第13話 依頼達成
「ヒーラー……? あはは。傑作だね。戦闘能力を持たないヒーラーが私と戦おうって言うのかい!」
ガイノフォビアの爪が急に伸びた。そして、爪で俺に斬りかかろうとしてきた。
「回復する間もなく死ね!」
俺は杖を一振りし、ガイノフォビアの爪をへし折った。
「あぎゃ!」
爪をへし折られたガイノフォビアは、痛みで転がりまわる。彼女の指の爪は剥がれて指から出血している。
「バ、バカな。私の爪を折るだと……オーガの拳にも耐える硬度の私の爪を! 攻撃力の低いヒーラーが!」
「オーガか……そんな、たかがCランクのモンスターを引き合いに出されても全然響かんな」
「な、なんだと……」
「Cランク程度なら杖1本で倒せる」
俺はガイノフォビアに杖で追撃した。ゴギャァという鈍い音が聞こえる。俺は汚い返り血を浴びたが、俺の体に付いた血はそれだけだ。この戦闘で俺が受けた傷はほとんどない。
「うーむ。こいつはCランク上位からBランク下位の実力と言ったところか。グリフォンよりは弱いな」
俺は2度と動かなくなったガイノフォビアの死体を炎の魔法を使って燃やした。モンスターの死体とはいえ、放置していると疫病の原因になる。骨にして適切に処置しないとな。
後は……この意識を失っている茶髪の女か。とりあえず、意識を回復する魔法をかけてやるか。
「ん……ここは?」
女が目を覚ました。女は周囲をキョロキョロと見回している。
「大丈夫か? どこか、痛むところとかないか? 吐き気とか体の不調があったら言ってくれ」
「あ。だ、大丈夫です? あなたは?」
「通りすがりのヒーラーだ。アンタがここで倒れていたから介抱したまでだ」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます」
「礼ならいらん。ヒーラーとして当然のことをしたまでだ」
「あ、あれー? 私どうしてこんなところで眠っていたんだろう。それに変な夢を見ていた気がする。角と羽が生えた女に魔法をかけられた変な夢を」
それは多分、夢じゃないな。現実で起こったことを夢と勘違いしているんだろう。まあ、俺には関係のないことだ。
「じゃあ、俺は行くからな。気を付けて帰れよ」
「あ、あの……介抱してくれたお礼をさせてください」
「礼はいらんと言ったはずだぞ」
「私は、娼館のオーナーの娘です。父はそれなりにお金を持ってます。それなりのお礼はできると思うのですが」
「おいおい。なんだよ。それを早く言えよ」
まさか、娼館のオーナーの娘を助けることになるなんてな。これで、娼館のオーナーに恩を売ることができた。アレサとの取引に応じやすくなるだろう。アレサがここでの取引を終えてくれたら、俺たちもやっとこの村から帰れる。
◇
翌日、娼館のオーナーの娘を連れて、3度目の交渉にやってきた俺たち。娘からオーナーに事情を説明してくれた。オーナーは渋い顔をしながらも悩みに悩んでいる。
「う、うーむ……」
「ねえ。パパいいでしょ? この人たちは私の命と貞操の恩人なんだよ?」
「はあ……全く。仕方ないな。娘が世話になった以上こちらとしても弱い。取引しましょう」
オーナーのその言葉にアレサの顔がパァっと明るくなった。
「流石。オーナー殿。お目が高い。いやー。あなたなら、賢明な判断をしてくれると信じてましたよ」
こうして、アレサとオーナーがひとしきり、契約を交わしたところで俺たちは娼館を後にした。これで、もうこの村には用はない。
「いやー。お兄さんのお陰です。まさか、ルスコ村に巣食うモンスターを倒しただけでなく、娼館のオーナーの娘まで助けるとは。お兄さんを雇って正解でした! よ! ラッキーボーイ」
「俺はもうボーイなんて年齢じゃない」
「じゃあ、ラッキーガイ!」
「それなら良し」
「やっぱり、リオンさんは凄いです。1人でモンスターを倒せるだなんて。僕もリオンさんみたいに強くなりたいです」
アベルが俺を褒めたたえる。なんだか少しむず痒い感じがする。
「やめとけアベル。俺みたいになったら、万年Fランク確定だ。他のやつらの仕事を奪う冒険者なんて爪はじきにされるだけだ」
