第11話 ガイノフォビアの痕跡を探せ
「さてと……お兄さんどうしますか?」
「俺の依頼はアレサを護衛すること。それだけだ。ガイノフォビアがアレサに危害を加えると言うのなら、俺は全力でガイノフォビアを叩く。だけど、そうでないなら俺は必要以上に関与しない。この村の人間が勝手に解決すべき問題だ」
「リオンさん。いくらなんでもそれは冷たいんじゃないですか?」
「俺は村長に報告はした。それを受け入れなかった村長が悪い。俺は悪くないさ」
「お兄さんってさ……口では色々言っているけれど、本当は優しいんだよね」
アレサが知った風な口を俺に聞いてきた。なんだこの女は。
「パルム街道で出会った女の子がいたでしょ? お兄さん、別れ際に女の子に魔法かけていなかった?」
「チッ」
俺は舌打ちをした。この女相当目ざといな。商人の目ってやつか?
「え? どういうことですか?」
「私は魔法に詳しくないから知らないけれど、お兄さんは回復魔法やバフ魔法など色々使えるんでしょ? あの状況で女の子にかける魔法と言ったら、バフとかその辺りでしょ? モンスターに襲われても大丈夫なように」
こいつの察しの通り、俺はあの女にホトロという魔法をかけた。この魔法はモンスター除けの結界のようなもので、魔力を持たなくて非力な人間の気配を隠すことができる。あの女はどう見ても戦う力を持っていなかった。だから、自分からモンスターの目の前に飛び出るなんて阿呆なことをしない限りは、モンスターに気づかれることはなく街道を抜けられる。
「だから、お兄さんは今回のガイノフォビアの一件もなんやかんやで解決しちゃうんじゃないかなって思うんだよねー」
「バカか。俺は冒険者だ。依頼人のことを最優先する。アレサが今すぐ、この街を去ると言うのなら、俺はそれに着いていく。この村のことを放置してな」
「あの……リオンさん。すみませんでした」
アベルが深々と俺に向かって頭を下げてきた。
「どうしたアベル。俺、お前に謝られるようなことをされたか?」
「その。昨日の街道での一見、僕はリオンさんのことを冷たい人だと思ってしまいました。仕事のために非力な少女を見捨てるようなことをしたと思って。でも、違ったんですね」
「別にアベルが謝るようなことではないな。俺は俺がやりたいようにやっただけだ。むしろ、依頼達成のために不要な魔力を割いた時点で俺は冒険者として失格だ。いざという時、依頼人を守るための魔力が尽きる可能性だってあったからな」
「リオンさん! 一緒にガイノフォビアを倒しましょう!」
アベルが両手をギュっと握りしめて、キラキラとした視線を俺に向ける。
「待て、なんでそうなる」
「アレサさん。今日もこの村に泊まりますよね?」
「どうかな。あの娼館のオーナーが首を縦に振ってくれれば、私はこの村に用はないんだけどね。女が滞在しても面白い村でもないし」
「いえ。無理矢理にでも泊めっていただきます!」
「あのねえ。宿泊代出すの誰だと思ってるの?」
基本的に依頼主と冒険者が共に行動する場合は、諸経費を依頼主が負担するのが通例となっている。今回の場合は、宿泊にかかる費用や交通費などはアレサが負担することになる。
「僕の報酬から差し引いてもいいですから!」
「アベル君。キミはどうして、そんなにガイノフォビアを倒したいの」
「だって、そうしないとこの村に被害が及ぶじゃないですか! そんなの見過ごせませんよ!」
やっぱり、アベルは正義感が強いな。俺は、若者らしくていいと思う。
「私としては、女を金で買って好き放題弄ぶ男なんてガイノフォビアに吸われてしまえばいいって思ってるけど」
堂々と言い切った。そりゃあ、個人の思想は自由だけれど、仮にも人の生死がかかっていることをこの女は謹慎することなく言った。
「僕は例え相手がどんな悪人でも死んで欲しいなんて思いません」
「へえー。どんな悪人でも……ね。それが例え家族を殺した相手にも同じセリフを言えるかな?」
