第26話 対決! モノフォビア
マリアンヌの傷を回復魔法で癒した。終始、マリアンヌが気色悪い笑顔を浮かべて恍惚としていた。だが、そこには触れないようにした。別に回復魔法なんて気持ちいいものでもないのに。むしろ、この歳になると回復魔法よりもマッサージに通う方が癒しになると常々思う。
その後もマリアンヌは俺に怒られて反省したのか、モンスターと遭遇しても真面目に戦っていた。流石はCランクの冒険者だ。俺が手を下すまでもないのは助かる。
探索を続けていたらいつのまにか夜になった。アベルがキャンプを張ってくれたので、俺たちはそこで休息をとることにした。
「マリアンヌ。傷の具合は大丈夫か?」
俺は、一応マリアンヌに確認をとった。回復魔法をかけても傷の具合によっては、完治できずに傷口が広がることがある。安静にしていれば問題はないけれど、マリアンヌは戦闘で激しく動き回っている。
「あいたたた。お腹のあたりがいたいよー。マイダーリン。さすって」
「嘘つけ。そこは、怪我してなかっただろ」
「あは。バレた? マイダーリンにまた癒してもらおうかと思ったのに」
チッ、なんなんだこの女は。全く。
「なんでもないのなら早く寝ろ。明日も探索だからな」
「はーい」
全く。緊張感のない女だな。両親の仇ともうすぐ遭遇するかもしれないって時に。
俺たちは交代で見張りを立てて休憩することにした。
◇
薄暗い空間で少女のすすり泣く声が聞こえる。俺はその声の方向に歩いていった。俺の目の前にいたのは、俺の妹のレナだ。
「痛い……痛いよ」
「レナ! 待ってろ。今痛み止めの魔法をかけてやる」
俺がレナに近づくと、レナの顔から血が噴出した。目がドロっと腐った果物のように落ちて地面にボトっと落下する。
「レナ……!?」
ダメだ。俺の回復魔法では目を修復することはできない。どうすればいいんだ。
「お兄ちゃん……私の体崩れていく……助けて……」
レナの背後から無数の黒い手が伸びてくる。レナの肢体が手に掴まれて背後にずりずりと引きずり込まれていく。
俺はレナを追いかけようとする。しかし、足が動かない。手を必死に伸ばすが届かない。
「レナ! レナ! レナアァアァ!!」
俺は目を覚ました。息切れをしている。また悪夢か。最近、悪夢を見る機会が多いな。
俺の視界には俺の顔を覗き込んでいるマリアンヌがいた。そのマリアンヌはなにやら不機嫌そうな顔をしている。
「ちょっと、マイダーリン! レナって誰よ! 私以外の女の名前を寝言で言わないで!」
「うるせえ」
朝っぱらからやかましい。こっちが悪夢にうなされて精神的に疲弊している時に、そのウザ絡みは勘弁願いたい。
「え?」
「レナが誰だとかお前に関係あるのか?」
「マ、マイダーリン……?」
俺はマリアンヌに目もくれず起き上がり、自身の杖を持ってテントから出た。
「さあ、行くぞ。さっさとモノフォビアを倒して、依頼を終わらせるぞ」
「ちょ、ちょっとどうしたのマイダーリン」
朝から気分が悪い。過去一で最悪の悪夢を見た。ハッキリ言って今日ばかりはマリアンヌの妄言に付き合ってられない。
「もうなんなの……」
俺の背後でマリアンヌが呟いた。
外に出ると眩しい朝陽が俺の顔を照らした。アベルがボウガンの手入れをしていた。
「あ、リオンさんおはようございます」
「ああ。おはようアベル」
「リオンさん……大丈夫ですか?」
「なにがだ?」
「いや、さっき大声で……あ、いや。なんでもありません」
俺は起き上がる時に「レナ」と叫んでいた。それが外にいるアベルにも聞こえたのだろう。アベルは俺の過去を知っている。俺が妹のレナを傷つけて廃人に追い込んだことも。
「心配かけてすまない。アベル。でも、俺は大丈夫だ。ちょっと悪い夢を見ただけだ」
「それならいいんですが……リオンさん。なにかあったらちゃんと僕に頼って下さいね。僕じゃ役者不足かもしれませんが、リオンさんの精神的支えになりたいんです」
「俺のか……?」
俺はアベルの言葉を聞いてイマイチ、ピンとこなかった。
「だって、リオンさんは言ってたじゃないですか。精神までは回復魔法では治せないって。リオンさんがこのまま1人でなんでもかんでも抱えていたら、きっと心もその内壊れちゃうんじゃないかって」
「なんだ。俺のことを心配してくれているのか。ありがとうアベル」
悪夢ですり減った精神が少し回復した。少し冷静になって考えてみると、さっきはマリアンヌに酷いことを言ったかもしれない。後で謝ろう。
「あ……!」
アベルが俺の背後を指さした。なんだ?
