第21話 リオンの過去

 ギルドを後にした俺たちは、昼食をとるために近くの大衆食堂に向かった。食堂はそれなりに人はいたが、特に待たされることなく入れたので良かった。


 俺たちは席に座り、料理を注文した。料理が来るまでの間、俺はアベルに自分の過去を話すことにした。


「さて、アベル。少しだけ、俺の昔話に付き合ってくれないか?」


「はい。僕もリオンさんの過去が気になります」


「そう言ってもらえると嬉しい。さて、なにから話したものか……とりあえず、俺の本名から名乗らせてもらう。俺は、リオン・ハーヴェスト。妹のレナ・ハーヴェストとコンビを組んで活動していた冒険者だ」


「あの大男たちがハーヴェスト兄妹がどうのこうのって言ってましたよね?」


「ああ。俺の故郷。エニシ公国を拠点として活動していた。俺とレナ。2人共階級は、Bランク。特に俺は、優れた回復術士に与えられるプリーストの称号も持っていた」


「え、、えええ!! リオンさんってBランクの冒険者だったんですか! 通りで強いわけです」


 アベルが大声をあげて驚いている。それに反応してか、周囲の人たちも俺たちに視線をやる。アベル。声が大きいぞと、ジェスチャーで伝えると、アベルは小声で「すみません」と言った。


「とは言っても当時の俺は純粋なヒーラーだ。今みたいに殴りもできたり、壁として機能したりもしない。バフは当時から使えたけどな。要はアタッカーとタンクを兼任しているレナをサポートする役割をしていた」


「でも、Bランクのヒーラーって凄いじゃないですか。仲間のピンチを何度も救ってきたってことですよね?」


 仲間のピンチを何度も救ってきた。その言葉を聞いた瞬間、俺は後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


「リオンさん?」


 俺の様子がおかしいのかアベルは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「いや……逆だ。ヒーラーなんて役立たずの無能でいいんだ。ヒーラーが活躍する状況は最悪の時。仲間が傷つき、倒れそうになった時。俺は何の疑問も持たずに嬉々として仲間を回復させていた。ピンチになればなるほど、自分の活躍の場が増えて評価が上がり喜んでいた。所詮、俺は三流Bランクのヒーラーでしかなかったんだ」


 俺の手が震える。俺は凄い存在なんかじゃない。凄い存在であってはいけない。俺のランクが上がれば、上がっただけ、それだけ仲間が危険な状況に陥ったことの証明になる。俺から言わせれば、ヒーラーがパーティ内で最もランクが高いパーティは愚図だ。


「俺は所詮、全ての危険をタンクの妹に押し付けていただけにすぎない。レナが傷つく度に俺はレナを回復させていた。俺は嬉しかった。レナの傷を癒せて。ヒーラー目指した時から、俺は傷ついた仲間を支えることに喜びを覚えていた」


「立派な心掛けじゃないですか。やっぱり、ヒーラーは優しい人が多いんですね」


「優しい? ヒーラーが? 俺が? 逆だ。ヒーラーほど残酷なロールはない。仲間が傷つかなければ存在価値がない。仲間が傷ついて回復したことに喜びを覚える。これは、言い換えれば仲間が傷つかなければ喜びを覚えない人種だということだ」


 俺は、そのことにずっと気づかなかった。気づかなかったからこぞ、俺はレナを追い込んでしまったんだ。


「そ、そんなの屁理屈だと思います。現にヒーラーに救われている冒険者だっていっぱいいます」


「アベル……お前は、前線に立って戦っている者の気持ちを考えたことがあるのか? 肉弾戦に向かない後衛を守るために、我が身を盾にして戦う者の気持ちを」


「それは……僕はレンジャーですから。前線に立ちませんけど」


 そうだ。レンジャーはそれでいい。レンジャーは後方支援や戦闘以外でパーティを支える役割がある。レンジャーが機能しているからこそ、俺たち戦闘系のロールが戦闘に集中できるのだ。


「何度も何度も敵の攻撃に晒されて。傷は治るけど、体の痛みは受け続ける。体の痛みが精神を蝕み心の痛みになる。その治ることがない心の痛みがどんどん大きくなり、次第に爆発して精神を崩壊させる」


