第7話 ルスコ村の成り立ち
「はあ……リオンさん。なんなんですか、この村は……そこら中から女性の嬌声が聞こえてきます。頭がどうにかなりそうです」
アベルはベッドの上に座り、頭を抱えた。純朴な少年であるアベルにはこの村は刺激が強すぎたようだ。
「アベルがこの村をお気に召さないのは残念だったな。その気になってくれれば、金をポンと渡して遊んで来いって言えたんだけどな。人生の先輩として」
「僕はお小遣いをもらうような歳じゃないですよ」
アベルは真面目だな。もし、前のパーティメンバーだったアレフレドだったらノリノリで繁華街に遊びに行ってただろうな。あいつ、中々の女好きだったし。
不意に窓の外から「このメスブタがぁ!」という声と共にパシィンと景気がいい音が聞こえた。どうやらお楽しみ中のようだ。世間一般の村では就寝の時間なのだけれど、この村では夜からが本番ということ。寂れた田舎の村ではロクに街灯はないが、この村は夜からが本番なので外の明かりは十分にある。下手したら、俺たちの拠点ブルムの街よりも明るいかもしれない。
「リオンさん。この村はどうしてここまで発展したんですか?」
「ああ。それはだな。この村は昔は本当に閉ざされた村……いや、規模的には集落だな。とにかく、寂れた場所だった。下界の人間がやってくるような場所じゃなかった。それ故に、この村の人間は村全体が親戚というレベルにまで特定の血が濃くなっていったんだ」
アベルは俺の話を真剣に聞いている。神妙な顔をして頷いている。ここまでの話は理解できているようだ。
「そのせいで、この村全体では誰と交わっても近親相姦に該当してしまうという事態に陥ったんだ。近親相姦自体はそこまで問題ではない。禁忌としている宗教はあるけれど、聖クレイア教では特に禁止してないし、法律上近親者と結婚できないだけで子を成すことで罰せられることはない。だが、近親相姦を繰り返すのがまずかったんだ」
正直、自分で話していても生々しい話だと思う。だが、この話を避けてはこの村が売春をしなければならなかった理由を説明できないのだ。
「アベル。遺伝子の勉強ってしたことがあるか?」
「いえ。ありません」
まあ、だろうな。きちんと教育を受けている冒険者も中々に珍しい。冒険者の中には読み書きすら曖昧なものがいる。遺伝子のあれこれも最近になってようやく研究されて日の目を浴びた学問だ。アベルが知らないのも無理はない。
「そうか。なら詳しい話は割愛する。近親交配を繰り返すと、遺伝子に異常がある子供が生まれやすくなる。ざっくりとした話だけど、そういうものだと思ってくれ」
生物の遺伝子には顕性(優性)遺伝子と潜性(劣性)遺伝子というものがある。顕性と潜性の組み合わせでは、顕性の遺伝子が特徴として出るのだ。それ故に、顕性遺伝子で生存、生活していく上で支障がある遺伝子は時代の流れと共に淘汰されてきた。だが、潜性遺伝子で支障がある遺伝子というものは淘汰されにくいのだ。
一見、なにも問題を抱えているように見えない人間でも発現したら生存に困難な潜性遺伝子を持っている可能性がある。潜性遺伝子は同じ潜性遺伝子を持つ者同士が交配しなければ発現しないからだ。そして、その同じ潜性遺伝子を持つ可能性が高いのは近親者。故に近親者が交配を繰り返すインブリードを続ければ、それだけ生存に不利な潜性遺伝子が発現する可能性が高くなる。
「ルスコの集落の子供たちの多くは先天的に問題を抱える子ばかりになった。遺伝子に異常がある子同士で交配すれば孫の代もまた異常を抱えることになる。そのループをルスコの集落の人間は避けようと色々画策をしていた。村の若い男衆が外に出て、嫁捜しをしてきたり……だが、閉ざされた集落に移り住みたい女なんて早々いなかった。そんな時、ある1人の若い男の旅人が集落に迷い込んだ。そう、この旅人の存在こそがルスコの集落の運命を変えたのだ」
アベルはなんとなく察しがついたような顔をしている。やはり、アベルは頭が回る方なのだ。
「集落の若い娘たちは長の指示で旅人を誘惑して、所謂子作りというやつをしたんだ。それで旅人の子を身籠った娘は血が濃くなることを防いで、ルスコの集落は存続できるようになった」
「そんな……村の女性たちはよくそんなことを了承しましたね。好きでもない相手とそんなことをするなんて。僕には考えられません」
