第12話 淫靡のガイノフォビア

 俺は客引きの男の後を付いていった。曲がりくねった裏路地を進んでいく。複雑な迷路のような入り組んでいる道だ。


 その奥に問題の店があった。寂れた雰囲気の店だ。看板が色あせている。


「さあ、イケメンの兄ちゃん。ウチの店でジャンジャン遊んでいってよ」


 俺は男に促されるまま、店に入って行った。店の雰囲気は薄暗くて、小汚い。どことなく、むせ返るような香りがする。しかも、店の奥から水音と共に情けない男の喘ぎ声が聞こえていて、この空間に長時間いると頭がおかしくなりそうだ。


「いらっしゃい。お客さん。どんな子をご所望ですか? 人妻系? ロリ系? それとも」


「ローブを着た女を探している。この店にいるのか?」


 俺は主人の言葉を遮り、自分の要件を伝える。


「ああ。カレンちゃんね。カレンちゃんは、お客様の対応中なんです」


「なんだと……」


 もし、カレンという女が、俺の追っているガイノフォビアとかいうモンスターだったのなら、その客の命が危ない。


「そのカレンは今どこにいる!」


「それは言えませんな。ほら、お客さんわかるでしょ?」


 言えない……つまり、法律に違反しているから言えないということだ。この店は飲み屋という形態をとっている。それなのに、性的行為をしていると風営法に引っかかるというやつだ。ということは、この店の奥か?


 俺は急いで店の奥に駆け寄った。


「あ、お客さん!」


 主人が呼び止める声を無視して、俺は店の奥にある扉を開けた。すると、そこにいたのは、角と羽と尻尾が生えた女とミイラになりかけている男だった。


「た、助けて……」


 男は俺に助けを求めるように、手を伸ばしてきた。


「その人から離れろ!」


 俺は持っている杖で、女に殴りかかった。すると、女は羽を使ってひょいと飛んだ。店の窓ガラスをぶち破り、外へと逃げ出していった。


「お客さん! あなたなにをして!」


 店の主人がガラスが割れる音を聞いて慌てて駆けつけてきた。そして、やせ細った男を見て、ギョっとした。


「な、こ、これは……」


「おい、アンタ。その人に栄養のある飲み物でも飲ませてやってくれ。今なら、まだ回復魔法の必要はない」


「お、お客さん。あなたは……」


「とあるモンスターを追っている冒険者だ。モンスターは女の姿をして男の精を吸い尽くす」


「そ、そんなモンスター聞いたことがない」


「ああ。村長が情報統制をしたからな」


 俺は思いきりジャンプして、窓に手をかけた。窓のサッシの部分にガラスの破片が飛び散っていて、俺はそこで指を切った。だが、これくらいの痛みで怯むほど柔な鍛え方はしていない。俺は、そのまま窓を登り、ガイノフォビアが飛び出た穴を通って、外の出た。


 その時にガラスの破片が俺の皮膚を傷つけた。痛みはそこそこでだが、傷ができて血が噴出している。これから戦いになるのかもしれないのに、出血していると不利になる。俺は自身に回復魔法をかけて、傷を癒した。


 俺は裏路地を進んでいく。相手は飛べるモンスターだ。もう俺の手の届く範囲にいないのかもしれない。だが、飛行型モンスターでも無制限に飛べるというわけではない。飛行に特化した鳥系のモンスターならともかく、人型に羽が生えたモンスターは、飛行に適したフォルムをしてない。そのため、飛ぶのにも体力を使うし、速く飛ぶことができない。要は飛べるけれど非効率ってやつだ。


 自身を追うハンターがいる状態で体力効率の悪い飛行をするのは悪手だ。野性の世界では、逃げる者は持久力で勝負すると相場は決まっている。


 だとしたら、ガイノフォビアは走って逃げているはずだ。どこだ。どこにいる。


 俺は周囲を見回しながら走った。すると、目の前にローブを着た女を発見した。


「貴様がガイノフォビアか!」


 俺は杖を構えた。この暗闇の中でもわかる。ローブから覗かせる顔がニヤリと笑っていることを。恐らく十中八九、ガイノフォビアと呼ばれるモンスターだ。だが、違う可能性も残されている。いきなり殴りかかって、一般人でしたは流石にまずい。傷は俺の回復魔法で治せるけれど、痛みを与えてしまった事実は消えない。なら、安全に確かめるまでだ。


