第17話 アレサの情報網

 俺たちはアレサの消息を追った。彼女とは知り合いではあるが、お互いにどこに住んでいるだとか、そういうのは知らない。アレサの商売の拠点はどこだろうか。あいつは行商っぽいし、拠点が不定っぽいんだよな。


 とにかく、まずはアレサの行方を探すための情報を集めないとな。


「アレサさんはどこに行ったんでしょうね」


「さあな。まだこの街から出てなければいいな」


 俺はアベルの言葉に適当に返した。この街から出たら、消息を追うのは困難だ。でも、アレサがまだこの街で商売しているというのなら、また会えるチャンスはある。


「とりあえず、市場に行ってみます? 同じ商人仲間の人ならアレサさんの行方がわかるかもしれませんし」


「ああ。そうだな」


 俺とアベルとマリアンヌは、市場に行くことにした。市場には露店が多く立ち並び、活気に溢れている。道行く通行人たちを商人が必死に呼び止めている。


「あの人に訊きますか?」


 アベルが1人の商人を手で指した。しかし、俺はあんまり乗り気がしなかった。


「いや、やめておこう」


「なんでですか?」


 アベルは頭に疑問符を浮かべている。


「あの商人が売っている品物に欲しいものがない」


「話を訊くのに関係あるんですか?」


「情報は商人にとって命だ。そう易々と他人に明け渡さない。情報を求めたら、なにか買っていけと言われるのが目に見えている。だから、できるだけ普段の買い物のついでに情報収集するのがいい」


「なるほど」


 アベルは納得したかのように頷いた。アベルもパーティをサポートする立場であるレンジャーだ。パーティの家計を支えるのや情報収集も彼の仕事である。今の情報を得たことで、アベルはまたレンジャーとして一人前に近づいただろう。


「流石! マイダーリン! 賢い! 旅慣れている!」


「マイダーリン……?」


 マリアンヌの突然の発言に俺は戸惑った。こいつは何を言ってるんだ。


「そう。あたいの将来の夫だから、マイダーリン。キャ、言っちゃった」


「あのなあ……」


「良かったですね。リオンさん」


 アベルが俺を突き放すかのような視線で見てきた。心なしか距離を取っているように見える。


「おい、アベル。俺を1人にするんじゃない」


「あはは。僕はお邪魔かと思いまして」


 変な気の使い方をするんじゃない! こんなファンキーな女と2人きりとか拷問もいいところだぞ!


「ねえ、マイダーリン。私、あのネックレス欲しい」


 アレサが露店に置かれているネックレスを指さした。青い宝石が散りばめられたネックレスだ。


「そうか。なら買えばいいじゃないか」


「もう、違うの。私はマイダーリンにプレゼントして欲しいの」


 マリアンヌが猫なで声でそう言って来た。俺の胸板に頭をすりすりと擦り付けてきた。うわあ。1発くらい殴りたい。


「なぜ俺が身銭を切らなければならない」


「もう。女心がわかってないなー。このこのー。自分で買ったら、思い入れもなにもないじゃない。愛するマイダーリンから貰ったプレゼントならいい思い出にもなるし、大切にしようって思えるじゃない」


