第一章 ルスコ村
第5話 パルム街道
ブルムの街とルスコ村を繋ぐパルム街道。表の正規の表道では、馬車や自動車が通りやすいように道が舗装されているのだ。横からモンスターが飛び出てこないように高い柵で囲まれている。
だが、この表道を通るためには荷物の検査を受けなければならない。表向きにはやばい商品を扱っているので、俺たちは検査の目を掻い潜るために裏の道を通らなければならない。
裏道は道が舗装されていなくて、モンスター避けも施されていない危険な道だ。この道は冒険者が探索のためによく通る道でもある。モンスターを倒す腕試しに利用するものもいれば、食用や素材になる動植物を狩る目的で入る人もいる。
俺たちのようにやばい品を運ぶ者も中にはいるだろう。そういったやばい連中と遭遇する可能性もあるから、この道はより一層危険なものになっている。
やばい品の中には人間も含まれているのだ。売春村と称される場所だ。人身売買の温床になっているのは容易に想像がつく。人攫いが攫ってきた娘をルスコ村に流す。そんな話は、冒険稼業をやっていれば嫌でも耳に入る。攫われた娘を取り返してくれなんて依頼もある。そういった依頼を受けた時はルスコ村を調査すれば大抵解決はする。
ただ、依頼として出されているならまだマシな方だ。ブルムの街も発展しているとはいえ、未だに貧富の差はある。貧民層の娘が攫われたら、冒険者に支払う報酬もなく娘の消息が掴めないまま、一生会えないなんてこともザラにある。
本当にこの世は地獄だ。
「イヤァー!」
前方から女性の悲鳴が聞こえてきた。声の感じはまだ若い。10代半ばといった印象だ。
「リオンさん。今の悲鳴聞きましたか? ただごとじゃありません。すぐに助けに行きましょう」
アベルはボウガンを手に取り、俺に呼びかけた。アベルの武器。レンジャーのアベルは戦闘の主力にはならないが、仲間をサポートするために戦うことはある。
「いや。やめよう」
「なんでですかリオンさん!」
アベルが俺に詰め寄る。
「アベル君。お兄さんの言う通りだよ。この裏の街道にはモンスターが出る。その中の1体にスクリーミーというモンスターがいてね。スクリーミーは、食べた人間の声を得ることができるモンスターなの。その声で人間の声を出して、別の人間を惑わす。この声はスクリーミーの可能性がある」
「ああ。人間の女性の悲鳴を真似て、助けようと近づくものを食らう。そういう性質のモンスターだ。このまま近づくと危険だ」
「で、でも……本当に女性が襲われているのかもしれないじゃないですか!」
確かにアベルの言う通りだ。この悲鳴はスクリーミーが真似しているという可能性があるだけだ。本当に人間の女性が危機に陥っている可能性はある。
「アベル。忘れるな。俺たちの使命はアレサを護衛することだ。俺たち2人だけだったら、スクリーミーにも負けないだろう。だが、戦闘する
「そ、そんな。リオンさん……」
「なにが最優先事項なのかをよく考えるんだ」
この選択は非情な選択かもしれない。けれど、こうした選択をしないと冒険者としてはやっていけない。依頼主の護衛。それは絶対に失敗してはいけない仕事だ。もし、依頼主を死なせてしまった場合。その冒険者には2度と仕事が回ってこない。それほどに責任が重大な仕事なのだ。
「誰か! 助けて!」
声が段々とこちらに近づいてきている。息切れしているのか声が掠れている。俺は杖を構えていつでも戦闘できる体勢を取った。アレサの前に立ち、彼女を庇うような立ち位置になる。
バッっと草むらから少女が飛び出てきた。少女の服はボロボロで実質半裸と言っていい状態だ。幸い、見えちゃいけない箇所はかろうじて布で隠れている。見た感じ、全身の皮膚に擦り傷があり、素足でこの裏道を走ってきたせいで足が血だらけだ。髪もボサボサで激しい運動をした後のように見える。
「ハア……ハア……た、助けて下さい。私、人攫いに捕まってしまったんです。なんとか隙を見て逃げ出したんですが、道中にモンスターに襲われて……」
その言葉の後に、草むらからまたなにかが飛び出てきた。「ガー」と言う雄たけびと共に熊のモンスターが飛び出てきた。ゲッコウグマ。この辺りにいるモンスターの中では一番ランクが高いCランクのモンスターだ。こいつに襲われるとはこの少女も中々についていない。
「僕の後ろに隠れて」
そう言うとアベルは少女の前に立ち、ボウガンでゲッコウグマを射った。ボウガンの矢はゲッコウグマの眉間に刺さる。しかし、ゲッコウグマはそれを腕で抜き取り、その辺にポイと投げ捨てた。
「僕のボウガンが効いていない!?」
く……アベルのやつ。勝手に前に出やがって。俺はアレサの傍を離れるわけにはいかない。なら、これしかない。遠距離攻撃だ!
