第57話 聖クレイア教の秘密兵器
俺たちは再びイザベラの家まで戻った。ノックをするとイザベラの叔母さんがドタバタとした音を立てながら速攻で出て来てくれた。
「リオンさん、カインさん……良かった。無事だったんですね」
「ええ。イザベラさんの容態はどうですか?」
「今は眠っています。起き上がることはできないようです」
「長い間眠っていて体の筋肉を動かしてなかったから無理はないですね。リハビリをすればすぐに日常生活を送っても大丈夫になるでしょう」
俺はあえて冒険者に復帰できるとは言わなかった。身内からしたら、年頃の少女がまた危険な稼業に身をおくこと自体嫌がることも多い。実際、寝たきりになるほどの重症を負った後だ。理解がある身内でも復帰を反対するケースも考えられる。
「そうですか。これからは定期的にリハビリに訪れます」
「本当にありがとうございます」
俺たちはイザベラの叔母さんに会釈をして、イザベラの家を後にした。
「カイン。残念だったな。かつての仲間とまだ言葉を交わしてないんだろ?」
「そうですね。私は長い間眠っていたし、イザベラも同じです。お互い積もる話も特にないですし、なんて話していいのか逆にわからないかもしれません」
「ああ、そうだな。カインたちからしたら、一気に数年の時が流れたわけだからな。世間の流れを把握するまでも結構時間がかかるだろ?」
「ええ。アベルもこんなにデカくなりましたからね」
カインはアベルの頭に右手を添えてワシャワシャと撫でた。ただでさえボサボサのアベルの髪が余計に乱れる。
「ちょ、兄さん……」
「あはは、悪い悪い。さて、エレンとか言う人のところに向かいますか?」
「ああ。約束したからな。彼女が俺たちに何の用があるのかは知らない。けれど。話を聞かないわけにはいかないだろう」
◇
俺たちはエレンと待ち合わせの場所に辿り着いた。エレンの隣にはあのパドと言う少年もいた。アベルよりも年下でそれでいて俺よりもパワーは上だと言うデタラメな少年。
「やあ、世界最強の無能ヒーラーさん。約束通り来てくれたね」
「ええ。俺たちも一応忙しい身ですので、用件があれば手短にお願いします」
「はっはっは。じゃあ、前置きせずに率直に言おうか。この子を預かって欲しいんだ」
エレンはパドに視線を送った。当のパドは素知らぬ顔で退屈そうに空をボーっと見上げている。
「パドをですか? 一体どうして」
「まあ、あんまり大きい声では言えないけどね。この子は聖クレイア教会の闇が生みだした秘密兵器」
「秘密兵器……? それは一体どういうことで?」
「インブリード……近親交配とも言うね。この子はそうやって生まれた存在」
「な……! 何を言っているんだ。そんなこと許されるはずがない」
「そ、そうです。だって、そんなことしたら生まれてくる子供に障害が発生する確率が高くなるじゃないですか」
アベルが俺の発言に続く。俺がかつて、ルスコ村でアベルに説明した近親相姦の弊害。それを覚えているんだろう。
「ああ、そうさ。インブリードは不利な潜性遺伝子が発言しやすくなる。でもさ、逆に考えれば有利な潜性遺伝子だって存在するわけだろう? それは、意図的にインブリードしなければ発生しない遺伝子だね」
確かに理屈の上ではそうである。でも……
「不利な遺伝子が発生するリスクが常に付きまとっている。それを生まれてくる子供に負わせるのはいくらなんでも酷すぎる」
「そうさね。だから、このことは秘密で行われている。聖クレイア教会が中絶や堕胎を禁止しているのはその闇が関係している。生まれてくるべき環境に生まれてこなかった子供たち。それを保護という名目で集めて……後はわかるな? これ以上はアタシの口から言いたくない。多くの犠牲の上で生まれたのがこの子さ。この子は有利な潜性遺伝子を発現させつつ、不利なものを最小限に抑えた奇跡の子だ」