「そうか。アベル。買ってやれ」


「嫌です」


 若干食い気味に拒否するアベル。うん。そうだよな。今のは俺が悪い。年下のアベルに押し付けていいことじゃないな。


「あはは。お兄さんモテるね」


 俺の背後から突然声が聞こえてきた。この声は聞き覚えがある。俺が振り返るとそこには黒髪で赤いリボンをしている商人が突っ立っていた。


「アレサ!」


「どうしたのお兄さん。こんなところに来て。買い出し?」


「いや……俺はアンタを探しにここまで来た」


「私を? ふーん。私に惚れて尻を追いかけに来たってわけじゃなさそうね。なにか訳ありなんだ」


「は? アンタ。寝言言わないでくれる? マイダーリンがアンタみたいなアバズレに惚れるわけないじゃない」


 マリアンヌがアレサに対して睨みを利かせる。おいおい。頼むから仲良くしてくれよ。


「あーごめんごめん。軽い冗談だから。お兄さんを取ったりしないから安心して」


 そこは流石のアレサも大人の対応をする。その言葉に安心したのか、マリアンヌはアレサから身を引いた。


「ここじゃ難だから、どこか座れる場所に行こうか。噴水広場にベンチがあったから、そこに行こう」


 アレサの提案で俺たちは移動した。噴水広場にはボールで遊んでいる子供や、ジョギングをしている爺さんがいる。俺たちはベンチに腰掛けて、話をすることにした。


「んで。お兄さん。私になにか頼み事があるんでしょ? お兄さんとはお友達料金で安くしておくよ」


「ああ。助かる。俺たちはあるモンスターを探しているんだ」


「モンスター? 生息情報が知りたいの? わかった。モンスターの名前を教えて」


「モノフォビア」


 マリアンヌが俺とアレサの会話に入ってきた。


「モノフォビア? 聞いたことない名前だね。えーと。お姉さん名前なんだっけ?」


「あたいはマリアンヌ。よろしくね。きゃは」


 さっきまでの敵意剥き出しの態度とは打って変わって、陽気に挨拶をするマリアンヌ。その変わり身の早さはなんなんだよ。


「マリアンヌさん。どうしてそのモンスターを探しているの?」


「モノフォビア。そいつは、あたいの両親を殺したモンスターだ。あたいはその復讐のためにモノフォビアを追っている」


「ふーん。そうなんだ。いいよ。モノフォビアの情報を探してあげる」


「アレサさん。モノフォビアは新種のモンスターでまだ情報が少ないんです」


「アベル君。私を誰だと思ってるの? 新種だろうが珍種だろうが探し当ててみせるよ」


 アレサは拳をギュっと握って気合十分をアピールした。


「モノフォビア。奴は、全長2メートル以上ある化け物だった。細長くて、全身が黒くて、影のように見えた。そして、爪はとても鋭利な刃物だった。あたいの両親はその爪で心臓を貫かれて、あたいは顔を引き裂かれた」


「細長い黒い影の化け物ねえ。わかった。私の独自の情報網を使って調べてあげる。なにか分かったら、ギルド経由で情報を伝えるね。じゃあね。バイバーイ」


 それだけ言うとアレサは去って行った。


「あの女信用できるのかな? マイダーリン」


「ああ。アレサの情報網は確かだ」

 

 隠していたはずの俺の経歴をあいつは知っていた。あのファンキージジイも知っていたけど、あいつはギルドの関係者だから知っていてもおかしくない。だけど、アレサは組織の力がなくても個人で情報収集できるなにかを持っている。



 数日後、俺たちはギルドの職員に呼び出された。


「マリアンヌ様。アレサ様より伝言を預かっております。『東の海を渡った先にあるリンドウ帝国、そこにモノフォビアの消息あり』だそうです」


「リンドウ帝国だと……」


「ん? マイダーリンどうしたの?」


 リンドウ帝国。その隣国にあるエニシ公国。そこが俺の故郷だ。わざわざ海を渡ってこの国に逃げてきたのに、まさかまた戻ることになるとは。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 リンドウ帝国にモノフォビアがいるなら大丈夫だ。隣国のエニシに移動さえしなければ、俺はあの国に戻らなくて済む。


「アレサさんの情報が正しければ、海を越える必要がありますね」


「ええ。あたいは船酔いするから、船旅は嫌だなあ」


「なら、留守番でもするか?」


「やだぁ~置いてかないでぇ~マイダーリン」


 甘えた声色で俺に迫ってくるマリアンヌ。正直、置いていきたい。


「情報料についてはギルドが立て替えておきました。マリアンヌ様。情報料をお支払いください」


「はーい」


 そこは素直に払うんだ。会ったばかりの俺にプレゼントをねだった癖に。


「あー。そうそう。ついでに、次に船便が来るのはいつか、教えてくれるかなー?」


「はい。次の船の出航は4日後です。船の乗船を申請しますか?」


「うん。もちー。よろしくー」


「かしこまりました。ギルド名義で申請しておきますね。では、船賃と手続き料をお支払いください」


「はーい」


 マリアンヌが俺らの分まで普通に払ってくれた。そこは普通に払ってくれるんだ。別にケチな性格とかそういうんじゃないんだな。

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