 アベルは黙っていた。何も言えることはないのだろう。アベルだって前線で戦っているタンクやアタッカーではない。彼らの苦労はしらないのだ。


「回復魔法がなければとっくに死んでいるほどの攻撃を受けている。でも、後方でチマチマと回復するやつがいるから死ねない。死ねないから、痛みがどんどん心身を蝕んでいく。その苦しみがわかるか?」


「それって……」


 アベルも察したようだ。それがどれだけ辛くて痛いことかを。だって、アベルは俺が海賊に対して行った拷問じみた行為を間近で見ている。骨を折って回復させての繰り返し。それの更に酷いバージョン。それを俺の妹、レナはずっと受け続けていた。俺が、無能な回復術士だったせいで……


「俺にはわからなかった。わからなかったんだ……この痛みを苦しみを。だから、レナの心が蝕まれていることに気づけなかった。気づけないまま、ずっと冒険を続けていた。そして、レナの心が壊れかけているのに気づいた時には手遅れだった。どんな回復魔法でも心の傷は癒せない。俺はただ、ゆっくりとレナの心が壊れていくのを見ていることしかできなかった」


 俺は拳を握りしめた。話せば話すほど自分の不甲斐なさに腹が立つ。


「だから、俺はただ後方で支援しているだけのヒーラーはやめることにした。前線で俺も戦い、仲間を守る。敵が攻撃をする隙すら与えず一瞬で倒す。最初から傷を負わなければ、レナのような犠牲者は生まれなくて済むんだ」


「それが今のリオンさんに繋がっていくわけなんですね」


「ああ。だが、1度決めたロールは変更することはできない。俺は仲間を回復させた実績を持たないヒーラーとして、どんどんランクを下げて行った。エニシ公国では、ハーヴェスト兄妹の名は地まで堕ちた。Fランクの無能ヒーラーのリオンと、敵に恐れおののき戦線離脱した臆病者のレナ」


「そんな。いくらなんでもそんな評価は酷すぎます」


「ああ。俺もその評価が許せなかった。俺のことはどうでもいい。だが、何も知らないやつがレナのことを臆病者だとか心が弱いやつだとか言うのが許せなかった。その耳障りな評判が嫌で俺はエニシ公国を去った。廃人となった妹を置いて」


「レナさんは今なにをしているんですか?」


「死んではいないはずだ。生きてもいないがな……ただ、ベッドの上で毎日を過ごしている。レナのフィアンセが面倒を見てくれてはいるが、レナは自力では何一つできない。食事も食べさせてもらわなければ摂れないし、トイレだって1人ではいけない」


 俺だって、本当はレナの近くにいたかった。廃人になった彼女を支えたかった。けれど、レナのフィアンセがそれを拒否した。「アンタがいるとレナに悪影響だ。2度とレナの前に現れるな」その言葉が今でも俺の脳裏に焼き付いている。


「俺はもう誰も傷つけさせたくない。だから、俺はヒーラーのロールを持ったまま、強くなった。敵を倒せるようになった。攻撃を防げるようになった。これが俺の過去だ。エニシ公国。俺はそこには戻れない。俺の帰りを望んでいない者が多すぎるんだ」


「でも、このリンドウ帝国ではリオンさんの名は轟いてますよね?」


「所詮、隣国の情報だ。凄い冒険者がいるらしいぞ。という噂は広まっても、その冒険者が落ちぶれた話までは入ってこないだろう」


「そういうものなんですね」


「まあ、つまんねえ話をしたな。アベル。折角、これから昼食を食おうって時に飯がまずくなる話しをしてすまなかった」


「いえ。僕はリオンさんの過去が聞けて良かったです。だって、リオンさんが強い理由もわからないのは不気味すぎましたし」


 不気味……なんか嫌な物言いだな。


「リオンさんの過去がわかって、リオンさんがどうして強いのかわかって……どういう人間かわかったお陰で、これからも上手く付き合っていけそうだと思いました」


「俺の人間性をわかった上で付き合うなんてお前も変わったやつだな。妹1人守れないダメな兄貴なのに」


「上手く言えないけど、リオンさんは世界中のどのヒーラーよりも優しくて純粋なんだと思います」


 俺が優しいか……俺は、ただ自分の贖罪しょくざいを果たしたいだけのつまらない男だ。

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