[12]
雲の切れ間から月光が差し込む北海の闇夜。
マーリン・エンジンの落ち着いた、脈打つような震動がコクピットに伝わる。
グレツキは首を伸ばして北海の様子を見る。眼下の海は波一つ立っていない。やがて眼の前に爆撃機の編隊—4機のビッカース・ウェリントンが同じ高度に姿を現した。通常、爆撃機を護衛する場合、爆撃機の上空を戦闘機が飛行する。
その時、グレツキの左舷に広がる雲から突然、黒光りした双発の戦闘機が上空から飛び出した。メッサーシュミットMe110。胴体に描かれた黒十字がしっかりと見えた。グレツキは夢中で無線に怒鳴った。思わず口から飛び出したのは母国語だった。
「メッサーシュミットだ!上から来ます!」
《ウォームウェル、こちら管制室。英語を使え。何を言ってるか分からん》
《管制室、敵機です》トムソンが言った。《メッサーシュミットが1機、いや3機》
メッサーシュミットMe110の20ミリ機関砲が火を噴いた。グレツキの間近を飛行していたウェリントンの機体やエンジンに銃弾が命中した。その後方からメッサーシュミットMe109が2機続いてくる。
グレツキは慣れないスピットファイアを駆って敵機を迎撃した。Me109は編隊の上空を横切るように大きく旋回して、編隊の前列を飛行するウェリントンに狙いを定めた。
グレツキはエンジンのスロットルを上げて距離を縮める。機関砲の銃弾をMe109のエンジンに送り込む。エンジンから火を噴いたMe109が北海に向かって急降下する。
残りは2機。
Me110がスピットファイアの追撃を躱して、ウェリントンに迫った。護衛する戦闘機が出払った爆撃機の胴体はがら空きだった。ウェリントンの後尾に装備された防御用銃座の機関銃が火を噴いた。20ミリ弾は敵機のコクピットに命中する。
Me110は機体のコントロールを失った。アシュケナージのスピットファイアがそれをすれすれに回避した。Me110はアシュケナージ機の間近を飛んでいたウェリントンの上部を腹で削った後で落下し始め、編隊の一番後方を飛ぶウェリントンの胴体と右翼を鋼鉄の翼で引き裂いた。
闇夜に鉄の軋む音が響き渡った。戦闘は終わった。残ったMe109は北海を南に引き返していった。戦闘機に被害は無かった。爆撃機からは1機が大破と報告した。Me110に胴体と右翼を引き裂かれたウェリントンだった。ウェリントンの無線士が喚いた。
《胴体が軋んで、ガタガタ揺れっぱなしだ》
ウェリントンの後部から乗員がパラシュートで脱出しようとしたが、ハッチが壊れて開かなかった。右翼は半分以上も胴体から裂かれたため、切断された燃料パイプから黒い液体―燃料が漏れ始めていた。
次第に、損壊したウェリントンは編隊から遅れるようになった。トムソンから無線が飛び込んで来た。
《2番機と5番機、ウェリントンをお守りしてやれ。基地まで誘導するんだ》
「了解。2番機と5番機、被弾したウェリントンを1機、基地まで誘導する」
グレツキとアシュケナージが戦闘機部隊から離れ、護衛についた。爆撃機の上空でグレツキは右翼、アシュケナージが左翼で警戒に当たった。
ウェリントンはふらふらと飛行を続けた。もしドイツ空軍の敵機が追尾してくれば、たちまち餌食にされてしまうだろう。高度が徐々に低下してパラシュートの安全開傘高度を切った時、無線にウェリントンから連絡が入った。
「こちら2番機、どうぞ」グレツキは言った。
《本機は海に不時着する!君らとともに国に帰れないのは非常に残念だ。どうか、必ずドイツ野郎どもをやっつけてくれ!君たちと飛べたことを誇りに思う》
無線が切れる。ウェリントンは徐々に海面に近づいた。何とか高度を保とうとする姿が何か大きな力に対して必死にあがいているように見えた。刹那、破損した右翼が轟音とともに胴体からもげて北海に落下した。その後、機体は右舷から北海に着水する。北海に大きな水柱を作ったかと思った次の瞬間、機体があっという間に沈んでいった。
グレツキは無線のスイッチを入れた。
「こちら2番機。リーダー、応答せよ」
《こちらリーダー、どうぞ》
「大破したウェリントンが北海に着水しました。2番機と5番機は帰投します」
《了解、2番機。ごくろうだった》
グレツキとアシュケナージは速度を上げてウォームウェル飛行場に向かった。
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