「食らいやがれ!」
俺は魔力を練り上げて、杖からファイアボールを放った。そのファイアボールがゲッコウグマの毛に引火して燃え広がった。ゲッコウグマは堪らずに火を消そうとして、地面に転げりまわる。
「アベル! ゲッコウグマのケツを狙え。それがやつの弱点だ」
「あ、はい。わかりました」
アベルはボウガンでゲッコウグマのケツを射る。矢はゲッコウグマの肛門に刺さり、ゲッコウグマは悶えながら息絶えた。別に穴は狙う必要はなかったが、まあいいや。倒せたんだから。
「た、助かりました……ありがとうございます」
少女は俺たちに頭を深々と下げた。
「キュアー」
俺は少女の傷を回復させた。擦り傷だらけだった少女の体はみるみる内に傷が塞がっていった。
「リペア!」
次に俺は修復魔法で少女の服を修繕させた。半裸状態だった少女は小汚いシャツとスカートの姿になった。この服装を見るに貧民層だろう。流石の俺の修復魔法でも服の価値を上げることはできない。元が小汚い服なら小汚いままだ。
「え、す、凄い。私の体の傷も服の破れもなくなりました。あ、ありがとうございます」
少女は俺に向かって頭を下げた。さっきからお礼を言ってばかりだなこいつ。
「へー。お兄さん本当にヒーラーなんですね。回復魔法が使えるなんて感服しました」
「なんかイラっとするなその言い方。こちとら、本職がヒーラーなんだよ」
俺は周囲を確認した。あたりにはモンスターの気配も人の気配もない。この少女を追っていた存在はゲッコウグマだけだったようだ。
「よし。それじゃあ行くぞ」
「えー!」
アベルがなんか言いたげな顔をして俺にツッコミを入れた。
「どうしたアベル?」
「どうしたじゃありませんよ。このままこの子を放っていくんですか?」
「そりゃそうだろ。俺たちがこれから向かう先はルスコ村だ。こいつは恐らくこれからそこに売られていく予定だったんだろう。そんなところに連れていけるはずないだろう」
「ひ、ひい……ルスコ村?」
少女はその名前を聞いて青ざめている。そりゃそうか。年頃の少女には少し酷な話だ。自分が娼婦として売られていくところだったんだ。想像しただけで身震いするのは当然の感情だ。
「あ、あの……私これからどうすればいいんでしょうか……ブルムの街に帰りたい……」
少女は途方に暮れている。パルム街道の裏道なんて地元の人でも土地勘がないところだ。
「しょうがねえな。ほら、コンパスやるよ。このまま南下していけば街に着くぞ。せいぜい道中モンスターや野生動物に襲われないように祈るんだな」
俺は少女にコンパスを渡した。方向感覚さえわかれば、この街道を抜け出せるだろう。
「うう……ありがとうございます。なんとか街に辿り着くようにがんばります」
口ではそう言っているが、少女は俺を若干恨めしい目で見ている。なんだ。送り届けて欲しかったのか? 世の中そんなに甘くないんだよ。こちとら、今仕事中なんだ。
「これで良かったのかな……」
青少年らしく悩んでいるアベルとアレサと共に俺はパルム街道を北上していった。
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