第10話 ルスコ村の暗部

 男から話を聞き終えた俺は、アレサと共に宿に戻りアベルと合流することにした。宿屋の入り口にはアベルがいて不貞腐れたかのように、座り込んでいる。アベルの周囲には俺の荷物が置いてあった。


「あ、リオンさん! どこ行ってたんですか! 酷いじゃないですか僕に黙って外出するなんて」


 俺に気づいたアベルが抗議の目をこちらに向ける。


「悪い悪い。ちょっと急患がいてな。回復魔法で人助けをしてたんだ」


「え? そうだったんですか? 人助けなら仕方ないですね」


 アベルは納得してくれたようだ。物分かりのいい子で助かる。


「宿屋の清算は済ませておきましたよ。主人のさっさと出ていけオーラが凄かったですからね」


「ありがとう助かった」


 アベルは俺の荷物をこちらに手渡してくれた。


「リオンさんの荷物です。大丈夫だと思いますけど、一応忘れ物がないか確認して下さい」


「ああ、悪いな」


 俺は自身の荷物を確認した。俺が持ってきた旅に必要なものは全て確認できた。忘れ物はないようだ。


「うん。大丈夫だな。ありがとうアベル」


「これくらいパーティをサポートするレンジャーとして当然のことです」


「ふふ。お兄さんとアベル君はいいコンビですね。年上のはずのお兄さんが世話焼かれていて面白いです」


 アレサが俺を揶揄からかうようにケタケタと笑っている。この女は本当に人の神経を逆なでするのが上手いな。大体にして、元はと言えば、こいつに連れ出されたせいで俺はアベルを置いていく形になったんだ。少しは自責の念を感じて欲しいところだ。


「さて、アベルにも情報を共有しておこうか。この村にモンスターが巣食っていることを」


「ええ! モンスターですか!?」


 俺は助けた男から聞いた情報をアベルに伝えた。夜鷹に紛れている女性型のモンスターがいること、そのモンスターと肌を重ねると生気を吸われてしまうこと。


「恐ろしいモンスターがいたもんですね。でも、リオンさんなら一撃で倒せますよね?」


「あのなあ。俺は相手の顔を知らないんだ。その辺の女を殴って人違いでした。ごめんなさいで済む話じゃない」


 相手の正体を掴めている状態なら警戒のしようがある。けれど、俺らは相手の顔を知らない。だから、俺たちに出来る対策は不用意に女の誘いにホイホイ乗らないことだった。


「まあ、純朴なアベル君は大丈夫そうだね。お兄さんは気を付けてくださいよ。女遊びはこの事件が解決してからにして下さい」


「あのなあ……」


 別に俺は女も女遊びも嫌いじゃないけれど、流石に理性は働く方だ。素性の知らない女と一夜を共にするつもりはない。尤も身元がハッキリとしている娼館の高級娼妓なら話は別だけど。


「アベル。俺たちは今から村役場に行く。そして、このことを村全体に伝えてもらわなければならない。そうしないと、また新たな被害者が出るかもしれないからな」


「そうですね。僕も付いていきます」


 俺、アベル、アレサの3人は、村役場へと向かった。娼館とは別の通りにある大きな建物。この村で2番目に大きい建物だ。1番はもちろん昨日行った娼館だけど。


 村役場に行くと、既に人が沢山いた。8割方が派手な恰好をした女性で、2割ほどがガタイのいい男性だ。いずれも若い世代が多い。朝早い時間にこんなに混むなんてこの村も大変だな。


「ねえ。アレサさん。どうして、役場はこんなに混んでいるんですか?」


「彼らは雇用関係のアレでここに来ているんだよ。女性の方は娼館に働く娼妓として認めてもらえるように申請するために。男性も娼館のボーイや警備員として働き口を探している人が多いね」


「そうなんですか」


「特に女性の方は必死だろうね。公に認められた娼妓とそうでないモグリとじゃ後ろ盾も待遇も給与面も変わってくるからね」


 アレサは顔色1つ変えずに機械的に解説をした。普通女であるアレサはこの手の話題は嫌がりそうだが、ケロっとしている。逆に男のアベルの方が彼女たちに対して憐れみの視線を送っている。