「村は存続の危機だったからな。子供を生んでもその子供は成長を待たずに死んでしまう。母親の立場としてもそれは防ぎたかったのだろう。そして、旅人が帰った後、彼はあの村に行けば若い娘と交わることができると触れて回った。その言葉を聞いたスケベな男たちがルスコの集落に集まったんだ。流石にそれは予想していなかったルスコの集落。だが、折角やってきた若い男を逃がすわけにはいかない。若い女目的で来たのなら、彼らを繋ぎ留められるのは若い女だけだ。そこに金銭のやり取りが発生するまでには時間がかからなかった。これが金になると気づいた集落の長は売春を産業として認めて、集落はどんどん発展して村へと成長していったんだ」
「元は種の存続のためにやっていたことだったんですね。それがいつしか、欲望を満たすための手段に入れ替わってしまったんですか……」
「ああ。この国の法律では公共施設や教育施設などの周辺には娼館を建てることもできないし、売春を行うことも許されない。ルスコ村から一番近い場所に位置するブルムの街は健全に発展しすぎて、そういった性産業は実質的に禁止に近い扱いを受けている。所謂需要に対して供給が少ない状態だ。そこでルスコ村が性産業を開始したとなれば、大量の金が動くのは自明の理だ」
「この村にはそんな歴史があったんですね……というかリオンさん。よくそんなこと知ってますよね?」
「ああ。一応、学校は出ているからな。各国の民族や風習の勉強も当然してある」
「ええ! 凄い。学校に行く財力があるなんてリオンさんっていい所のご子息なんですか?」
アベルが俺をキラキラとした目で見つめている。だけど、俺はアベルの期待に添えるような人物ではない。
「俺はボンボンではないさ。金持ちがわざわざ危険な冒険者になるわけがない。一握りのエリートで冒険業に携わりたい奴は、ギルドのお偉いさんになっているさ」
「えーでも学校に行ってるんですよね? 僕なんか、学校に行きたくてもお金がなくて行けなかったんですよ」
「俺の生い立ちなんてどうでもいいだろ? さあ、寝るぞ」
俺は電灯を消して、ベッドの上に寝そべった。これ以上、過去を詮索されたくない。アベルのことは気に入っているし、信頼はしている。けれど、それで過去を話したくなるかどうかは別問題だ。
「あ、ちょっとリオンさん……もう」
アベルの声色から彼が落ち込んでいることがわかる。けれど、アベルはそれ以上俺に話しかけることはなかった。彼も恐らく寝る準備をしたのだろう。
俺は目を瞑り、なにも考えずにただ只管眠くなるのを待った。うとうとと夢の世界に誘われて、俺の1日は終わったのだ。
◇
視界がボヤけている。セピア色の世界の中で、俺は杖を持ってモンスターと対峙していた。俺の眼前にいる青紫色のポニーテールの少女。鎧を纏った勇ましい女戦士は槍を手に持ち、目の前の金色の獅子に立ち向かった。
「でいや!」
「がるー!」
少女と獅子は必死に攻防を繰り広げる。少女が槍で突き、獅子が爪で防ぐ。獅子は牙で反撃するが、少女が盾で防ぐ。それを繰り返していき、やがて獅子の牙が少女の首元にグサリと刺さる。
「がはぁ……」
「レナ!」
俺は少女の名前を叫んだ。そして、魔力を解放してレナのダメージを回復させた。そう。これはヒーラーの俺の役目だ。前線に立っている仲間を回復させる。俺の仕事はそれだけでいい。そう、それだけで……
「そこ!」
レナの槍が獅子の心臓をぶすりと刺した。攻撃が急所にヒットした獅子は断末魔の叫びをあげて絶命した。レナはこちらに振り返り、ニコっとした笑顔を見せた。顔は可愛らしいのだが、返り血がついているのが若干猟奇的に思える。
「回復ありがとう。リオンお兄ちゃん」
「ああ。レナが傷ついた時には俺が必ず回復させてやるからな」
俺がその言葉を発した瞬間、世界が赤黒く変化した。レナの顔も暗くなり、表情を見えなくなった。
「お兄ちゃんはいいよね」
「レナ……?」
「だって、後方にいて全く傷を負わないし。痛みだって感じないんでしょ? 私は痛い……痛い、痛い、痛い。回復したからいいって言う問題じゃない。傷が塞いだから大丈夫じゃない。もうやだ。どうして私だけこんな痛い思いをしなきゃいけないの。骨が砕けても、皮膚が裂けても、血管がちぎれ飛んでもお兄ちゃんは助けてくれる。だけど、私は死ぬほど痛い思いをしているんだよ。死ぬほど痛くて、死にたくて、でも回復したから、死ねなくて、また戦いに行って。ああ! ああ!!」
レナの手が俺の首に回った。息苦しい。俺はレナに絞殺されるのか!
「がは……!」
目が覚めた。ここはルスコ村の宿。時間的にはまだ陽は昇ってない時間帯だ。嫌な夢を見てしまった。隣ではアベルが寝ている。俺はもう1度寝る気力はない。ただ、アベルが起きるまでこのままボーっとしていよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます