ニチジョウケイ
八田部壱乃介
十一月
冬と言うには生温い。けれども夏は、とうの昔に過ぎ去った。揺れる枝葉は枯れていないし、何より口から漏れる息は白くない。
二ノ宮サヨリの体内に埋め込まれた
視線を動かすと、まるで飛蚊症のように情報が飛び交っている。"見える電波"たる虫たちが、やはり空気中に混じって動き回っているからだ。彼らは八方美人で、様々な相手と交渉している。広告や娯楽や福祉や教育、情報を担うものはすべてに虫が関わっている。
指先に一匹の虫が止まった。よく眺めてみれば、彼らにも回路が刻まれているのがわかる。血管と回路とのふたつに分たれた層が、生命と技術とを区別する。
人間は心技体に分けられる。提供するのも、享受するのも、大体においてこの中にカテゴライズされる。
では、動物はどうだろうか。機械は? 同じカテゴリに当て嵌めて考えるだろうか?
「道徳的に考えるならば、当て嵌めてはいけない。人は道具じゃない。尊いものには自然が一番。何も手を付け加えないほうがいい」
一ノ瀬エマは口を曲げてそう言った。
「或いは、人と人とは影響しあう。これは生命もまた物に過ぎないから、等価交換のシステムに組み込まれているため。ならば、塩基配列でアデニン、チミン、グアニン、シトシンの四つしかないように、カテゴライズ可能である」
そして、それこそが自然な状態である──と付け加えた。
「そんなこと言われたら、どんな状態でも自然みたいなものじゃない。牛はベジタリアンだから、その肉も野菜だって言ってるみたい」
一ノ瀬に、二ノ宮が言った。
「牛は野菜よ」一ノ瀬がニヤリとした。
「んなわけあるかい」二ノ宮はふっと鼻から息を漏らし、「でもまあ、人工さえも自然の延長上にあるのかもしれない」
技術が発展した結果、人の心技体はすべて
例えば、人を加工するのは良くないとする自然派が居る一方で、むしろ加工した方が豊かになるという発展派とで大きな溝ができている。
二人の親は、それぞれ正反対の立場に居り、一ノ瀬は自然派。二ノ宮は発展派だった。しかし娘たる彼女たちはどちらかに偏ることもなく──とても中途半端な立ち位置にあった。どちらとも取るわけでなく、どちらとも取らないこともなく。このどっちつかずの状態であったからこそ、エマとサヨリは仲良くなった。
「みんな
「十一月みたいに、中途半端でも良いのにねえ」一ノ瀬エマはあくびを噛み殺し、「この頃が一番過ごしやすいんだし」
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