第1話② 店長 江尻克巳
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ミスの多いクルーは客席清掃にまわった。
店内に姿を見せた
吉田部長の脇にいる
江尻は、部長の視線がオーダーを揃える後列のクルーに行く前に、キッチンの中へと部長を導いた。後列には金髪のアルバイト
クイーンズサンドのクルーは原則金髪禁止である。金髪の応募者がいたら、採用面接の時にたいてい染めてくるように指導する。瀧本あづさはまさに例外中の例外だった。彼女は母方にアメリカ人の祖母を持つクォーターで、それを聞いた江尻たち面接官は地毛なら仕方がないと納得して採用したのだ。確かに彼女は英語もネイティブと思えるほどペラペラに喋ることができたし、見かけはヤンキーの印象だが押坂高校の二年生で成績優秀だと後輩に当たる泊留美佳と森沢富貴恵が言うものだから、髪が目立たないようにまとめてキャップをすることを条件に採用通知を渡したのだった。
ところが柚木璃瀬は彼女を見た瞬間、「あなた、それ、染めてるでしょう?」とストレートに指摘し、あづさもあっさりと「はい、そうです」と認めたものだから、江尻ら常勤スタッフは面目を失った。
幸い、その頃には瀧本あづさも仕事に慣れ、彼女目当てに来る客も多くいたので、璃瀬は敢えて彼女を辞めさせるよう主張しなかった。
しかし本社にはいまだに報告はされていないはずだ。彼女の姿を見せるとややこしい事態となるので、江尻は急いで吉田部長を厨房へと案内した。
キッチンの中はエアコンが効いているはずなのにポテトをあげる油が空気にしみ込んでいて、思った以上に暑かった。松原を促して、適当な挨拶をさせる。吉田部長は熱気と活気を体験して真剣な顔を向けていた。
出番がない柚木璃瀬が部長から離れたところに立っていたので、傍へ歩み寄り、横顔に向かって囁いた。
「まさか、今日、部長がお出ましになるとは思いませんでした」
「夏休みのアルバイトがたくさんいるところを見てみたいと仰られて、それで今日お連れしました」
璃瀬は平然とした顔で言った。それなら予めひと言くれても良いではないかと江尻は言ってやりたかった。
吉田部長が客席の方へ移動することになったので、二人の会話はそれきりになった。
指示通り店内のダストボックス、空きテーブル、そしてトイレなどの目だったごみや汚れを、富貴恵と留美佳が処理していたので、どうにか格好がつく形となった。彼女らも自分のペースでなら仕事をこなせる子たちなのだ。
吉田部長は何のコメントを発することもなく、盛況な店内を満足そうに見て帰って行った。何がしたかったのかわからない。何かあれば後で璃瀬が報告するだろう。
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