第6話 ルスコ村
パルム街道の裏道を抜けてルスコ村にやってきた俺たち。ルスコ村の外壁は高い石垣が積まれていて、外からでは中の様子を伺い知ることはできない。たかが村であるが、王都並の立派な外壁が形成されているのだ。
入り口には門番がいる。俺たちはベネチアンマスクで顔を隠して、堂々と正面から入って行った。
門番は俺たちを特に止めることなく、受け入れた。このルスコ村では顔を隠して入る人物は珍しくない。むしろ素性を隠している人物は、王国や政府や軍の要人であることが多い。だから、下手に呼び止めて問題を起こすわけにはいかない。最悪、家族ごと消される可能性だってありえる。
村に一歩踏み入れると異様な雰囲気だった。淫靡な雰囲気が村全体を包み込んでいる。下着姿の女が四つん這いで歩いている。女はリード付きの首輪をしていて、リードを小太りの男が持っている。男の身なりは中々に良い。だが、男からは品性が感じられない。大方、成金と言った感じだろう。親の代から金持ちなら幼少の頃から所作を叩きこまれているから、細かい仕草から品というものが感じられる。
「んな……」
アベルはメス犬のサンポ風景を見て唖然としている。純朴な少年にとっては刺激が強い光景なのだ。俺もできればアベルにはこの光景を見せたくなかった。だが、アベルがどうしても同行を希望するから、仕方なく受け入れるしかなかったが。
「リオンさん。あいつ酷いです。人間をあんな風に扱うなんて! あれじゃあ家畜と一緒じゃないですか」
「落ち着けアベル。あれは両者合意のもとやっていることだ。それにこの村ではこんなこと珍しい光景ではない。この村にはこの村なりの秩序がある。あんなのは秩序を乱したうちには入らない」
「で、でも……」
この村にいるのは、売りたい人間と買いたい人間しかいない。そういったものを忌避する人間は最初からこの村を訪れてはいけないのだ。むしろ、この場ではアベルの方が少数派。ここは、金を持っているやつが自分が日頃満たせない性的嗜好を金の力で満たす場所。それを妨害したらそれこそ問題だ。
「さあ。例の薬を売り込みに行きますよ。お兄さん。私の傍を離れないで下さい。私みたな可憐な淑女はこの村のケダモノに襲われかねませんから」
「ああ、そうだな」
護衛依頼はなにも対象がモンスターとは限らない。むしろ、護衛の本番はここからだろう。この村では、女は食い物にされるだけの存在だ。アレサも娼婦と勘違いされて、声をかけられる可能性がある。タチが悪い男共に絡まれたら、戦う力を持たないアレサはその時点で終わりだ。死と同じくらい辛い目に遭わされることだってある。
だからこそ、俺が近くにいて守ってやらなければならない。男2人ツレの女を狙うバカは早々いないだろう。それと、女ツレの男を客引きするようなやつもいない。ここの客引きは中々にしつこいと聞く。そいつらに遭遇したら、こちらも面倒なことになる。いわば、お互いがお互いを守っている状態なのだ。
「この村の中心に娼館があるの。そこにはお高い
アレサがニヤニヤと笑い出した。
「ここで儲けたお金でまたキジャルの薬を仕入れて、また売りに行く。そうして、どんどんお金をがっぽがっぽ稼ぐんだ。ああ、夢が広がる」
娼館は表通りにあった。ここの娼館は、この村の中では健全な場所だ。女たちも常軌を逸した行為をされる心配はない。いわゆるNGを出すことができる。だが、裏通りにある無法地帯の娼婦に落ちれば、なにをされるかわからない。
俺たちは娼館の前に辿り着いた。娼館はピンク色のお城を模した建物で、どこか扇情的な雰囲気をかきたてる。
俺たちは娼館の中に入った。受付は入り口付近にあった。受付はそんなに広くはない。まあ、受付で長居する予定はないからな。この手の娼館は待合室を広く作っている傾向にある。今日初めて来たから知らんけど。
「いらっしゃいませ。おや。面接の方ですか?」
受付のスーツを来た男がアレサを品定めするかのように見ている。
「違います。私は商談しにきたの。オーナーを呼んでくれると助かります」
