第3話 駆け出しの商人アレサ

「リオンさん。仕事見つかりましたか?」


「いや……」


 俺はアベルと一緒にギルドの1階のカフェにて、コーヒーを飲みながらこれからのことについて話し合っていた。俺たちが組むようになってから既に数週間が経過している。それなのに、全く稼げる仕事も仲間も見つからないのだ。


 Fランク冒険者に割り当てられる仕事は多くない。前回のは4人パーティだったからこそ、得られた仕事だ。Fランク冒険者2人という組み合わせで回ってくる仕事なんてほとんどないのが現状だ。


「むう。リオンさんの強さはFランクに収まる器じゃないのに。あのBランクのグリフォンですら1人で倒せるんですよ」


「ギルドが出したランクは絶対だ。仕方ない。俺がどれだけ強かろうが、Fランクの烙印を押されていることには変わらない」


 こんな扱いを受けているのはもう慣れている。俺はたまに人数合わせに誘われる程度の仕事で食いつないできた。Fランク同士はやはり仕事が少ない身同士寄り添って生きていくしかない。


 周囲が俺たちを見てなにやらヒソヒソと話している。いや、俺たちというよりかは俺単体だろう。会話の内容に聞き耳を立ててみると、俺を揶揄する声が聞こえる。万年Fランクだの。無能ヒーラーだの。他のロールの仕事を奪うやつだの散々な言われようだ。まあ、全部事実なんだから否定のしようがない。


「僕、やっぱり納得できません! ギルドに直談判してきます!」


 アベルがガタっと立ち上がった。


「おいおい。やめておけよ」


「なんでですか」


「俺たち冒険者はギルドが雑務を引き受けてくれているからこそ成り立っている存在だ。ギルドに楯突いたところでいいことはなにもない。特にFランクのアベルがなにを言ったところで発言権なんてないさ」


「でも……せめて、リオンさんがヒーラーからアタッカーにロールを変えることができたのなら、この不当な評価も覆るはずです。特例として認められるべきなんです」


 アベルが机をバンと叩いた。余程熱がこもっているのだ。俺のためにここまで感情的になってくれるのは嬉しい。けれど、俺はアベルの将来の方が心配だ。アベルはまだまだ若手の冒険者。俺に付き合ったせいで将来が潰れることはあってはならない。


「いや……俺はヒーラーのままでいい。俺がヒーラーのロールをやっているのは自分への戒めなんだ」


「戒め? どういうことですか?」


「いや……つまらん話だ。気にしないでくれ」


 俺は冷めかけたコーヒーを啜った。やはりコーヒーはブラックに限る。豆の酸味や苦味を楽しむにはブラックが一番だ。アベルは子供舌なのかミルクや砂糖を足している。それを否定するつもりはないが、ブラックの良さを楽しめないのは人生損しているとしかいいようがない。


「あらら。誰かと思えば、無能なおじさんとそれについていったレンジャーのアベルじゃない」


 俺の背後から不快な甲高い声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。


「リカ……なんの用だ」


 俺が背後を振り返るとそこには、リカとアレフレドの姿があった。彼らは後ろに2人の少女を連れている。容姿と背格好が似通っている。彼女たちは双子なのだろうか。


「リオンさん。俺とリカはEランク冒険者に昇格しました。おじさんたちはまだFランク冒険者なんですね」


 後ろにいた2人の少女がくすくすと笑いだした。なんだこいつら。初対面なのに感じ悪いな。


「ああ、一応紹介しておきますね。彼女たちは、ヒーラーのローラとレンジャーのセイラ。それぞれ、リオンさんとアベルの代わりです」


 なんだ。アレフレドは一丁前にハーレムパーティを築いているのか。若いのによくやるわ。いや、若いからこそそういうのに憧れるのか。俺はもう色々と枯れ果てているから、ハーレムの良さがわからない。10代の頃と比べると元気じゃなくなってきているし、女の相手をしていると妙に疲れる。まあ、こんなんだから、俺はリカにおじさんなんて呼ばれるんだろうな。


