第19話 海賊
ベッドに寝転んだ俺。心地よい波に揺られながら。俺は眠りに付こうとした。その時だった。
「海賊だー! 海賊が出たぞ!」
子供の叫び声が聞こえた。折角、眠ろうとしていたのに。海賊が出たとなれば、眠っているわけにはいかない。俺は杖を持って、立ち上がる。
「リオンさん! 海賊ですって」
アベルもボウガンを持って臨戦態勢を整えている。
「ああ」
海賊とやらもついていないな。冒険者が乗船しているこの船を襲うだなんて。
「うぇぷ……」
マリアンヌは相変わらず調子が悪そうだ。置いていこう。俺とアベルは個室から出る。乗客たちも海賊が出たという発言を聞いて、船内はパニックに陥っている。
「どこ! 海賊どこ?」
「に、逃げなきゃ。殺されるぞ」
「た、助けてくれー」
このままでは収まりがつかない。
「みんな! 聞いてくれ! 俺は冒険者だ。戦闘のプロだ。海賊は俺が倒す。だから、落ち着いてくれ。けが人がいたら名乗り出てくれ。俺は回復魔法が使える。いつでも治してやるぞ」
俺のその一声で、「おおお」という歓声が聞こえる。なんとかこの場を収拾させることができた。
「ところで、海賊はどこにいるんだ?」
俺は周囲を見渡した。今のところ、海賊らしき人物は見当たらない。どこにいるんだ?
「さあ?」
「そういえば、海賊の影も形も見てないね」
「でも、海賊が出たんだろ? そこの子供が言ってたぞ」
1人の老紳士が坊主頭の子供を指さした。子供は「やべ」と言い、俺から逃げ出した。ま、まさかこのガキ……
「てめえ! 嘘つきやがったな!」
俺は急いでガキを追いかけた。所詮相手は子供だ。大人の脚力と体力に勝てるわけがない。あっと言う間に追いつき、俺はガキを捕らえた。
「ひ、ひーん。許しておくれよ。船旅が退屈だったからつい」
「ったく……2度とするんじゃないぞ」
「はーい」
俺はガキに注意をして、その場を収めた。乗客たちに事情を話して、海賊がいないことを説明する。乗客たちは安心して、それぞれの個室へと戻っていった。
「結局、海賊はいなかったんですね」
「ああ。無駄な労力を使ってしまった。さあ、寝るか」
俺たちも自室へと戻り、ベッドに横たわり、眠ることにした。
心地良いまどろみの中、また不快な声が聞こえてきた。
「海賊だ! 海賊が出たぞ!」
またあのガキだ。懲りてねえな。寝よ。
「おい! みんな! 本当に海賊が出たんだってば! おーい!」
必死だな。クソガキ。誰も反応しないから早く黙れ。
俺はガキの声を子守唄代わりにそのまま就寝した。
◇
目が覚める。体を起き上がらせようと動かそうとするが、なんか体がギチギチと縛られているようでまるで動けない。なんだこれ?
「ふ、やっと目が覚めたようだな」
俺の目の前にサーベルを持った屈強な男がいた。なんだこいつ。
「リオンさん。おはようございます」
俺は声がする方向に目をやった。アベルが縛られている。
「アベル。どうした? お前縛られてるぞ」
「リオンさんも縛られてますよ」
アベルから指摘を受けて、俺は自身の体に目をやった。すると本当に縄で縛られて身動きが取れない状態になっていた。
「あれ? もしかして、海賊さんでいらっしゃいますか?」
「そうだよ! 間抜けが! 俺たちから逃げ出したガキが必死こいて危機を知らせてくれたのに、ノンキに眠ってやがってよぉ!」
屈強な男が10人ほど。なるほど。見るからに身体能力も筋肉量も魔力量も高そうだ。こいつら、冒険者になっていたらそこそこ大成していたであろう実力者だな。
「この船は完全に占拠した。俺たちの要求はただ1つ。金だ! 酒だ! 女だ! 男は全員海に投げ捨ててやる」
「へー。そうかい。でも、どうして俺が眠っている間に海に落とさなかったんだい?」
俺は海賊に問うた。すると海賊は高笑いを始める。俺はなにかおかしいことを言ったのだろうか。
「ふひ、ひひ! あははは! バカか。てめえは、そしたらなーんにも面白くないだろうが! 意識がある人間が生きたまま海に投げ捨てられる! その恐怖に引きつった顔! 無様な叫び声! それを肴にして飲む酒はさぞかし美味いことよ!」
あーあ。わかりやすいゲスだな。でも、ゲスでいてくれてありがとう。お陰で命を繋ぐことができた。
「やれやれ。残念だったな。俺が眠っている間に海を突き落とせば、お前らの勝ちだったのにな」
「なんだと……」
「ギド!」
