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英独空軍の攻防戦は攻守両側にとって吉凶相半ばする様相を呈し、勝敗不確定のまま推移を続けていた。英陸軍大将ブルック卿は9月14日の日誌に次のように記入した。
「不気味な静けさ・・・果たしてドイツ軍は上陸侵攻の準備を完了したのか?ドイツ空軍は最後の手入れをしているところか?相手は明日にもスタートを切るか。それとも、これはすべて虚仮威しか?」
9月14日。ヒトラーは英本土上陸作戦の決定を3日だけ延長する。陸海空軍の参謀長による判断では、ドイツ空軍は目標の達成に近づいているが、いまだ達成寸前とはいい難いとされていた。イギリス戦闘機軍団は衰弱しつつある一方、爆撃隊および機雷敷設隊が次第に大きな阻害効果を示し始めている。いよいよすべては、今まさに下されようとする最後の鉄槌に懸かっていた。
9月15日。空は晴れて陽は輝いていた。フランスはパ・ド・カレー上空に多数の敵機が集結する様子がレーダー監視所によって把握されていた。大規模な攻撃隊の来襲が目前に迫っていることは明らかだった。
ベントリー修道院の情報中継室からの要請を受けて、この日に離陸した戦闘機の数では本土決戦の期間を通じて最多数を記録した。ウォームウェル飛行場からも第601飛行中隊は出撃した。グレツキは敵機を見逃さなかった。10時方向。光り輝く物体が2個、3個と見える。トムソンの声が無線に響いた。
「1番機より各機、解散せよ!」
メッサーシュミットMe109やMe110の大編隊だった。
グレツキは敵機の群れになだれ込んだ。轟音を上げるマーリン・エンジンに身体を引き摺られながら、急降下するMe109の胴体に標準を合わせ、機関銃のトリガーを引いた。銃弾は燃料タンクに命中し、機体は爆発した。
敵機の編隊も即座に散開する。エンジン音、無線、絶叫が交錯する。機関銃の銃火が澄みわたった雲に閃光のように走った。
グレツキは新たなMe109を追撃する。敵機のパイロットは機体を左右に揺らして逃走する。グレツキは照準器に敵機のキャノピーを捉えてトリガーを絞る。機関銃がコクピットに吸い込まれる。Me109はコントロールを失って北海に墜落した。
突然、無線が怒鳴り声を上げた。
「4番機!後ろにつかれているぞ!」
グレツキは振り向いた。
双発の黒光りする機体―Me110が後方から追い上げてきた。グレツキは高度を上げる。敵機の上空を取ったと思ったが、敵機は執拗に後に迫った。突如、背後から爆音が響いた。グレツキがバックミラーを一瞥する。Me110が炎に包まれて北海に墜落する。
自機の横に近づいたスピットファイアに眼を向ける。パイロットはトムソンだった。2人はガラスに拳をぶつけた。グレツキはその後、敵を2機撃墜した。機関銃の残弾が気になり出した頃、グレツキは再び追撃を受けた。
グレツキは機体を振動させた。相手―Me109は執拗に追撃してきた。いつしか2機は主戦場から次第に離れていったが、敵機は追撃を止めなかった。スピットファイアは左右に震え、エンジンは耳をつんざくような唸りを上げていた。
ただ神に祈ることしか出来なかった。機関銃の銃弾は底をつきかけている。燃料も残りわずかしかない。グレツキはスピットファイアの機首をイギリス本土に向けた。頼みの綱は敵機の燃料が無くなり、追撃を諦めてくれることだ。
まもなく右前方に巨大な積乱雲が見える。グレツキは機首を右に転じた。すると、敵機の機関銃がついに火を噴いた。グレツキは機体を横転させて躱す。機関銃の閃光が前方に過ぎ去っていくのが見えた。
積乱雲まであと数フィート。スピットファイアに敵機の銃弾が命中した。電気系統と冷水タンクに命中したようだった。コクピットは電線がショートしたため、煙に包まれた。胴体から水を漏らしながら、スピットファイアは逃走を続ける。視界が薄暗くなり始めた頃、グレツキは背後を振り向いた。Me109の姿が無い。
《追撃を止めたのか》
刹那、機関銃の銃弾がコクピットを斜めに引き裂いた。右腕を貫いた。グレツキは痛みのあまり、悲鳴を上げた。右腕の自由が利かなくなる。機体は次第にコントロールを失い始めた。コクピットに被弾したため、キャノピーのガラスが割れていた。その割れ目から、風が音を上げて吹き込み始める。グレツキはどうにか態勢を持ち直す。
スピットファイアは積乱雲に突入した。
青く輝いていた空から、一転して鉛色の景色が広がる。雨が降り始める。キャノピーのガラスに水滴が筋を作って流れた。グレツキは背後―6時方向を振り向いた。敵機の姿は見えなかった。しかし、グレツキの耳にさっきまで追撃していたダイムラー・ベンツのエンジン音がこびり付いていた。
グレツキは割れたガラスを通して周囲を見渡した。周りは雨の静かな音と、時おり遠くから響く雷の音がするだけだった。
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