第20話 上陸
この世にはこんな格言がある。「ヒーラーと絶対に喧嘩をするな」パーティ内のヒーラーと喧嘩したら、いざという時に回復してくれなくなる。だから、ヒーラーとは極力揉め事をしないようにしろ。という格言……これは、後世で歪められた意味だ。本当の意味じゃない。
この言葉が本当に意味するものとは……
「食らえ!」
「ぐぎゃああ!!」
俺の杖での打撃でまた海賊が骨折する。しかし、俺は攻撃と同時に回復魔法を海賊にかけていた。これで骨折は問題なく完治する。痛みはそのまま残して。
ヒーラーと絶対に喧嘩をするな。これが意味することは、最も残酷な拷問ができるのはヒーラーだからだ。攻撃、回復、攻撃、回復。痛みをそのままにやられたら、どんなに精神が屈強な者でも、精神が崩壊してしまう。
今の時代は、パーティを組んだりしたり、ロールという概念がある。ヒーラーは回復に専念して、攻撃能力を持たない者もいる。だが、昔は違った。昔は個人で戦う時代だった。だから、ヒーラーもある程度殴る手段を持っておく必要がある。だから、ヒーラーは敵とみなした相手を攻撃して回復すると言う無限殴りコンボを叩きこめる存在として恐れられていた。
時代が移り変わって、殴れるヒーラーが少なくなってきたことで、格言の意味も変わった。ヒーラーと喧嘩しても無限殴りコンボを食らうことなどなくなった時代。当然、言葉も変化し違う意味を持つようになる。
この海賊が最も不幸だったのは、この言葉の真の意味を知らなかったことだ。
「海賊さんよ。覚えておけ“ヒーラーと絶対に喧嘩をするな”。長生きしたかったらな!」
海賊を適度に懲らしめた後に、俺はロープで海賊たちを縛り上げた。もし、乗客や船員の誰かを殺していたら、海に投げ捨ててやろうかと思った。けれど、今回は死傷者なしということで、許してやろう。
◇
海賊に襲われる。マリアンヌがゲロを吐く。そういったハプニングがありながらも、船は港についた。船から降りようとする俺たちだが、船長が俺たちを呼び止めた。
「リオンさん、アベルさん。ありがとうございました。あなた達が勇敢に海賊と戦ってくれたお陰で、無事に航海することができました」
船長が深々と頭を下げた。
「そんな気にすることではない。凶悪犯罪者をギルドに引き渡せば、
俺の発言にアベルがニヤニヤとした視線を送る。「リオンさんは素直じゃないだから」とでも言いたそうな目はやめろ。
「リオンさんもそう言っていることですし、気にすることはないですよ。船長さん」
しつこくお礼を言う船長だったが、俺たちはなんとか船長を落ち着かせて、船から降りた。
「ぷはー! やったー! やっと陸上に降りられた。ねえ、マイダーリン! 地上ってやっぱり素晴らしいよね? フウウウウ!!」
マリアンヌが1人で勝手にはしゃいでいる。
「ねえ。マイダーリン。せっかく、港町についたんだから何か美味しいものでも食べようよ。ねえ!」
「1人で食ってろ。俺とアベルはこの外道たちをギルドに引き渡さなきゃいけないんだ」
俺はロープで後ろ手に縛った海賊たちを指さしてそう言った。
「えー。そんなやつら放っておけばいいじゃない。そんなことより、あたいといいこと。しよ?」
「こんな凶悪なやつらを放っておけるわけないだろうが……」
こいつ本当に冒険者か。凶悪犯罪者を放置するとか冒険者の倫理的にありえんぞ。
「だって、1人でレストラン行くの寂しいし」
「じゃあ、マリアお姉さん。私と一緒に食べない?」
丁度船から降りてきたアレサが俺たちの会話に入ってきた。
「男衆は男衆で行動して、私たち女子は一緒に美味しいものでも食べましょう」
「うーん……1人で食べるよりマシか。おっけー。それじゃあ一緒に女子2人でランチしよー!」
助かった。アレサ、グッジョブ。ゲロ女を引き取ってくれて助かった。
「それじゃあ、アベル行くぞ」
「はい」
俺とアベルはロープで海賊たちを連行しながら、この国のギルドを目指した。
◇