俺は魔法を唱えた。するとロープがチリチリと燃え始めて消し炭となって消えた。ついでに隣にいたアベルの縄も解いておく。
「リオンさん助かりました」
俺とアベルは起き上がった。流石に杖とボウガンは没収されて武器はないけれど……まあ、なんとかなるだろ。
「チッ、貴様ら魔法使いか! だが、残念だったな。貴様らは2人。俺たちは10を超える大人数。数的有利はこちらにある」
頭数を揃えれば良いというものではない。戦いの基本は確かに数だが、量を上回る質というのは確かに存在するのだ。
「1つ質問いいか? 他の乗客はどこにいった?」
「くくく、自分が危ないって時に他の乗客の心配かい? 安心しな。手間を省くために貴様が起きたら、男やブスな女は全員海に放り込んでやろうって思ってたところだ」
「それを聞いて安心した……お前たちを殺さなくて済むからな」
もし、既に他の乗客を亡き者にしていたら、俺はこいつらを許さなかっただろう。尤も俺の半殺しがこいつらにとって幸福なことなのかどうかは別問題だが。
「威勢だけはいいな! お兄さんよぉ! かかれ!」
海賊の
杖があれば物理攻撃主体で戦えるけど、ないなら魔法攻撃主体で戦うしかないな。でも、杖がないと魔法攻撃の威力が半減するんだよな。そこが術アタッカーの辛いところだ。
「お兄さん!」
俺の背後から声がした。その声の方向に視線をやるとアレサがいた。そして、アレサは俺に向かって杖を投げた。俺はその上を片手でパシっとキャッチした。
「助かる」
「高いよ」
俺は杖を使って、海賊たちのサーベル攻撃を防いだ。攻撃を防がれた海賊たちは手が痺れたのか一瞬硬直する。俺はその隙を逃さなかった。
「やあ!」
俺の杖での打撃が海賊の顎にクリーンヒットする。流れるように次の海賊に攻撃していき、僅か3秒で海賊5人をノックアウトした。
「ひ、ひい。おかしら! こいつ強いよ!」
「怯むな! あの男は強い! もう1人の茶髪のガキを狙え」
まずい。アベルが狙われる。知能指数が低いモンスターが相手ならヘイトコントロールはなんとかできるが、やはり人間相手にはそうはいかないか。
「ギド!」
アベルが魔法を唱えた。すると、アベルの手から火の粉が放たれて、海賊たちに降りかかる。
「うわ、なんだこれ!」
魔力増強の装備を整えていないせいで、威力は小さい。だが、魔法として機能している。いつの間にこんな戦闘能力を身に付けていたんだ。
「ていや!」
怯んでいる隙に俺はアベルに襲い掛かろうとした海賊たちを殴打した。こいつらは素質はあるが、やはり戦闘に関しては素人だ。雑魚相手にイキってロクに戦闘技術を磨いていない。常に強敵と限界ギリギリの戦い。生死をかけた冒険をしている冒険者の敵ではない。
「お、お前ら……」
残るは海賊の頭ただ1人。こいつを倒せば全ては終わる。
「どうした? おかしらさんよ。部下に命令ばかりで、自分は戦わないのか?」
「あ、侮るな! うおおおお!」
海賊はやぶれかぶれになって、サーベルを俺に振りかざして来た。俺はその攻撃をかわして、海賊の脛を蹴り飛ばした。
「うが……」
海賊は蹴られた脛を抑えて、もう片方の足でジャンプしている。
「海賊さんよ。俺はこれから、お前たちを2度と悪さができないように懲らしめてやる。そして、俺は意地が悪いヒーラーだ。この意味がわかるか?」
俺は杖で海賊の腕を思いきり強打した。骨を折るつもりで全力での強打だ。
「あがぁ!」
「今ので骨は折れたか、砕けたか……まあいい。とても痛いだろ?」
「う、腕の骨が折れた。俺はもう戦えない助けてくれ」
「おいおい。そんなすぐに骨折の痛みが出るわけないだろ。特に戦闘中はアドレナリンが分泌されている。痛みには鈍いはずだ。本当に地獄の痛みが襲ってくるのはこの後だ」
俺は杖で軽く腕を突っついた。
「ひぎぃ!」
「今の動作で、お前の骨折を治した」
「へ?」
「でも、痛いだろ? 傷を治す回復魔法と痛みを緩和させる回復魔法は別だ。今やったのは傷を治しただけだ」
「というと?」
「お前はこれから痛みそのままで何度も何度も骨折するんだよ」
「い、嫌だ……や。やめてくれ! うぐやああ!!」
拷問じみた方法だ。だが、相手は海賊だ。俺たちを海に突き落とそうとした悪党。当然の報いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます