターは自分が魔力に触れたことを感知してしまう。モノフォビア戦では、既に相手が警戒状態だったから、そのデメリットも享受できたが、完全の無警戒状態に放つようなものじゃないってことか。


「魔法で感知しなくても、レンジャーの僕はある程度の気配を察知することはできます。まあ、精度は魔法に比べたら低いですがないよりはマシでしょう」


 パドがくんくんと鼻を鳴らしてにおいをかぎ始めた。何してんだこいつ……


「血の臭い……カイゼルディノは肉食性のモンスター。もしかしたら、獲物の血かもしれない」


「パド……お前嗅覚が優れているのか?」


「そうみたい。これもインブリードの影響かは知らないけどね」


 第六感的なものでモンスターの存在を感知するレンジャーに対して、五感というハッキリとした基準でモンスターの位置を特定する。その方が信頼がおけそうな気がする。


「アベル。どうだ? 気配を感じるか?」


「うーん。あの方向に何かがいるような気がしますが」


 アベルは巨大な岩を指さした。


「その岩陰に隠れているってか……よし、気づかれないように慎重に近づくぞ」


「はい!」


 俺とアベルは大丈夫だろうけど……パドは大丈夫だろうか。動きが一々ハデでオーバーだから、隠密には向かないタイプであろうことは予測できる。


「パド。足音は立てないように移動できるか?」


「できない」


「よし、できないことをできないって素直に言えるのは偉いぞ」


 長く冒険者をやっているとできもしないことを見栄を張ってできると言うやつがいる。そういう奴にいざと言う時に仕事を任せたら……まあ、命に関わる大事に発展ことだってあった。苦い思い出だ。


「パドはここで待機しててくれ。俺とアベルで岩陰を覗いてくる」


「わかったー」


 素直に言うことを聞いてくれて助かる。俺とアベルはお互いに目を合わせて気配を殺して、足音を立てないように岩陰へと進んでいく。


 1歩1歩慎重に進み、岩の地点まで到達した。そこから、慎重に岩陰を覗くと……


 小型恐竜モンスターのレッサーラプターが肉片をむさぼっている光景が目に入った。レッサーラプターの足元には、ボロボロになった骨が転がっていて、地面も血で赤く染まっている箇所がある。


 俺はアベルにハンドサインを送り、レッサーラプターに気づかれないように岩場をそっと離れた。パドの下に戻った俺とアベル。パドは目を輝かせて俺たちを見ている。


「すげー! 2人共潜入工作員みたい! ねえ、どうだった? 岩陰には何があった?」


「確かに血はあった。でも、食事をしていたのは別のモンスターだ。カイゼルディノじゃない」


「ええ。この辺は恐竜モンスターの縄張りですからね。肉食性のモンスターが多いので血のにおいだけでは、目当てのモンスターを引くのは難しいかな」


 やはり、そう簡単にカイゼルディノの足跡は掴めなさそうだ。


「それにしても……妙なんですよね」


「ん? 何がだ? アベル」


「ええ。調査依頼の概要を見たんですけど、カイゼルディノの個体数が減ってきている説というものがあって、その裏付けのために今こうして僕たちがいるわけなんですが……カイゼルディノはここら一帯の生態系の頂点に存在です。このモンスターだけが個体数を減らすとは思えないんです」


「頂点……つまりアンブレラ種か」


「アンブレラ種。リオンおじさん。それ何? 食えるの?」


「食われる側じゃなくて食う側の存在だ。アンブレラ種は生態の頂点に立つ存在で、生態系の下位の生物を食すことで下位の存在が異常に繁殖するのを防いでいる一面がある。つまり、アンブレラ種が減れば生態系に影響が出てしまい、逆に保護してやれば生態系が守られる。まるで雨を防ぐ“傘”みたいにな」


「せいたいけー?」


「えっと……とにかくだ。こいつがいれば生物の比率のバランスが良くなり、いなくなれば崩れる」


「ひりつって?」


 ダメだ。教育を受けてない奴にアンブレラ種の概念を説明するのが難しすぎる。聖クレイア教会もパドをきちんと教育してやれよって思ってしまう。生み出すだけ生み出して後はエレンに任せて放置だなんて無責任にもほどがある。


「えっとパド君。例えば、にんじんと馬があったとするね。馬はにんじんを食べる。馬はにんじんがある限りどんどん子供が生まれて増えていくよね? その場合、馬を食べる存在がなければ……?」


「にんじんが食べ尽くされる!」


「そう! だから馬を食べる恐竜がいると、馬の数が減って、食べられるにんじんの数も減って、にんじんは食べ尽くされない。結果的に生き物の数のバランスが取れるんだ。その恐竜にあたるのがアンブレラ種って呼ばれるんだ」


「なるほど。わかりやすい!」


 アベル。ありがとう。俺はちょっと難しく説明しすぎたみたいだ。

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