体育
曇天の下。
二ノ宮サヨリは体育の授業に参加していた。子供は風の子と言うが、外は寒い。風邪の子となってしまえば洒落にならないだろうに、体内を駆け巡る
その上、虫たちは常に適温に調整してくれるので、風の子にもならない。ぬくぬくの子である。
さて、今回の種目はリレー。順番は最後の方で、それまで暇だった。運動音痴ではないにしろ、二ノ宮はあまり身体を動かすのは好きではない。
友人の一ノ瀬エマはと言えば今日も見学。木陰で穏やかな表情を浮かべ、微笑むようにしてうたた寝している。彼女は病弱で、だからこそ体内に機械を入れることができないらしい──が、月に一度の注射が怖いだけなのではと二ノ宮は疑っている。
或いは、単に運動が嫌いなのか日々のメンテナンスが面倒なだけだろうか。と、二ノ宮は考える。メンテナンス──それは
その上、回路自体のメンテナンスのために注射を打つのだ。二ノ宮サヨリはこれが嫌いだった。
思案から現実に戻ってきて、二ノ宮はコースに立つ。ふと一ノ瀬を見ると、ひらひらと手を振ってきた。
「起きてた」
バトンを受け取り、二ノ宮は走る。回路の中を動く虫のような錯覚に陥り、不可思議な気分になった。と、足がもつれて前のめり。地面の方からやってきて、意識は一瞬途絶えた。
気がつくと既に倒れていて、視界には白い雲が映っていた。目が悪くなったのかと思ったが、そうではないらしい。これだから運動は好きじゃない──二ノ宮はそう思った。次いで、痛みが遅れてやってきた。膝を擦りむいたらしい。
先生が駆け寄ってきて、近くを飛んでいた虫を呼んだ。蚊を模したそれは分泌液を打ち込むと、怪我した箇所の痛みが幾ばくか和らいだ。
「保健室に行きましょう」と先生が言う。
「私が連れて行きます」それは一ノ瀬エマの声だった。「私、保健委員なので」
授業を抜け出して廊下を歩く。冷たい空気と相まって、静かな時間が心地良い。
「怪我は大丈夫?」一ノ瀬が顔を覗かせる。
「大丈夫。それよりも、感覚がないってことの方が気持ち悪い」
「それよりも、傷口に虫が飛んできたことの方が気持ち悪い」
「……一理あるね」
声と足音とが響いて、二人は押し黙った。保健室に入ると、輸血用ジェルを塗りたくり、
「ねえ、どうしていつも体育に参加しないの?」二ノ宮は聞いた。
「うーん」一ノ瀬は唸って、「訳を話すと長くなるんだけど……」
「そう前置きするときって、大抵話は短くなるよね」
「ほら私って病弱じゃん?」
「傍目ではわからないけど──むしろ、そんな子のために体育の授業ってあるんじゃないの? 体を育むと書いて、体育」
「"育った体を強化する"の間違いじゃない?」
「間違いじゃない」
「うん」一ノ瀬は苦笑して、「ここだけの話だよ」
「なに?」
きょろきょろと周りを見てから、一ノ瀬は二ノ宮の耳元で囁いた。
「昨日、夜更かししちゃって……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます