第28話 モノフォビアの正体

 天女の舞う丘を探索開始してから今日で3日目だ。2日目の時にモノフォビアに遭遇した時に消耗した体力と魔力は回復したが、俺たちはモノフォビアの攻略法を掴めずにいた。


「マイダーリン……」


 目を覚ましたマリアンヌが俺に話しかけて来た。


「あの……あたいを止めてくれてありがとう。あたいが無茶したせいでマイダーリンにとんでもない迷惑をかけちゃった」


 マリアンヌは、俺が2人を逃がすためにモノフォビアと必死に戦っていたことを気にしていたのだろう。


「別に謝る必要はない。俺はお前に迷惑をかけられただなんて思ってない」


「でも……」


「それより、今日もモノフォビアに戦いに挑みにいくのか?」


 俺はマリアンヌの目を真っすぐ見据えた。マリアンヌはそんな俺から目を逸らした。


「そ、それは……」


「引き返すなら今だ。ギルドに帰れば俺が付けている腕輪から戦闘データを取れる。このデータを解析すれば職員がモノフォビアの弱点を見つけ出してくれるかもしれない」


 未知なる強敵に戦いを挑む時、先駆者の冒険者たちが取ったデータが後続の冒険者にとって役立つことがある。俺はハッキリ言って、モノフォビアの戦闘データを渡してからこの一件から手を引くのもありだと思ってる。戦闘データさえ集まれば、俺たち以上の適任がモノフォビアを倒してくれる。それはマリアンヌも理解していることだ。


「マリアンヌ。お前の気持ち次第だ。自分の手でアイツを倒すことに拘るのか。誰かにあいつの討伐を託してもいいと思っているのか。2つに1つだ」


「あたいは……」


 マリアンヌは拳をぐっと握りしめた。そして、そのまま拳を地面へと叩きつける。


「あたいはこの手でモノフォビアを倒したい……あたいの両親を殺したアイツだけは絶対に許せない」


「そうか。なら俺も地獄の底まで付き合ってやるさ」


「それってプロポ」


「依頼を受けた責務を果たすだけだ」


 マリアンヌが変なことを言い出さない内に食い気味で発言する。


「リオンさん! マリアンヌさん! 敵襲です!」


 アベルの掛け声が聞こえて、俺とマリアンヌは戦闘の準備を整えた。俺は地面に置いてあった杖を手に取った。


「カースドゴブリンの群れです。魔法による攻撃が厄介なDランクモンスターですね」


 青いローブを見に纏った藍色の肌の小鬼型のモンスターの群れがこちらに向かって来た。


 モノフォビアほどではないにしろ中々厄介な相手が現れたものだ。モノフォビアさえいなければ、この天女の舞う丘のモンスターの生態系の頂点に位置するモンスターだろう。


「リオンさん見ていて下さい。これが僕の新たな力です! ブラックハウンド!」


 アベルが魔法を唱えると彼が持っているボウガンが黒く光り出した。これは、武器に特殊能力を付与するバッファーの魔法だ。


「食らえ!」


 アベルがボウガンでカースドゴブリンの群れを次々と射貫く。ブラックハウンドが付与されている矢に射抜かれた者は、しばらく魔法を唱えることができなくなる。中々に厄介な呪詛だ。魔法を主体に戦う俺がこの呪詛にかかったら、戦闘能力が半減してしまうだろう。


「ウゲ……グヌヌ」


 ボウガンの一撃では仕留めることができなかった。だが、魔法が得意なカースドゴブリンは攻撃手段を失い戸惑っている。


「でいや!」


 パワー、スピード共に優れている蒼炎の闘士マリアンヌがカースドゴブリンを蹴散らしていく。所詮は群れで来ているとはいえDランクのモンスターだ。Cランクのマリアンヌよりは数段劣る相手だ。