「フン、アベルも私たちから離れなければ今頃はEランクに昇格してたのにね。私たちはもう別のレンジャーを仲間に引き入れたから、今更戻りたいって言っても遅いんだから」


 リカがアベルを睨みつけている。怖ええ。女怖ええ。ほんの数週間前まではアベルきゅんとか言って色目使っていたのに。この変わりようはなんなんだ。


「リカ。悪いけれど、そもそも僕は戻る気なんてないよ。それにEランクに昇格したからってなにさ。そんなのすぐに追いついて、追い抜いて見せる」


「ふうん。言うじゃない。まあ、精々そこの枯れたジジイとよろしくやってな」


 おいおい。ついには枯れたジジイ扱いかよ。俺まだ20代だぞ。


 リカとアレフレドと名前を忘れた女2人が去っていった。


「なあ、アベル……」


「なんですか? リオンさん」


「俺ってそんなに老けて見える?」


「リカの言うことは気にしない方がいいですよ。アイツ、若さくらいしか取り柄がないんで。ああ言うタイプが年取った時一番悲惨なことになるんですよ」


 アベルがスパっと言いのけた。同年代の男子にそこまで言われるリカって一体……


「あのー。すみません」


 俺たちのテーブルに見た目20歳前後の女性がやってきた。女性は小柄でとても冒険者稼業が務まるような体格をしていない。黒い長髪を赤いリボンで纏めていて、大きなリュックサックを背負っている。服装も白いワンピースとこれで冒険に出掛けるとしたら相当舐めているとしか思えない格好だ。


「お兄さんはリオンさん。そして、そっちの子がアベル君ですよね?」


「ん? そうだけど?」


「良かった。私、アレサって言います。19歳商人です」


 職業はともかくなんで年齢を言った。


「とは言ってもまだまだ駆け出しなんですけどね。だからお金が全然なくって」


「あんたの懐事情は知ったことないけど、俺たちになにか用か? 言っておくけど俺たちも金はないぞ。変な商品を売りつけるつもりなら他を当たりな」


「むう。ひどーい。私がそんな悪徳商人に見えますか? 私がしたいのは依頼ですよ。い・ら・い! お兄さんたちに私を守る権利をあげちゃいます。えへ」


 アレサははにかんだ笑顔でそう言った。え? 依頼だって。


「やったじゃないですか。リオンさん。依頼ですよ」


「まあ待てアベル。あのさあ、さっき金がないって言ったよね? 俺たちに依頼料払えるの?」


「Fランク2人雇うくらいのお金はありますよ。商人ですから、相場はきっちり調べてあります」


 アレサは笑顔でこちらにピースを向ける。なんだこの軽そうな女は。


「調べたのは相場だけじゃありませんよ。リオンさん。あなたの経歴も調べさせていただきました。えへ」


 俺の経歴……その言葉を聞いた瞬間、俺は背筋に悪寒が走った。バカな。俺の経歴だと。俺の過去を知るのは故郷にしかいない。故郷は広い海を渡った先にある。そんなところからの情報をこの女は手に入れたと言うのか。


 アレサは俺の耳に口を近づけてきた。吐息がかかるような距離で俺に囁く。


「お兄さん。元はBランクのヒーラーなんでしょ。しかもプリーストの称号付きの」


 この女何者だ。駆け出しの商人って言っていたけれど、なんでそんな情報を知っている。俺がBランクだったのは7年前の話だ。遠い異国の地の古めの情報なんてどうやって手に入れたんだ。


 プリースト……優れたヒーラーに当たられる称号。プリーストの中でも最も優れた頂点1人に与えられるハイプリーストという称号もある。俺は将来のハイプリースト候補だった。


 プリーストに認定されるヒーラーはそう多くない。だから、プリーストが認定されると国中に顔が知れ渡ることになる。だけれど、遠い異国の地のプリーストまで把握している人間がいるのか。


「リオンさん? 顔が青いですけど大丈夫ですか?」


「え、ああ。大丈夫だ。アベル。心配いらない」


「えへ。お兄さんはヒーラーでありながら、アタッカーもタンクもバッファーもできるんでしょ? しかもヒーラーの能力は更にお墨付き。こんないい人材を安く雇えるチャンス。物にしないわけにはいかないでしょ?」


 この女。俺の本能がやばいと言っている。遠い異国の地の情報を収集できるなんて普通では考えられない。だけれど、それが逆にいい。こいつは商人として大成する器だ。今の内にコネを作っておくのも悪くないだろう。


 なんとも打算的な考えだ。大人特有の厭らしさというものが感じられる。


「わかった。話だけでも聞こう。それで依頼を受けるかどうか判断する」


「そうこなくっちゃ」

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