「バインド!」


 俺は拘束魔法を唱えて、女の体が拘束した。女は大の字になり、動けなくなった。女は抵抗の意思を見せずにぐったりとしている。諦めたのか? 俺は、女に近づき、そのローブを剥いだ。そのローブを着た女の正体は角の生えていない茶髪の女だった。


「な!」


 別人か! じゃあガイノフォビアは……そう思った次の瞬間、俺の体がなにかヌルヌルとしたものに拘束された。


 手足を縛られ、首周りも絞められて身動きが取れなくなる。これは触手か?


「うぐ……」


 かろうじて息はできる。だが、喋るほどの余裕がない。当然、魔法を唱えることもできない。


「お兄さん。ダメじゃない。女の子のローブを剥いじゃあ」


 俺の背後から声が聞こえてきた。振り返ろうとしても、俺は触手に拘束されて身動き1つ取れない。そんな俺に姿を見せるかのように、角と翼と尻尾が生えた女が前に出てきた。こいつは間違いない。ガイノフォビアだ。


 俺はこの瞬間理解した。このローブの女は囮だ。道行く女の意識を奪って、ローブを着せて、俺の気を引こうとしたんだ。くそ、迂闊だった。


「ふふふ。私を追いかけて来るほど情熱的なお兄さんは好きだけど、物騒なお兄さんはそうでもないの」


 ガイノフォビアは唇に人差し指を当てる。そして、そのまま投げキッスを俺に向かってしてきた。


「さて、お兄さんの精は……」


 ガイノフォビアが拘束されている俺の胸板に指を這わせる。


「うげ! なにこの魔力の量。凄まじい量ね。しかも、禍々しく刺々しい魔力を持っている。危なかった。こんなの吸収したら、私の体が引き裂かれちゃう」


 俺はかなり異質な魔力を持っている。それは、本来なら決して同時に習得する者はいないであろう魔法を同時に習得しているせいだ。系統の違う魔法をいくつも身に宿していることで、他人とは相容れない魔力を持つようになったのだ。


「全く。人間にこんな化け物がいたなんてね。魔力の量だけなら好みだけど、質が全然ダメ。まるで、味は美味しいけれど、毒がある魚みたい」


 触手がキリキリと俺の体を絞めてきた。先程までは辛うじて呼吸ができていたのに、首を絞められたせいで息苦しくなる。


「精を吸えないのなら、お兄さんに用はないわあ。このまま私の触手で絞殺してあげる」


 手足が使えない。魔法も唱えられない。なるほど。ピンチだな……だが、俺は運が良かったようだ。


 俺が拘束していた茶髪の女が動き出す。そして、その辺に転がっていたデカイ石を拾い、背後からガイノフォビアの頭部に思いきり殴打した。


「ぶぼへ!」


 不意打ちを食らったガイノフォビアはそのままぶっ倒れてしまった。それと同時に触手が魔力を失い、へなへなと萎びてしまった。萎えた触手に拘束する力もなく、俺は拘束から抜け出すことができた。


「な、なにが起きた……喉を圧迫しているから魔法は使えないはず」


「ぜーはー……ぜーはー……」


 俺は呼吸を整えた。先程まで首を絞められていてとても苦しかったからな。


「ああ。確かに新たに魔法を唱えることはできなかった。だが、既に唱えてある魔法なら操ることができる。俺はバインドで拘束した女を操ったのだ」


 もし、俺が茶髪の女をバインドしてなかったら。もし、バインドを解いてしまっていたら、俺は間違いなくここで死んでいただろう。そう思うとひやっとする。日頃の行いが良かったのだろう。


「な、なんだと! バインドで拘束した相手を更に操るなど、高等なバッファーにしかできないはず。貴様、バッファーか! いや、仲間と組むことで真価を発揮するバッファーが1人で私を追うわけがない」


「残念ハズレ。もっと仲間と組むのが必要不可欠とされている人でした」


「な、なに?」


「俺はヒーラーさ。万年Fランクの無能なね」

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