「リオンさん……あれ!」
俺は背後をゆっくりと振り返った。すると、そこにいたのは巨大な人の形をした影だ。影は口元をニヤリと笑ったかと思ったら、鋭利な爪でテントをバサっと引き裂いた。
「マリアンヌ!」
しまった。迂闊だった。まさか、敵襲がくるとは思わなかった。まずい。テントの中のマリアンヌが攻撃を受けてしまった。
そう思った瞬間、テントの中からマリアンヌがヒュっと飛び出して来た。
「チッ。危ないったら」
マリアンヌは転がりながらも受け身をとり、無事にテントから脱出した。
「マリアンヌ! 怪我はないか!」
「ええ。ありがとう。マイダーリン。あたいは平気。それにしても……あたいの復讐対象が向こうからやってきてくれるとはね! その禍々しい殺気。気づくのが一瞬遅れていたら今頃、あたいの肉体は引き裂かれていたね」
マリアンヌは戦闘態勢を取った。軽やかなステップを踏み、距離をじわじわと詰める。
「見つけたぞモノフォビア! あたいの両親の仇をとらせてもらう! ついでにマイダーリンの可愛い寝顔を見ていたら、他の女の名前を呼ばれたこと。マイダーリンに嫌われそうになったこと。そのストレスもあんたにぶつけてやる! これは理不尽な乙女の一撃だ!」
マリアンヌが一瞬で距離を詰めて、モノフォビアに殴りかかった。マリアンヌの本気の一撃が炸裂する。バキィという鈍い音がする。
「やった!?」
「いや、まだだアベル」
打撃を受けたモノフォビアはニッコリと笑ってる。まるで意に介していない様子だ。そして、カウンターでモノフォビアがマリアンヌに殴りかかる。
「く……ミラズ!」
俺は補助魔法を唱えた。マリアンヌの体が青いオーラに包まれる。打撃を軽減させる補助魔法だ。
バリィンという音が聞こえた。そして、マリアンヌを纏っていたオーラが一瞬にして割られた。俺のミラズが意図も容易く割られるとは。攻撃力だけで言えばあのグリフォンを超えているぞ。
マリアンヌは咄嗟に距離をとり、モノフォビアから離れた。
「大丈夫か? マリアンヌ!」
「ええ。マイダーリン。マイダーリンのミラズのお陰でダメージを軽減できたよ」
モノフォビアは不気味にケタケタと笑っている。
「オ……オォォ! 我はモノフォビア。貴様ら人類を滅ぼすモノ。オォ! オォノォー!!」
「く……なにが、人類を滅ぼすモノだ! あたいの両親を殺しておいて! 許さん! ハアァアアァア!!」
マリアンヌが呼吸を変えると、彼女の両手が蒼いオーラに覆われた。そして、そのオーラは爪の形に形成されていく。
「フランム・クロー!」
蒼炎の闘士マリアンヌ。彼女がそう呼ばれているのは、この蒼い炎のオーラを纏った爪での攻撃が強力だからだ。
ただでさえ、打撃の威力が高いマリアンヌが爪での斬撃、刺突を見に付けることによって、より強い闘士へと成りあがる。
「モノフォビア! あんたを倒すために身に付けたこの技、受けてみな!」
マリアンヌは、爪を構えてモノフォビアに向かって駆けて行った。
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