第8話 干からびたミイラ
朝を迎えた。欲望が渦巻く村に似つかわしくない爽やかな朝。気持ちよく目覚めたところで、俺はアベルを起こさないように部屋の外に出て洗面所へと向かった。
なんだか外がざわついている気がする。どうせ、どこかの変態がしょうもないプレイでもしてるんだろ。と思って気にも留めてなかった。部屋に戻ってアベルが起きるのを待つかと思ったその時だった。
バァン! と宿屋の扉が開く音が聞こえた。
「リオンお兄さん! 良かった。起きてたんですね。早くこっちに来てください。さあ早く!」
アレサが俺の腕をがっしりと掴む。それなりにでかいアレサの胸が俺の腕に当たる。しかし、アレサはそんなことを気にすることはなく、俺の腕を強く引っ張る。
「あ、おい。なんなんだよ」
俺はアレサに連れられるまま外に出た。宿屋の外に出て、裏路地へと連れられる。この手の村の裏路地はどうせロクな人間が集まりはしない。そんなところに一体なんの用があって俺を連れてくんだ? こんなところに朝っぱらからいるやつはタチの悪い酔っ払いと相場が決まっている。できるだけ関わり合いたくない連中だ。
アレサが引っ張って行く方向に人だかりができていた。野次馬はなにやらブツクサと話している。会話内容は聞き取れない。
「さあ、みんな。どいたどいた」
アレサが野次馬の間を引き裂いてどんどん前へと進んでいく。無遠慮に前に出るアレサと俺を野次馬は恨めしそうに睨んでいる。やめてくれ。この女が勝手にやったことだ。俺は関係ない。
やがて、野次馬の最前列にやってきた俺。そこで目にしたものはとんでもないものだった。
「お、おい……なんだよこれ。これ……人間なのか?」
「ええ。目と耳が2あって、鼻と口が1つある。紛れもない人間ね。ただ、下半身を露出しているという点ではサルと言っても差し支えないけど」
俺の視界に入っていたのは、ミイラのようにカラッカラに干からびた人間だった。筋肉や脂肪がほとんど消失していて、骨と皮くらいしか残っていない。ブカブカのサイズの服を着ていて、目もギョロっとしている。上半身を見るだけでは男か女か判断はつかないだろう。ただ、下半身にはなにも身に付けていないお陰でこいつが男だって言うのは理解できた。アレのサイズは子供のように小さい。元からこんなサイズなのか、体全体がしぼんだ影響なのかは知らない。
「お兄さんの回復魔法でちゃっちゃと治してよ」
「ああ。治せるかどうかはわからないがやってみよう」
俺もかつては優れた
このミイラになった彼がまだ生きているのかどうかわからない。ただ、俺は所詮プリーストと呼ばれる回復術士の中では下位に位置するので、死後から6時間以上経った死体を蘇生させることができない。プリーストの中でも最上位に位置する《ハイプリースト》なら、灰になった人物でも問題なく蘇生できるようだが。
俺はまずミイラとなった彼の状態を確認した。もし、この死体が死後6時間経過した死体なら、俺の力では到底治せない。まずは生きているかどうかの確認だ。俺はミイラの脈を確認した……わずかだが、ドクン、ドクンという音が伝わってくる。良かった。生きている。
だが、状況は芳しくない。回復魔法とはいえ、魔法なのだ。体にある程度の負担はかかる。この衰弱している彼に不適切な魔法をかけたら状況を悪化させかねない。彼の症状を診断し、適切な魔法をかけてあげなければ彼を掬うことはできないだろう。
傷を受けているわけではないから、傷を治す魔法キュアーでは回復させることができない。特に毒や呪いを受けているというわけではない。触ってみた感じ、生命エネルギー《精力》がほとんど感じられない。生命エネルギーを何者かによって奪われたと診断した。
ならば、生命エネルギーを回復させる魔法をかけてやれば窮地は脱出できるだろう。
「エール!」
俺は微弱なエールを彼にかけてあげた。もっと出力をかけてあげることもできるが衰弱している彼にとっては、エールすら毒になりかねない。弱っている体に少しずつ回復魔法をかけてあげなければならない。
土気色だった彼の体が少しずつ血色がよくなってくる。生命エネルギーが戻ってきている証拠だ。だが、彼の体は骨と皮だけのミイラのような状態だ。恐らく栄養が足りていないんだろう。生命エネルギーを与えたところで、栄養までは与えることができない。
だが、この筋肉量では食物を摂取することすらできないだろう。顎の筋肉が弱っているせいで咀嚼すらままならない。この村に流動食があるとは思えないし、このままでは栄養失調で死んでしまうかもしれない。
「あ……あ……」
彼がなにか喋ろうとしている。だが、声帯まで弱っていて声にならない。
「落ち着け。まだ喋るな。体力を消耗するだけだ。今、楽にしてやる。マッソーネス!」
俺は筋肉を増大させる補助魔法を唱えた。細かった彼の体が筋肉のせいで若干肥大化する。そのお陰で顔立ちがハッキリとしてきた。そこそこ顔立ちのいい中年男性のようだ。それでも、貧民の平均的な体格にしかならない。栄養状態はかなり悪いと言える。
「お、おお。た、助かった。ありがとう。兄ちゃん」
「おお」と野次馬が沸き立つ。彼の復活を受けて、野次馬たちも安心したようだ。
「とりあえず、ズボンを履け。話はそれからだ」
「おっと悪い」
そう言うと男は近くに脱ぎっぱなしになっていたズボンを履いた。
「兄ちゃんは回復術士かい? いやー助かったぜ。回復術士で好き者がいてくれたお陰で」
この男は、俺が女を買いにこの村まで来たかと思っているようだ。まあ、普通ならそう思うか。
「今は、補助魔法でなんとか筋肉を増大させて対処しているだけだ。この補助魔法は時間制限がある。時間と共に効果が薄れていくから定期的に掛けなおさなければならない」
「そ、そうなのか。俺、完全に治ったものかと思ってたぜ」
「アンタ、知り合いにバッファ―はいるか?」
「いないんだな。それが」
「そうか。なら、俺が面倒見てやるか」
「マジかよ。ってか、兄ちゃん凄いな。回復魔法も補助魔法も使えるなんて、天才かよ!」
「ふ、ふ、ふ。ウチが雇った最強ヒーラーを舐めてもらっちゃ困るね」
なぜかアレサが俺たちの会話に割って入ってきた。なんでこいつが偉そうなんだ。別に俺はアンタの専属ボディガードになったつもりはない。
「2、3日まともに飲み食いしてたら、俺の補助魔法なしでも日常生活を送れるくらいには回復するだろ。元の運動性能に戻るにはリハビリが必要になるかもしれんがな」
「なにからなにまで悪いな。見ず知らずの俺を助けてくれるなんて、兄ちゃん本当にいい男だね」
「それより、アンタはどうして干からびていたんだ? 出すものを出しすぎたのか?」
「う、うわああ!!」
男は急に叫び出した。頭を抱えて錯乱状態になっている。
「お、おい。一体どうしたんだ」
「あ、あいつはやべえ……やべえぞ。このままじゃみんな、あいつに絞り殺されてしまう」
「お、落ち着け。とりあえず飯でも食いながら話そう。どっちにしろ食わなきゃアンタの体は治らないんだからな」
とりあえず、俺はこの名前も知らない男と一緒に飯を食いに行くことになった。
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