なんてことを言い出すんだこの女は。俺たちはとんでもない闇に触れてしまっているのかもしれない。
「俺たちにこんな話をしてどうしろって言うんだ」
「リオン。それはアンタが聖クレイア教会と対立する存在だからさ。アタシもアイツらのやり方には反吐が出ると思ってる。でも、アタシは教会側の人間だ。アタシのところにいたのでは、いつかパドはアイツらに飼い殺されてしまう。だから、教会に反旗を翻したアンタにパドを預けて、この子に自由な世界を見せてあげて欲しいんだ」
俺はパドを見た。パドはこの話を理解しているのかしていないのかわからない。ただ、ボケーっと空を見ているだけだ。
「それに、アタシがパドを任されているのには理由がある。いくら不利な潜性遺伝子を抑えたといっても限度がある。この子は呼吸器にちょっとトラブルを抱えていてね。日常生活では問題ないけど、激しい運動、戦闘をすると息切れが激しくなる。だから、回復魔法でのサポートが必須なんだ。それもかなり高位のな。だから、この子を任せられるのは実力が高いヒーラーしかいない。つまりアンタだ」
「なるほど。そういうことか。アベル、カイン? どうする?」
「僕は……この子を見捨てることはできません。教会が何の目的でそんなことをしているのかはわかりませんが、この子はいつか教会にいいように利用されるだけなんでしょ? だったら。僕じゃ力不足かもしれませんがなんとかしてあげたいんです」
アベルは真っすぐな目でそう言った。アベルならきっとそう言うと思っていた。
「私はリオンさんに任せます」
「カイン?」
「リオンさんはどの道この国には長くいられません。パドを連れていくということは……クレイア教会の息がかかったこの国に留まることは不可能でしょう。だって、破門したヒーラーがパドを匿っているとしったら……教会は全力で潰しに来るでしょう」
「ああ、そうだな」
「私は……私には、イザベラのリハビリに付き合う義務があります。パドとは一緒に冒険することはできません。だから……パドを連れていくかどうかの判断はリオンさんに任せます」
「そうか……カインもかつての仲間を放っておけないんだな」
パドを取ればカインをこの国に置いていくことになる。しかし、パドの境遇を考えたらこのままにしておくわけにもいかない。教会の悪魔共に利用されるだけの人生なんて俺ならゴメンだ。
「わかりました。エレンさん。パドを引き取りましょう」
「ああ、助かる」
俺はパドを引き取る決断をした。この決断が正しいのはかはわからない。面倒ごとを背負い込んだだけかもしれない。けれど、俺は自分の心に正直でありたかった。
「しかし、エレンさん大丈夫なんですか? 教会にパドを見張っているように言われてるのでは?」
「なあに心配いらない。信頼できるヒーラーに預けたとでも言えば、やつらは納得するさ。教会もフラりと出かけてしまうパドの気まぐれっぷりには手を焼いているからな。逐一動向をチェックなんてしないさ」
「秘密兵器なのに随分と
「まあ、パドが誰かと戦闘して負けるなんてありえない。高位のヒーラーさえついていれば、パドに危険は存在しないって考えなのさ。いざとなれば、症状を軽減させる薬も持たせている。死にはしないさってことだ」
なんか、この扱いにも悲しくなってくるな。仮にパドが野垂れ死んだとしても代わりはまた作れる。そう思っているのが透けて見える。
「んー。話は終わった?」
パドがこちらに目をやる。俺たちの話を全く聞いていないという顔だ。
「ああ、パド。アタシとはしばらくお別れだ。しばらくはこのリオンさんに厄介になりな」
「ふーんそうなんだ。じゃあね。エレンおばさん。そして、よろしくリオンおじさん」
ずっと一緒にいたエレンと随分とあっさりした別れを言うなこいつは。そして、俺はここでもおじさん扱いされるのか。
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