無能の烙印を押されたFランク回復術士~実は一流の最強回復術士でした~
下垣
序章
第1話 無能な回復術士
人間とはなにかとランク付けをしたがる生き物である。美味しい料理、美しい景色、サービスの良い宿屋。それだけに飽き足らずに人間同士でランク付けを行うことだってある。好みの異性、特に仲のいい友人、そういうものにもランク付けをする人間はいる。
ランク付けをするのは、ひとえに安心感を得たいからだ。多くの人が評価しているからこれは安心できる。これは高いランキングに位置しているから信頼性がある。
そう、人は安心、信頼を得たいのだ。命に関わる事柄なら特にだ。そのため、常に危険に晒されている冒険者稼業におけるランクとは絶対のもの。己の身を守るために必要な情報だ。
だが、ランク付けも人によって評価の重みづけは異なる。Aという人物が高評価をしたのに、Bという人物が低評価をした。そう言ったランク付けのブレをできるだけ無くす。その目的で冒険者を統括しているギルドはあるシステムを開発した。
冒険者総合管理システム(通称:AMS)。それは、冒険者の格付けを行うために開発されたシステムである。冒険者に特殊な腕輪をはめさせる。その腕輪が冒険者の各種データを収集する。そして、その冒険者が優れた人物であるかどうかを評価する。
ギルドは、膨大なデータを参照して、その個人がどれくらい優れているのかランクを与える。ランクはA、B、C、D、E、Fの6段階評価で、Aが最高でFが最低評価である。
Aのランクを与えられた者は、どこでも引っ張りだこだ。逆にFのランクを与えられた者は、どこに行っても爪はじき者である。だから、Fランク同士の冒険者たちが身を寄せ合ってお互いの実績のために協力しあってランクを上げていくのが基本である。
俺は、万年Fランクの
冒険者のランクは与えられたロールを遂行できたかによって、上下する。アタッカーなら攻撃で強敵を倒せばランクが上がるし、タンクなら敵の攻撃を受けて仲間を守れば評価される。俺に与えられたロール、ヒーラーは仲間を適切なタイミングで回復させれば評価は自動的に上がるというものだ。
現在の俺のランクはFだ。普通に冒険に出て、仲間が傷ついたら回復させる。それをやってるだけでどんなにダメなヒーラーでもEランクには到達できる。だけれど、俺は5年間Fランクヒーラーをやっているのだ。
ギルドの間では俺は悪い意味で有名人になっている。ヒーラーなのに回復魔法が使えないと揶揄されることもあった。
けれど、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。俺の信条に比べたらな。俺は自分が信じる者のために、あえてこのスタイルを貫いている。
仲間が傷つきピンチになった時に回復するヒーラーは三流だ。仲間がピンチにならないように回復する立ち回りをするヒーラーは二流。じゃあ、一流のヒーラーは――
◇
「起きてください。リオンさん。朝ですよ」
変声期を迎える前の少年の声が聞こえる。俺はその声で目を覚ました。少年は、茶髪のボサボサ頭で髪と同じ茶色の瞳をしている。顔つきは中性的で垂れ目でどこか柔らかい雰囲気だ。服装は動きやすい服を着ている比較的軽装備で素早さを重視している。この少年こそが、今俺がパーティを組んでいるドクマムシ隊のレンジャー担当のアベルだ。
「アベル。おはよう。相変わらず早起きだな」
「リオンさんが起きるのが遅いんですよ。リカもアレフレドも先に起きて身支度を整えています。リオンさんも早く来てくださいね」
そう言うとアベルはテントから出て行った。俺は毛布の魔力に逆らい、起き上がった。そして、アベルに続いて外に出た。
外に出ると俺の目の前に広がってきたのは眩しい朝日だ。崖の上だけあって、天と距離が近い。その分遮蔽物がないから太陽がよく見えるのだ。
剣の手入れをしているのは、金髪でキツネのような釣り目が特徴的な少年アレフレド。彼はアタッカーだ。しかし、性格は臆病でずる賢くてアタッカーに向いているとは思えない。俺の経験上、アタッカーは俺様気質な勇敢あるいは無謀な性格の人間が多かった気がする。彼は性格的にはバッファーかレンジャー向けだろう。とにかく、頭は良いようだからサポートに向いていると思うだけどな。
ピンク色の鎧をピカピカに磨いているのは、黒髪サイドテールがトレードマークのバッファーのリカだ。彼女は、少しワガママで虚栄心がある性格だ。ブランドものの装備品以外身に付ける気が一切ないお洒落さんでもある。この鎧も有名なブランドのものらしい。俺はブランドには詳しくないからよく知らないが。Fランク冒険者なんて安月給なのに、よく買えたもんだ。
「あー。おじさん遅いよもう。どんだけ寝てるの。年寄りは早起きするもんじゃないの?」
リカが鎧を着てから俺に詰め寄ってくる。年上の男性である俺に物怖じせず突っかかってくるのは流石としか言いようがない。
「悪い悪い。でも、おじさんはやめてくれよ。俺はまだ20代半ばなんだぞ」
「あたしらに比べたら、おじさんみたいなもんだよ」
確かに、この中でも年上の方のリカでさえまだ15歳だ。最年少のアベルに至っては、下の毛すら生えているのかどうか怪しい年齢だ。
「リオンさん。俺たちのパーティにはタンク役がいません。だから、リオンさんの回復魔法に全てがかかっているんです。適切な回復をお願いしますよ」
アレフレドが俺に釘を刺してきた。彼は怖いんだ。物理攻撃を主体にするアタッカーだから、タンクがいない今彼が最前線で戦うことになる。アレフレドは素早さを活かした軽装アタッカーだ。耐久が優れているわけではない。だから、文字通り回復が生命線だと思っているのだ。