リンドウ帝国の冒険者ギルド。そこは、場末のバーのような雰囲気を醸し出している。要はヤバイやつらの溜まり場のような場所。そこにいる冒険者たちもガラが悪い連中が多い。
俺たちがこのギルドに足を踏み入れた瞬間、テーブルの上に座っていた冒険者らしき荒くれものが一斉にこちらを睨んでいる。見慣れない俺たちが急にやってきて警戒しているのだろうか。
「リオンさん。なんか僕たち歓迎されてないみたいですよ」
「冒険者ギルドっていうのは大体こんな感じだ。ブルムのギルドが大人しすぎるんだよ」
アベルはこの雰囲気にビビり散らかしている。ここは1つ安心させてやるか。
「大丈夫だ。アベル。もし、他の冒険者と揉め事になったとしても、俺ならこいつらを倒せる。俺の強さを知ってるだろ?」
「そ、そうですよね。でも、揉め事にならないのが1番いいです」
「あはは。それはそうだな。それじゃあ、受付に行くか」
俺たちが海賊を連行しようとすると、行く先に身の丈2メートルはありそうな大男が立ちふさがってきた。
「おい、テメェ。後ろで連行しているやつらはなんだ?」
俺を威圧するかのような低い声。俺にいい感情を持ってないことは確かだな。
「海賊だ。俺たちが捕まえた。こいつを引き渡して謝礼をもらいにきた」
俺がそう言うや否や大男は俺の胸倉をつかんで持ち上げた。なるほど。見かけ通りのパワーはあるわけだ。
「リオンさん!」
アベルが俺を心配して近づく。
「その海賊団ジェイフォックスはな! 俺が付け狙っていた賞金首なんだよ! 俺の獲物を横取りしやがって! 許さんぞ」
やれやれ。こういう輩はどこの世界にもいるもんだな。むしろ、こいつの方が海賊よりもタチが悪そうだ。
「冒険者の獲物は早い者勝ちだ。ツバをいくらつけようとも先に手をつけた奴のもんだ」
「んだと!」
大男が激昂した。俺を掴んでいる手と反対の手で俺を殴ろうとしてきた。
「ま、待て! ブラウ!」
大男の背後にいた、ガリガリにやせ細った男が大男を制止した。
「なんだ。止めてくれるな相棒!」
「ち、違うんだ。ブラウ。よく聞け。さっきのそこの茶髪のガキがこいつをリオンと呼んだ」
「な、なんだとぉ。それがどうした!」
「こいつの顔は見覚えがある。他人の空似かと思っていたけど、こいつは……あの伝説の冒険者。ハーヴェスト兄妹の兄の方なんだよ。俺たちが勝てる相手じゃねえ」
「な、なんだと!」
次の瞬間、ブラウと呼ばれた大男は俺を離した。空中でいきなり離された俺は床へと落された。全く乱暴な落とし方をしやがる。俺が受け身取れなかったら、怪我していたかもしれないぞ。
「こほこほ。あーあ。胸倉掴まれて痛かったな」
俺はわざとらしく咳をして見せた。すると、ブラウとその相棒は急に顔が青ざめてた。
「す、すまねえ。まさか、あのハーヴェスト兄妹の兄貴だとは思わなかったんだ」
ブラウは俺に謝り出した。さっきまでの威勢はどこに行ったのやら。
「謝り方が違うだろ。相手が俺だから謝るのか? お前のしたことは、相手が誰であれ許されることじゃないぞ」
「う……いきなり、胸倉掴んで喧嘩を売ってすみませんでした」
「過ちは誰にでもある。次からは気を付けるんだぞ」
ポカーンとした表情で成り行きを見ていたアベル。まあ、俺の正体を知らないアベルからしたら、意味不明な光景だろう。
俺は周りのガヤを気にすることなく、ギルドに海賊たちを引き渡した。
「さあ、アベル。この謝礼でなにか美味いものでも食いに行こうぜ」
「は、はい。あ、あの……リオンさん?」
「わかってる。アベル。お前は仲間だ。だから、そろそろ俺の過去を話してもいいかもな」
ここまで来たらもう隠し通すのは無理だろう。アベルにも俺の経歴を話す時が来た。俺が元Bランクのヒーラーで、プリーストの称号を持っていて、そして……妹を廃人にしてしまった最低の兄貴だということを。
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