「ふむ。オーナーですか……少々お待ちください……そちらのお二方も彼女の付き添いですか?」
「ああ。そうだ。客じゃなくてすまないな」
「いえ。気が向いた時にお楽しみ頂ければ幸いです。それでは、オーナーを呼んでまいりますので少々お待ちを。右手に待合室がございます。良かったらご利用下さい」
受付の男は、そう言うと奥へと向かった。俺たちはそのまま、右にある扉を開けて、中に入った。その中には色んな男がいた。
目をギラギラさせた男、そわそわとして落ち着かない様子の男、ムカつくほどニヤけ面をしている男、神に祈りを捧げている男。よくもまあ、昼間からこんなに沢山の客がいたものだ。
男達はアレサの方を怪訝そうな顔をしてじろじろ見ている。ここは娼館の待合室。普通の女ならば立ち入らない場所だ。だからこそ、アレサは浮いている。
ひそひそとした話声が聞こえる。この異様な空気に耐えること10分。待合室に赤髪でヒゲを蓄えた中年の男がやってきた。男は頭が良さそうな風貌をしているが、顔がどことなく悪そうに見える。インテリヤクザといった感じか。
「お待たせしました。わたくしがこの娼館のオーナー、フィガロと申します。ではこちらへどうぞ」
俺たちはオーナーのフィガロに連れられて、事務所へと向かった。事務所は殺風景なもので、コンクリートが打ちっぱなしだった。内装にもこだわっていた客に見える部分とは違って、スタッフ用の空間はそこまで気を使ってないようだ。
俺たちは椅子に座らされた。長机越しにフィガロと対面する形だ。
「さて、単刀直入に訊きますが、商談とはなんですか?」
「はい。私が扱っている商品はこちらの薬です」
そう言うとアレサは鞄から小瓶を取り出した。
「ほう。それは?」
「キジャルの薬。この薬を飲むと数日間、女性が妊娠しない体になります」
「な!」
妊娠しない体になる。その言葉を聞いてフィガロはギョっとした。娼館のオーナーなら喉から手が出るほど欲しい薬だろう。
「いや、しかし……それは」
「効能を疑うんだったら、臨床実験のデータもありますよ? そこまで強い副作用もありませんし、併用して飲む薬さえ間違えなければ女性の健康を害するものはありません。持病があってお薬を服用している子がいたら、相談に乗りますよ?」
「その、ウチは妊娠に繋がる行為。いわゆる本番行為は一切行ってないんですよ。だから、そんなものを渡されても……」
「そう。それだけ意識が高いからこそ、この薬の有能性は理解できますよね? 私、知ってますよ。この娼館でたまに発生する事案。娼妓の一部がたまに妊娠してやめていくんですよね? 客との性交渉によって……店としては禁止しているはずの行為をお金に目がくらんだ娼妓が勝手に行っている……これは良くありませんよね? だったら、いっそのこと合法にしちゃえばいいんじゃないですか?」
フィガロは唾をゴクリと飲んだ。これは禁断の薬だ。所持していることが教会にバレたらただでは済まない。だが、この薬を使うことによって得られる利益は相当なものだ。禁止していた行為を解禁できるし、娼妓たちに常に飲ませることで妊娠で辞めるリスクも消すことができる。
フィガロとして娼館に内緒で勝手に本番交渉をする娼妓たちに頭を悩ませていたことだった。その問題を妊娠しない体に変えることで解決できるなら手を出すのも吝かではないと思い始めた。
「少し……考えさせてくれ」
「ええ。いいですよ。ただ、営業先はここだけじゃありませんから。ぐずぐずしていると薬売りきれちゃうかもしれませんね」
交渉はここで終了した。俺たちは娼館を後にして、ルスコ村の宿に行くことになった。宿は村全体の桃色空間から解放された場所だった。この宿では一切の性行為は禁止されている。一般的には、遊び疲れた者達がこの宿に泊まるのだ。
俺たちは2部屋取り、俺とアベル。アレサの組み合わせで泊まることになった。
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