第27話 蒼炎の闘士
マリアンヌは蒼炎の爪でモノフォビアの左胸を貫こうとした。モノフォビアは人型である。人と同じ位置に内臓があるとしたら、そこは丁度心臓の位置。的確に急所を突くその早業は流石一人前のCランク冒険者と言う他ない。
マリアンヌの蒼炎の爪での一撃がモノフォビアに炸裂した。モノフォビアの体内に爪がめり込む。めり込んだ箇所から火が燃え広がり、モノフォビアの体を焼いていく。
「どうだ! 思い知ったか!」
マリアンヌがニヤリと笑った。
「マリアンヌ離れろ!」
「え?」
俺が指示を出したがもう遅かった。モノフォビアが左手でマリアンヌの体を薙ぎ払った。攻撃を受けたマリアンヌはそのまま、うめき声をあげて後方へと飛ばされた。マリアンヌの体が地面へと激突する。
やはり。俺は嫌な予感がしていたのだ。モノフォビアはわざとマリアンヌの攻撃を受けた。あいつは自分がダメージを受けないことを知っていたのだ。だからこそ、あえてマリアンヌに攻撃させて隙をつくり、そこにカウンターをぶちこんだ。中々戦い慣れしてやがる。
そして、1つわかったことがある。モノフォビア。あいつは、人型モンスターだが、体の構造。特に中身は人間のそれとは大きく異なる。貫かれた左胸から全く出血していない。もし、体の構造も人間と同じだったら出血しないのはありえないことだ。
まずいな。打撃が効かないというデータは既に取れていた。それは、あの冒険者のツレが打撃メインで戦う冒険者だから取れたデータだ。そして、今回わかったことは、モノフォビアは刺突にも炎にも耐性がある。マリアンヌの蒼炎の爪による刺突攻撃。それを受けても全くダメージを受けていない……いや、そもそも耐性があるという考え方自体間違っているかもしれない。
モノフォビアにはあらゆる攻撃が通用しない。そう思っていいだろう。
「リオンさん! 早くマリアンヌさんに回復を」
「いや、回復は後回しだ」
「え?」
このまま、こいつとマリアンヌが戦っても勝ち目はない。実力差は明らかだ。俺が補助魔法で介助してやっても、マリアンヌでは到底モノフォビアに勝つことはできない。なら、この状況を打破する方法は1つしかない。
――仕切り直しだ。
「アベル! マリアンヌを連れて逃げろ」
俺は杖を持って、モノフォビアに立ち向かおうとした。
「リオンさん!?」
俺は杖でモノフォビアの顎を強打した。人間が食らえば、顎の骨が砕け脳震盪を起こし、意識を失うレベルの一撃だ。しかし、モノフォビアはその一撃を受けても不気味に「ケケケ」と笑うだけであった。
「俺が時間を稼ぐ!」
「そ、そんな……!」
「や、やめて……マイダーリン。あたいはまだ戦える……マイダーリンはあたいの回復だけしていればいいんだ」
負傷しているマリアンヌがそう呟いた。彼女は今怪我を負ってまともに戦える状態じゃない。だから、今は怪我を治さない。もし、怪我を治したら、マリアンヌはイノシシのようにモノフォビアに再度突撃するだろう。
俺がまだBランクヒーラーと呼ばれていた時期なら、マリアンヌを
「ルーネン=チャント!」
俺は自身の杖に魔力を蓄積させた。武器の威力を底上げする補助魔法。主にバッファーがアタッカーの武器に付与するものだ。アタッカー不在のパーティでは、バッファーが自らの武器に付与することもある。これにより、一時的にバッファーでもアタッカーに迫る攻撃力を見に付けることができる。
俺の打撃は元よりアタッカー並にある。だから、この一撃は本当に必殺の一撃。単なる杖の殴りだが、その強さは鉄をも砕く!
