第2話 パーティ解散

 グリフォンを倒した俺たちはその後、特にトラブルに見舞われることなく目的のアイン山の水を手に入れることができた。


 水の管理はレンジャーのアベルがやってくれた。彼の仕事ぶりなら安心だろう。Fランクのレンジャーだが、中々光る素質がある。彼はすぐに大物になるだろう。


 帰り道の道中も決して安心することはできない。まだまだモンスターに襲われる可能性はある。しかも今度は成果物である水を守りながらの戦いだ。もし、戦いの最中で水を零してしまったら台無しになってしまう。


 頂上から降りて山の中腹に差し掛かった頃だった。ゴブリンの群れが俺たちの眼前に現れた。


 緑色の肌。小太りで醜悪な体型。ハゲた頭。棍棒を装備しているその小鬼はリカを見て興奮している。ゴブリンは異種族のメス。特に人間のメスが大好物だ。ゴブリンに捕まったら最後、どんな目に遭わされるかわかったものじゃない。


 ゴブリンたちがリカに襲い掛かろうとする。俺はすぐさま杖を手に取り、ゴブリンの群れに殴りかかった。ゴブリンの肉片が飛び散る。仲間を殺されたゴブリンは怒り狂い、俺に標的を定めた。


 だが、ゴブリンは所詮Fランクモンスター。俺の敵ではない。どのゴブリンも一撃でほふることができた。


 戦闘終了後、リカとアレフレドは呆気にとられた顔で俺たちを見ていた。


「ちょ、おじさん。今の私たちだけで対処できた」


 リカが不満気な顔でそう言った。


「リオンさん。アタッカーは俺ですよ! どうして、敵を倒してしまうんですか」


 アレフレドの声色から怒りを感じられた。俺を恨めしい表情で見ている。


「リオンさん。俺はまだ敵を倒してしません。敵を倒せないアタッカーは評定が下がる。だから、敵を倒さなきゃいけないのに、アンタが獲物を横取りするから! 俺のランクが上がらないじゃないですか!」


「そうよ。私だって適切なバフを掛けなきゃいけないのに、アンタが素の状態で敵を殴り倒しちゃうから、私の仕事がないじゃない!」


 2人は俺を非難した。だが、俺にも言い分がある。


「ゴブリンは確かに強い個体ではない。Fランクのキミたちでも十分対処できただろう。だけど、今のは数が多すぎる。アタッカーがアレフレド1人しかいないのに、あの数を相手にするのは無謀だ。怪我するぞ」


「怪我したら、リオンさんが治してくれればいいじゃないですか! あなたはそのためにいるんですよ! 何のためにヒーラーを仲間に入れたと思っているんですか」


 アレフレドが俺にビシっと物申した。確かに普通のヒーラーなら殴ることはしないだろう。だが、俺は仲間が傷つくのは見たくない。


「まあまあ。ここで言い合っても仕方ないよ。それより早く下山しよう。またモンスターに襲われたら敵わないし」


 アベルが俺たちの間に割って入った。アレフレドとリカはまだ納得が言っていない様子だ。


「まあ、アベルきゅんが言うなら仕方ないよね。ほら、さっさと下山するよ」


 険悪な雰囲気のまま俺たちは下山した。道中は今度こそ何もなかった。モンスターに襲われることもなく平和に解決した。だが、それがアレフレドとリカの2人にとって面白くなかったのだ。


 ◇


 下山した俺たちは依頼主のところに水を持っていった。報酬を受け取り、それを山分けすることになった。最初に決めた通り、全員Fランク冒険者であることから報酬はきっちり四等分。そう山分けをすることになっている。


 一応リーダーを務めていたアベルが報酬を管理していた。アベルは俺たちに均等に報酬をわけた。


 その後、俺たちはギルドの支部に行った。ギルドは3階建ての大きな木造の建物だ。1階部分は冒険者の憩いの場になっていて、落ち着いたカフェのような場所である。2階は事務所になっていて、そこで事務手続きなど行っている。3階はギルドの職員専用の場所でここで機密情報を管理したり、冒険者のランク付けの評定をしていたりする。


 1階のカフェ部分で俺たちは席に座り今後のことを話し合うことにした。


「さて、依頼も完了したし、次はどんな依頼を受けようかな」


 次の依頼を受けようとウキウキしているアベル。だが、アレフレドとリカの表情は強張っている。


「あのさあ。アベル。俺はリオンさんをパーティから外そうと思っている」


 またか。


「えぇ!? なんで!」


 アベルは驚いている。アベルとしてはこの4人でやっていくつもりだったのだろう。だが、俺はこう言われるのは予想できていたことだった。


「当たり前じゃない。このおじさんがいるとね。私たちの活躍の機会が奪われるんだよ。私はバッファー。味方を補助してこそ価値があるの。アレフレドもアタッカー。敵を倒さないと評価が上がらない。なのに、このおじさんは1人でアタッカーもバッファーもタンクもこなしてしまう。このおじさんと組んでいる限り、私とアレフレドは永遠にFランクから上がれないの」