アレサの表情が変わった。商売人らしく常にニコニコヘラヘラと笑っているアレサだが、今の表情はとても暗くて、闇に満ちている。
「アレサさん……?」
「なーんて。ただの例え話だよ? 本気にしないで」
アレサはすぐに元の表情に戻った。正直言ってこの女とは出会ったばかりだし、俺はアレサのことはあまり知らない。興味もない。ただ、この女が闇を抱えてそうだなとさっきの所作で感じ取った。
「さ、私は仕事仕事。今日も娼館に行って、オーナーと交渉してくるんだから。さ、お兄さんもアベル君も行くよ。護衛が依頼主の傍を離れちゃいけないでしょ?」
こうして、俺たちはまたも娼館に行くことになった。
◇
「だぁー。あのフィガロとか言うオーナー。本当に頭硬いんだから」
アレサが酒場で葡萄ジュースを飲みながら荒れている。
「アレサさん。確か、他にも営業先があるって言ってましたよね? そこにはいかないんですか?」
「んあ? んなものあるわけないじゃない。アベル君。あんなのはただのハッタリよハッタリ。こんなヤバイ薬を色んなところに営業かけられるわけないじゃない。営業先が多ければ多い程、リスクが高まるだけ。だから、一番金持ってそうな娼館に絞って営業しているんでしょうが」
口調があからさまに荒くなっている。この女。酔っているのか? たかが葡萄ジュースだぞ。マスターが葡萄酒と間違えたんじゃないだろうな。
アベルがアレサを宥めようとしているが、俺は我関せず、ツマミのシシャモを黙々と食べる。子持ちシシャモうめえ。超うめえ。この村に来て最初に食った女がシシャモとかウケるな。
「さてと。そろそろ日が暮れて来るころか。アベル。アレサを頼んだぞ」
俺はガタっと席を立った。
「え? リオンさんどこに行くんですか?」
「ん。ちょっと見回り。今夜もやつが出るかもしれないからな」
「ちょっとぉ~。お兄さん。私の護衛忘れてんじゃないでしょうね。折角、私の両手にバラの花が咲いているのに、お兄さんが私の傍から離れたら、逆ハーが崩れちゃうでしょうが」
なに言ってんだこの女は……
「というわけで、アベル。頼んだぞ」
「はい。任せてください」
「あぁ~私の逆ハーが遠のいていく~」
完全に意味不明な思考に陥っているアレサを置いて、俺は酒場を後にした。勘定は、
日も暮れて暗くなってきた頃、俺は裏路地を歩いていた。もちろん、戦えるように武器である杖を持っている。
「ちょいとそこの兄ちゃん。ウチの店。可愛い子が揃ってるよ」
前歯がない男が俺に話しかけてきた。タチの悪い客引きだ。こういう手合いは無視するのが一番だ。
「おい、兄ちゃん。無視するこたあねえだろ。本当にかわいい子がいるんだって。兄ちゃんイケメンだから安くしておくよ」
「顔は関係ないだろ。顔は」
思わず突っ込んでしまった。相手にしないと決めていたのに。
「いやー。ほら、ぶっちゃけるとブサイクな客ってしつこいやつが多いのよ。でも、イケメンはそこまで女に執着しないからさ、ねちっこくないし、女の子の負担も少なくなる。だから、安くしてるわけ。ね? 格好いい兄ちゃん。ウチの店寄っていくだろ?」
どうせ怪しい客引きについていったらぼったくられるに決まっている。俺は、そんなことを知らない世間知らずではない。
「ああ。残念だなあ。折角今日新しい美人が入ったと言うのに」
前歯なし男がなんか言い始めた。無視しとこ。
「ローブから覗く唇がセクシーな美女なのになー」
俺はその言葉を聞いて立ち止まった。
「お前、今なんて言った?」
ローブから覗く唇がぷっくりとしていてセクシー。ガイノフォビアに搾られた男の証言だ。もしかして、こいつが雇っている女は……
「お、兄ちゃん。唇フェチかい? なんだあ。それならそうと早く言ってくれよ。ささ、案内するぜ」
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