「食らいやがれ!」
俺は杖でモノフォビアの腹部を思いきり突いた。人間が食らえば腹部の内臓が破裂し、吐血するほどの威力。まず助からない。
「ニチャァ……」
モノフォビアは気持ち悪い効果音と共に口角を上げた。これでもダメージが通らないのか。なんて恐ろしい敵なんだ。俺はすぐ様、モノフォビアと距離を取った。あまり長い間接近しすぎているとカウンターを食らう可能性がある。やつの腕が届かない範囲に逃げなければ。
俺は数度バックステップをした。位置関係的にアベルとマリアンヌの傍に来てしまった。
「アベル! マリアンヌ! どうして逃げないんだ!」
アベルとマリアンヌを逃がすために必死になって時間を稼いでいるのに、当の2人が逃げてくれなければ意味がない。俺はなんのために戦っているのか疑問を覚えてしまう。
「マリアンヌさんが抵抗して逃げられないんです。怪我しているとは言え僕より力が全然上。すぐに振りほどかれてしまいます」
「マイダーリン! お願い! あたいに回復魔法を! あたいに戦う力をもう1度」
「はあ……仕方ない」
俺はマリアンヌの額を杖で軽くたたいた。するとマリアンヌはガクっと目を瞑って動かなくなった。
「ワガママなお姫様には眠っててもらおうか。アベル。マリアンヌを頼む。寝ている人間は重いから気を付けろよ」
「はい。リオンさんも気を付けて」
アベルはマリアンヌを抱きかかえながら、モノフォビアから逃げ出した。これでいい。後は、アベルとマリアンヌが遠くまで逃げた頃に、俺もモノフォビアから逃げて彼らと落ち合う。その作戦でいこう。
モノフォビアが俺の眼前まで来ていた。そして、両手を伸ばして俺を掴もうとする。
俺は咄嗟に杖でモノフォビアの両手を払った。モノフォビアにダメージを与えることはできないけれど、衝撃は与えることができるようだ。その力でモノフォビアを一瞬怯ませることができる。そうやって時間を稼いでいこう。
「逃げる逃げる臆病者。恐怖しろ。それがモンスターを
モノフォビアはケタケタを笑いながら、つぶやく。恐怖がモンスターを育む? またどこかで聞いた話だ。
「なにが恐怖だ。俺はモンスターなんぞに恐怖しない。最も恐ろしいのは身内を失うことだ。それに比べたら、俺自身が死ぬことくらいどうってことはない!」
モノフォビアの爪と俺の杖がぶつかり合う。相手は爪での攻撃手段しか持たない。だが、その爪の威力がえぐいくらい強くて、耐久力も化け物染みている。俺は戦いながら必死に弱点を探した。とにかく戦闘データを集めるんだ。そうすればなにか突破口が見えるかもしれない。
◇
「ぜー……はー……ぜー……はー……」
日は真上に登っている。もう正午頃か。早くアベルとマリアンヌと合流しないと。マリアンヌの傷の手当はレンジャーであるアベルがしてくれていると思う。ヒーラー不在時の応急処置はレンジャーの役目だ。
それにしても、モノフォビア。あいつは強かった。俺の攻撃がほとんど通らない。攻撃が効いているのかどうかすらわからない。打撃、斬撃、刺突、魔法、なにを試してもダメだった。あいつを倒す方法はあるのだろうか。
なんとか隙をついて逃げ出せたけど、あのまま続けていたら俺の方が先にスタミナか魔力が切れで負けていただろう。
「あ、リオンさん! こっちです!」
俺を呼ぶ声がした。声のする方に目をやると、眠っているマリアンヌとアベルがいた。マリアンヌの傷口は手当てされている。やはりアベル。レンジャーとして仕事はしてくれていたようだ。
「無事に逃げられてよかったな」
「ええ。リオンさんこそ。結局、モノフォビアは……」
「ああ、倒せなかった。やつは無敵のモンスターだ。倒せないかもしれない」
「そ、そんな」
モノフォビアは暫定的にBランクモンスターとして指定されていた。しかし、あの不死身具合だとAランク指定でもおかしくない。
「さて、マリアンヌの傷を回復させてやろうか」
俺は残った魔力を使ってマリアンヌを回復させた。俺もさっきの戦闘で魔力を使いすぎた。今日またモノフォビアに再戦するのは無謀だろう。再挑戦は別の機会だ。
「リオンさん。今回は回復魔法をいっぱい使ってますね。この調子じゃEランクに上がるんじゃないですか?」
「やめてくれ。冒険者にとってのランクアップは名誉かもしれないけれど、ヒーラーのランクアップは不名誉なものだ。仲間を傷つけさせた証だからな」
今回の俺は色々と酷いな。マリアンヌに2回も傷を負わせてしまった。やはり、誰かに戦いを任せるべきではないのか。
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