「まあ、こんなおじさんに期待するだけ無駄だと思うけどね。万年Fランクのヒーラーのおじさんとか連れてきてあげるだけでもありがたいと思ってよね」
リカがない胸を張ってそう言った。
「リカ! リオンさんにそういうことを言うんじゃないよ。彼はこれでも冒険の経験が長いんだ。頼りになる先輩なんだよ」
アベルが俺のために怒ってくれた。この子は本当にいい子だ。リカと違って。
「へーい。わかったよ。アベルきゅん」
「アベルきゅんはやめてって何回言ったらわかるのもう!」
アベルは手をバタバタとさせて怒った。その仕草がなんとも可愛らしい。リカはアベルを見て微笑ましいものを見るような目をしている。
「みんな。準備はいいかな。それじゃあ冒険に出発だ」
リーダーのアベルが冒険の指揮をとった。アレフレドは性格的にリーダーをやりたがらないし、リカがリーダーになるのは満場一致で否決した。俺がリーダーをやっても良かったけれど、若い子にリーダー経験を積ませてあげるのもいいかと思って、リーダー役をアベルに譲ったのだ。
アタッカーのアレフレドを先頭に俺たちは山を登り始めた。
ここはアイン山。自然豊かな山で、モンスターも比較的大人しいものが多い。冒険初心者が立ち寄るところだ。
俺たちは山頂にあるアイン山の水を採取するのが目的だ。アイン山の水はとても綺麗なものでアイン山を流れる川は近隣の街には欠かせない生活用水となっている。そのアイン川の上流を登っていき、最初の一滴とも言える滴。それが、薬の材料になっているのだ。
新薬の開発の実験にアイン山の最初の一滴がどうしても必要だと依頼があった。俺たちはその依頼を達成するために、ここまでやってきたのだ。
アイン山は強いモンスターが出ないとはいえ、山登りには体力がどうしても必要だ。モンスターと戦いながら登るので、普通の登山に比べてかなりきつい。モンスターと遭遇しないことを祈りながら、俺たちは山頂を目指していく。
「グリュリリボオオオ!!」
上級から獣の鳴き声が聞こえてきた。この鳴き声は間違いない。Bランクモンスターのグリフォンだ。モンスターも危険度別にランク付けされていて、Bランクモンスターは。かなり危険度が高い。街一つを崩壊させるレベルの強さを持つ者にBランクの称号が与えられる。
グリフォンは大型の鳥だ。首から上は鷲で、ライオンような胴体に羽が生えている。
グリフォンはとても視力が良い。俺たちに気づいて、一気に急降下してきた。
「イアー!」
リカが悲鳴をあげて、尻もちをついてしまった。クソ。グリフォンの攻撃を受けたらリサが大ダメージを負ってしまう。それなら、俺の出番だな。
「ミラジン!」
俺は魔法を唱えた。リカ、アベル、アレフレド、俺の体が青いオーラに包まれる。
リカがグリフォンの攻撃を受けた。タンクでもないリカがグリフォンの攻撃を受けたらただでは済まないはずだった。しかし、リカのダメージは掠り傷で済んだ。良かった。この程度の傷なら回復魔法は必要ない。
「え? おじさん? どうして、ヒーラーのアンタがバフ系統の魔法が使えるの!」
俺が使ったのは、広範囲に防御力を上げる加護を与える魔法である。
「しかも、あのグリフォンの攻撃が掠り傷程度で済んだなんて。バッファーの私より凄いじゃないの!」
リカは助けてもらっておいて不満気な顔で俺を見た。ヒーラーであるはずの俺がバッファーよりも活躍しているのが気に食わないのだろう。
「リカ! よそ見をするな!」
グリフォンが羽を羽ばたかせてかまいたちを発生させた。風の刃は属性攻撃だ。俺が今あげたのは物理攻撃によるダメージを軽減させるオーラだ。まずい。風属性の攻撃を軽減する魔法を唱えるには間に合わない。なら……
俺はリカの前で仁王立ちをした。そして、グリフォンのかまいたち攻撃をその身に受ける。
「ぐ……」
痛い……けれど、耐えられないものではない。
「リオンさん! 大丈夫ですか!」
「おじさん!」
アベルとリカが俺に駆け寄ろうとする。
「俺は大丈夫だ! 近づくな!」
グリフォンの
グリフォンが大きな嘴をあけて俺に近づく。俺をついばもうとしているのだ。そうはさせない。
「でいや!」
俺は持っている杖でグリフォンの頭部を叩きつけた。グリフォンの頭部はかち割れて、やつはそのまま地面へと落ちて絶命した。
「あ、ありえない。あのグリフォンを一撃で倒すなんて。俺は足が
アレフレドの足は今でもぶるぶると震えて動いてない。脅威が去った今も彼の表情は青ざめている。余程怖い思いをしたのだろう。やはり、いざという時に動けない彼はアタッカー向きではない。だが、残念なことに1度与えられたロールは2度と変えることはできない。アレフレドも俺も……
「おじさん。アンタ何者なの? ヒーラーなのに、バッファーもタンクもアタッカーもこなせるなんて普通じゃ考えられないよ」
リカが俺をバケモノでも見るような目で見ている。そりゃそうか。万年ヒーラーの俺が街を滅ぼす可能性があるモンスターに圧勝したんだ。俺に
「仲間が傷つきピンチになった時に回復するヒーラーは三流だ。仲間がピンチにならないように回復する立ち回りをするヒーラーは二流」
「はあ?」
リカは頭に疑問符を浮かべる。
「回復の必要をなくすくらい強くなるのが一流――俺はリオン。一流で無能なヒーラーだ」
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