 杖を拾いに行く時間のせいで、俺も若干出遅れたが、無事に参戦した。杖でカースドゴブリンを強打して確実に仕留めていく。


 3人の連携プレイで見事にカースドゴブリンの群れを退けることができた。


「アベル。いつの間にそんなバッファー用の補助魔法を身に付けたんだ?」


「へへ。ちょっと練習したら習得できちゃいました」


 アベル。恐ろしい才を持つ子だ。レンジャーの身でありながら、きちんと戦闘に役立つ魔法を習得している。アベルはバッファーのロールをやらせても大成しそうだな。


「グノオォオ!!」


 カースドゴブリンを退けたばかりの俺たちの眼前に黒い巨大な人影が現れた。


「モノフォビア!」


 マリアンヌの目が見開く。興奮と恐怖。色んな感情が混ざり合っているのだろう。倒したい相手ではあるが、遭遇するのは今ではない。そういう心境なのだろうか。


「マリアンヌ。アベルの傍に行け」


「え?」


「早く! 俺が前線に立つ。マリアンヌはアベルを護衛するんだ」


 前回はマリアンヌが負傷していた。だから、逆にアベルがマリアンヌを庇う形になっていた。だが、今回のマリアンヌはまだ負傷していない。遠距離攻撃ができる武器を持つアベルのサポートをすれば、アベルの攻撃機会を増やせる。


「わかった」


 マリアンヌは俺の言うことに素直に従ってくれた。いくら俺が冒険者歴が長い年長者だからと言っても、俺は低ランクの冒険者だ。立場上はマリアンヌより下である。だが、そんな俺の言うことを素直に聞いてくれるのはありがたい。


「さてと……モノフォビア。昨日の続きをやろうぜ」


 俺は杖を手に持ちモノフォビアに立ち向かった。モノフォビアは近づいてくる俺に爪での攻撃を仕掛けて来る。俺はすかさず、その攻撃を杖で払って防いだ。


「アベル。まだお前の射撃を試してなかった。俺が隙を作るから、確実にモノフォビアを狙い撃て!」


「はい、わかりましたリオンさん」


「モノフォビアは巨躯だ。的がでかい分狙いやすいぜ」


 俺は杖でモノフォビアの足を狙った。思いきり向う脛を強打する。どんなに強い者でもここを打たれたら悶絶する。だが、モノフォビアはその攻撃を受けてもビクともしなかった。こいつには痛覚というものがないのか?


 モノフォビアが爪で俺の体を貫こうとしてきた。俺はその攻撃を、体を仰け反らせて躱した。そして、杖を持っていない方の手でモノフォビアの手を掴んだ。


「ゴーゴンタッチ!」


 触れた箇所を石に変える魔法。打撃でダメージを与えられないのなら石にすればいい。モノフォビアの手が石になって固まった。


 これには流石のモノフォビアも動揺したのか、ぎょっとなって固まってしまった。


 その瞬間、俺の背後からビュンと音がした。一筋のなにかがモノフォビアの腹部に刺さった。アベルのボウガンから発射された矢。それを受けたモノフォビアは、断末魔をあげて消え去ってしまった。


「え?」


 俺たちは一瞬固まった。俺やマリアンヌがいくら攻撃を与えても傷1つ付けられなかったモノフォビア。それが、アベルのボウガンたった1発で消え去ってしまったのだ。


 俺もあらゆる攻撃を通さないモノフォビアの硬さには辟易していた。打撃、斬撃、刺突、魔法。試していないのは射撃だけ。一縷の望みをかけた射撃。ダメで元々の攻撃だった。少しでもダメージを与えられたらいいなとしか思ってなかった。


 射撃に弱かったということだろうか。そんな単純なことなのか?


 俺はアベルが射撃した矢を拾い上げた。その矢は先ほど、カースドゴブリン戦で付与したブラックハウンドの効果が乗っていた。


「いや……待て。なるほど。そういうことだったのか」


 俺は全てを理解した。それなら全ての合点がいく。どれだけ攻撃を与えてもダメージを与えられなかった理由も説明がつく。


「え? どういうこと? マイダーリン。なにがわかったの?」


「まだ戦闘は終わってない。モノフォビアの正体は、魔法で作られた魔法生物だ! だから、魔法を阻害する付与が与えられたアベルの矢を受けた瞬間消えたんだ」


 俺のその発言の後、俺の背後からとんでもない魔力の塊を感じた。俺が背後を振り返るとそこには、数10体のモノフォビアが立ち並んでいた。


「あ……こんなにたくさん……」


 アベルが絶望している。ボウガンの矢で倒せる相手ではあるが、矢の数に限りがある。ここは一旦引いた方が良さそうだが……


「無理ね。逃げ場がない。四方八方囲まれてるね」


 マリアンヌのその発言に俺もようやく状況を理解した。これだけの魔力の塊を同時に出したということは。モノフォビアを生み出した魔導士がこの近くにいる。そいつを見つけ出して叩かない限りは、この悪夢は終わらない。

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