「さあ、そんなことはいいからさっさと受付に行こう。時は金なり。待ち時間ほど無駄なものはないよ」


 アレサにつっつかれて、俺は受付の中年女性の前に立った。


「村長に会いたい。大事な話がある」


「どちら様でしょうか?」


「冒険者のリオンだ。ロールはヒーラー。ランクはF。冒険者証が必要なら出すぞ」


「いえ。いりません。村長はお忙しいので、貴方のような低ランクの冒険者にはお会いにならないかと」


 手厳しい返しだな。俺もFランクにしては歳が取りすぎている。完全に無能なやつがどうでもいい話を持ってきたと思われているかもしれない。


「ああ。おばさん。ちょっといい?」


 アレサが、俺を押しのけて受付の中年女性の耳になにか囁いている。みるみる内に女性の顔色が変わり目を丸くして驚いている。


「ひ、ひい。すぐに確認します」


 女性は奥へと進み、なにやら資料を取り出して、パラパラとめくり始めた。すると急いでこちらに向かって来て、頭を思いきり下げた。


「も、申し訳ありませんでした。すぐに村長にお伝えします」


 それだけ言うと女性は、血相を変えて急いで奥へと進んでいった。


「なあ。アレサ。お前、一体何を言ったんだ?」


「別にー。ただ、お兄さんの経歴をちょっと教えてあげただけだよ」


 アレサは流し目でこちらを見て、悪戯っぽく笑った。いや、笑いごとじゃない。こっちは、過去をできるだけ隠して生きていきたいのに。


「え? リオンさんの過去ですか? そう言えば、僕はリオンさんのことについてなにも知りません。アレサさんは何か知っているんですか?」


 アベルが興味を示した。だが、俺はアレサに余計なことを言うなと視線で送る。


「アベル君に教えたら、私がお兄さんに殺されかねないから内緒ね」


「えー」


 アベルはガッカリしたように肩を落とした。これ以上余計な詮索をしなさそうで助かった。物分かりの良い子は嫌いじゃない。


 役場の奥から、スッカスカの白髪のスキッ歯の老人が現れた。


「お待たせしました。私が村長です。さあ、こちらの応接室へどうぞ」


 俺たちは案内されるがまま村長の応接室へと連れられた。応接室は田舎の村には似つかわしくない高級な机や椅子が設置されている。絨毯は動物の毛皮。壁にはグリフォンの頭部のはく製が飾られていた。街を破壊させるBランクのグリフォンの頭部のはく製はかなりの値段がするだろう。


 それだけ、この村が……否、村長が儲けているということだ。


「さて、リオン殿とそのお連れのお方。わたくしめにどんな御用ですかな?」


「村長。今朝見つかったミイラ化した男性のことは知っているか?」


「ええ。既に伝え聞いております。大方遊びすぎて干からびたのでしょう。全く、お金を落すのはいいですが、節度は守って欲しいところですな」


「あれはモンスターの仕業だ」


 俺がその言葉を発すると村長が固まった。そして、一瞬の静寂の後に、村長が口を開く。


「はて、私は最近耳が遠くて。リオン殿が何を言ったのか聞こえませんでした。そして、これからも聞こえることはないでしょう」


「な、なんですかそれは!」


 アベルが抗議するかのように立ち上がった。村の一大事にこの村長は知らぬ存ぜぬを通すつもりなのだ。正義感の強いアベルはそれが許せないのだろう。


「落ち着けアベル。話を続けるぞ。モンスターは女性に擬態している。そして、夜鷹に紛れて男性を襲って生気を吸い取っているのだ」


「どうせ淫らな夢でも見ただけでしょう。ここの警備は頑丈だ。リオン殿も見たでしょう? この村に入るには、あの厳重な正門を通らなければならない。モンスターが村に入る余地などないのですよ」


 村長はあくまでもシラを切るつもりだ。


「お兄さん。お兄さん」


 俺の隣に座っていたアレサが俺に小声で話しかけてきた。


「村長さんはモンスターが入ったって認めないと思いますよ。だって、村長さんは莫大な税を村民から徴収してますから。その内訳は絶対に破られることがない安全な外壁。だけど、外壁の素材は安価で脆いもの。つまり、その外壁をすり抜けて入ってくるモンスターがいたら、重税が無意味ということになります。そしたら、村長の税の使い道に注目が集まり、不正利用がバレてしまいますからね。だから、村長はモンスターが入り込んでいないということにしないといけないのです」


 なんとも腐った話だ。外壁を造り上げる名目で徴税し、それが偽りだとバレるのを発覚するためにモンスターの存在を認めない。こんなやつが村長をやっているのか。この村は。


「村長。相手は売春をする女性に化けて人に襲う。だから、娼婦全員に通達してくれ。しばらくの間、活動を自粛するようにと」


 男を誘う女がいなくなれば、今回のような事件は防げる。そう思って俺はそう提案した。しかし、この村長は――


「はっはっは。御冗談を。彼女たちにも生活というものがあります。そう簡単に自粛要請はできんでしょ」


「お兄さん。お兄さん」


 またもや隣にいるアレサが俺に話しかけてきた。


「多分村長さん自粛要請は絶対しないと思います。この村は娼婦たちの稼ぐお金で成り立っているものですからね。彼女たちが所得税を納めないと村長さんが豪遊できなくなります。まあ、村長が交際費という名目で遊びまわっているお金をカットすれば、娼婦たちの生活保障も出来るのでしょうが、この村長はまずやりませんね」


 なんなんだ。この村長は。人の命がかかっているのに。


「さあ、リオン殿。お話は済みましたか? 私は忙しいのでそろそろ失礼したいのですよ」


「ん? ああ。もういい。貴様と話しても無駄だと言うことがわかった」


 俺たちはもやもやとした気持ちのまま村役場を後にした。

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