「大丈夫ですよ。僕はリオンさんとしか組みませんから」
「お、何ですか? アベル君はお兄さんにプロポーズしたんですか?」
アベルの発言をアレサが茶化す。なんだこいつ。俺とアベルは男同士だっつーの。
「それにしても、リオンさんが村の危機を救ったのに誰もなんのお礼も言わないなんて癪ですね。リオンさんのこの村にとって英雄的な存在なんですよ」
「仕方ないさ。村長がガイノフォビアの存在を認めなかった。公的にはガイノフォビアはこの村にはいなかったことになっている。当然、冒険者ギルドも知らぬ存ぜぬだ。被害を最小限に留めて討伐したからな」
「でも、リオンさんだって苦戦したんでしょ?」
「いや、全然」
アベルの発言を軽く流す。実際、不意打ちを食らったから一時的にピンチになったけれど、真正面から戦えばそんなに強い相手ではなかった。
「えー。話を聞く限りだと絶対強いですよ」
「まあ、グリフォンよりかは弱いな。あいつの爪もオーガのパワーじゃ折れない程度だ。俺のパワーなら問題なくへし折れる」
「それ、比較対象がおかしいですよ。一般的な冒険者ならオーガもソロで討伐できないくらい強いですし」
アベルは真面目にツッコミをしている。まあ、Cランク冒険者で組んだパーティなら、勝てるだろう。というレベルだ。その程度の相手は俺の敵じゃない。
「さあ、お兄さんのイキリムーブもそれくらいにして、そろそろ帰ろうか」
「ちょっと待て、アレサ。誰がイキリだ」
「あはは。帰還するまでが依頼ですから、きっちり私を守って下さいねお兄さん」
帰還するまでが依頼とは言うが、俺たちはもうヤバイ代物を売却したので問題なくパルム街道の表道を通れる。表街道にはモンスターが出ないように柵がついているから、俺たちの出る幕はもうないだろう。
それにしても、ガイノフォビアか。聞いたことがないモンスターだったな。恐らく新種だろう。ギルドに新種モンスター登録した方がいいだろうか。まあ、面倒だからいいや。また、現れたら誰かが登録してくれるだろう。
「あ、そうだ。リオンさん……僕、ガイノフォビアに関する僕の考察をしてもいいですか?」
「どうした。アベル。藪から棒に」
「その……僕、気になったんです。この村でどうして、女性恐怖症の名を冠するモンスターが現れたのかを。だって、女性が苦手な人ならこの村に来ないわけじゃないですか」
「ん? ああ。まあそうだな。確かに」
「リオンさんが僕に話してくれた話がありましたよね? ルスコ村の成り立ちについて」
「旅人の話か? それがどうした?」
「リオンさんの話では、旅人は若い娘と交わえると話して回ったと言ったじゃないですか。あれ、正確には“あの村に行くと若い娘に死にそうなくらい搾り取られるから気を付けろ”って言う警告だったんですって」
「なんだと……」
「ええ。リオンさんと別行動している時に情報収集したので……村のお年寄りたちが口を揃えて言っていたので多分間違いないかと」
俺の聞いていた伝承と違う。その言い回しでは、まるで旅人は女との交わりを拒絶していたみたいじゃないか。
「僕、思うんです。その旅人は、あの出来事が原因で女性恐怖症になったんじゃないかと。だから、周りにも警告した」
「けれど、周りは旅人の忠告を聞いて、若い娘を交わえると解釈して村に押し寄せることになったと」
「女性恐怖症に陥ってもおかしくない旅人と、ガイノフォビアと名乗るモンスター。この2つは決して無関係じゃないと思うんです」
「モンスターは人の恐怖心が具現化した姿……」
俺の呟きにアベルは「え?」と反応する。
「神話の時代の古い言い伝えだ。だから、モンスターと戦う時は恐怖に飲まれないようにしろという教訓。俺はそう教わった」
人の恐怖心がモンスターを生む……? そんなことがあるのか? なにか得体のしれないモヤモヤ感を抱えて、俺たちはパルム街道を抜けていった。
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