 リカの言っていることは尤もだ。俺はヒーラーでありながら、アタッカー並に殴れるし、バッファー並にサポートができる。耐久力だって並のタンク以上はあるつもりだ。


 それはつまり、他のロールの仕事を奪ってしまうことになる。ランクを気にしない冒険者ならいいだろう。だが、大半の冒険者は自分の次の仕事のためにランクを気にしている。ランクが低ければ、受注できる依頼にも限りがあるし、仲間の募集だって上手くいかない。冒険者にとってランクとは生命線なのだ。


 俺と組んだ冒険者は、みんな自分のランクが下がることを嫌って誰も俺と組みたがらなかった。アタッカー、バッファー、タンクと組めば彼らの役割を奪う。ヒーラーと組んだって、俺が強すぎて回復の必要がないから彼らの評価が上がらない。レンジャーだって、俺1人だけと組むよりかは複数人と組んだ方が安定するということで爪はじきにされている。


「で、でも。今回のグリフォンが出たことだって……リオンさんがいたからこそ僕たちは助かったんだよ」


 アベルが精一杯俺を擁護してくれている。


「確かに。グリフォンの一件は感謝している。でも、ゴブリンの件は明らかにやりすぎだ。あの時、リオンさんは俺の回復役に徹していれば良かったんだ。きちんとヒーラーの仕事をしていればよかったんだ」


「仲間が傷つくのを黙って見ていろって言うのか?」


「そうよ! おじさんはヒーラーなんだから仲間がダメージを受けなきゃ話にならないでしょうが! そんなんだから、おじさんは万年Fランクなんだよ!」


 確かに俺は仲間を一切回復しないヒーラーだ。それは仲間を回復させる必要がないからだ。だが、ギルドの評価は俺を仲間を回復させない無能ヒーラーに認定した。


 俺はヒーラーになることを夢見て冒険者になった。仲間が傷つくのを見るのが嫌だった。傷ついた仲間を回復させるのが自分の役目だと信じていた。だけど、俺は仲間が傷つかなきゃ自分の評価が上がらないヒーラーという存在に疑問を抱いていた。


 自分の評価のために仲間が傷つくのを黙って見ている。それが俺にはどうしてもできなかった。実際に現場で戦ってみて、仲間が傷つき倒れていく様を見るのは堪えた。だから、俺は仲間が傷ついた時に活躍するヒーラーじゃなくて、仲間が傷つかないように戦える戦士を目指した。


 だけれど、1度ギルドで決められたロールを変えることはできない。それがギルドの掟だ。俺がアタッカーなら、バッファーなら、タンクなら……こんな思いをしなくて済んだのだろう。評価を下げずに済んだのだろう。


 所詮、俺は無能なヒーラーだ。どんだけ必死になって戦っても仲間にはうとまれる存在。ヒーラーの道を志したばっかりに俺の居場所はもうどこにもないんだ。


「ああ。短い間だったけれど世話になったな。報酬は受け取っていく。それじゃあな」


 俺は報酬の銅貨が入った袋を手に取り、席を立った。


「待って! リオンさん!」


 アベルが俺を呼び留めた。こんな俺になんの用だろう。


「リオンさんはこれからどこに行くんですか?」


「そうだな。ギルドはここだけじゃない。別のギルドを探すさ。俺の悪名が広まってないギルドにな」


 俺がFランクの理由を知っているギルドでは、誰も俺と組みたがらなかった。だから、俺はギルドを転々としているんだ。そう、今回も同じだ。別の新天地を見つけるだけさ。


「ごめん。アレフレド……リカ……僕もパーティを抜ける」


「はぁ!? ちょっと待ってアベルきゅん!」


「僕はリオンさんに着いていく。新しいヒーラーとレンジャーを一から探し直すのは大変だろうけど、がんばってね」


 アベルが席を立つ。そして、俺の傍に近寄ってきた。


「お、おいおい。正気か。アベル。俺についてきたっていいことはなにもないぞ」


「そうよ! 戻ってきてアベルきゅん!」


「ごめん。リカ。僕はリオンさんの可能性に賭けたいんだ。ヒーラーなのにあの戦闘力。リオンさんはただものじゃない。いずれなにかを成し遂げる人だって思うから」


 アベルはレンジャーとしての素質がある。アタッカーもタンクもバッファーもヒーラーも全てこなせる俺だが、唯一俺はレンジャーの素質がなかった。だから、パーティを組む必要があった。事実、アベルが俺と組んでくれるのは非常に心強い。だけど。


「戻れ。アベル。今ならまだ間に合う。アレフレドとリカのところに戻るんだ」


「嫌です。僕はリオンさんの強さに惚れこんでいるんですから」


 どうやら口で言っても聞かないようだ。アベルは才能があるレンジャーだ。だからこそ、俺のような爪はじき者じゃなくて、もっと広い世界を見て欲しかったのに。まあ、本人が言うなら仕方ないな。


「はあ……わかったよ。アベル。これからよろしくな」


「はい!」

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